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長女と第一王子2

 「聞いてない」


 僕の不満げな呟きに、目の前にティーカップを置いていた補佐のエリオットが手を止めた。


 「突然何の話です」

 「クルミの補佐のことだよ、今朝偶然出くわしたんだ」

 「……何を言っているんですか」


 エリオットはまた面倒なことが始まりそうだと言わんばかりに肩を竦めながら「2ヶ月前にクルミさんが直接補佐が欲しいと依頼された時に許可されていたじゃないですか」と続けた。


 「うん、それは覚えてる」

 「はい? どういうことですか」


 さらに眉をひそめたエリオットを見ながら、きっぱりと言い放った。


 「クルミの補佐が男だとは聞いてない」


 僕の言葉を聞いたエリオットは口を僅かに開いて唖然とした後、頭痛を抑えるように片手を額に当てた。


 「……あなたは優秀な人材を探してこいとしか言ってません」

 「普通、察するでしょう」

 「そんな無茶苦茶な」

 「はあ。まったく、君には失望したよ」


 隣に立つ彼に聞こえるように息を漏らすと「こちらのセリフです」と僕より盛大にため息をついた。





 今日は婚約者であるリアム様とディナーを共にする日。一通り食事を終えて、食後のお茶をしているところだった。


 「私も気付かなくって」

 「……」

 「それでその時にセオが」

 「ストップ」


 その時のことを思い出して、くすくす笑いながら話を続けようとすると、リアム様が私の言葉に被せた。


 「? どうされました?」

 「その話聞きたくないな」

 「……ひどい、リアム様が最近面白いことはあったか、と聞いたんじゃないですか。」


 手元から彼に目線を上げて不満げに言うと、「愛しい婚約者を目の前にして、他の男の話をする方がよっぽどひどいよ」と口元だけの笑顔で返された。自分で愛しいと口にしてしまうリアム様に顔を引きつらせる。


 「そんなことより、どう? このラ・ヴィエイユの限定フルーツタルト」


 リアム様は食後に運ばれてきたデザートのことを指している。


 「上品な甘さでとっても美味しいです、アプちゃんが喜びそう」

 「またアプリコットか。君は食材を目の前にすると妹のことばかりだね」

 「だって、美味しいものを食べてる時のアプちゃんが可愛くって」


 食べ物を口に頬張る彼女のことを思い浮かべながら頬を緩めると、そんな私を見て「まあね」とリアム様も苦笑しながら同調した。


 「それよりどうしてそんなにデザートに詳しいんですか、リアム様、甘いもの得意じゃないでしょう」


 (いつも)


 首を傾げると、リアム様は妖艶な笑みで恥ずかし気も無く言った。


「君に甘いものを与えて、愛でられるのは婚約者である僕だけの特権だからね」


 理由になっているのか、なっていないのか、よく分からないその返答に「何ですか、それ」とそっけなく返しながら、彼のその表情に情けなくも顔が赤くなっていくのを感じて、慌てて食べかけのフルーツタルトに視線を落とした。

 言葉が続かなくて、ティーカップに口をつけながら、ちらりとリアム様の顔を盗み見ると、満足気にこちらを見つめていて、心の中が屈辱感でいっぱいになった。





 食事を終えると、リアム様が食事をとっていた宮殿からエステート家の屋敷まで馬車で送ってくれる。

 彼は送った後、宮殿に戻らないといけないのだが、こういうところは律儀で感心する。


 馬車が屋敷の前に到着すると、リアム様が先に降りて、「ほら」と柔らかく微笑みながら私の手を引いた。

 完璧なエスコートに感心しつつも、さすが女たらし、女の子が喜ぶことを知っているな、なんて失礼なことを考える。


「送ってくださってありがとうございます、おやすみなさい」


 手で支えてもらいながら馬車から降りて、リアム様を見上げて言うと、彼は目を少しだけ伏せて「おやすみ」と囁きながら片手で私の顎を支え、ふわりと身を屈めた。


 近づいてきたリアム様の顔に私も慌てて目を閉じてその瞬間を待った。





 が、唇が触れ合うのを感じるより前に、目の前でばしゃん!と大きな水音が響き渡った。


 恐る恐る目を開けると、案の定びしょ濡れになったリアム様が立っている。

 静まり返った屋敷の前で、ぴとぴとと彼から滴る水音だけが鳴り響いていた。



「……ごめんなさい」


 身を縮めて小さく呟くと、リアム様は「大丈夫」と髪をかきあげなら安心させるように微笑んだ。

 水も滴るいい男とはこのことなんだろうけど、自分が濡らしておいて見惚れるなんて身の程知らずなことはさすがにできない。


 ごうっと音を立ててリアム様が魔法で自分と私の少しだけ濡れた衣服を乾かすと、「それじゃあ、また明日」と私の額に軽く口付けてから馬車に乗り込み、去っていった。




 私はばふっと自室のベットに倒れこんで枕に顔を埋めながら、毎度のことながら自責の念に苛まれていた。

 私とリアム様は、私のこの奇行のせいで、今だに口付け一つできていない。


 もちろんわざとではない。

 本人の前で直接口することはできないけど、私はリアム様のことを好ましく思っているし、女慣れしている彼のことだ。さすがに伝わっていると思う。


 なのに……なのに、だ。


 いざ、リアム様がキスをしようと近づいてくると、あまりの恥ずかしさからか、魔力が内から漲ってくるのだ。

 こう、ぶわっと。自分にも制御できないほどに…。


 制御できていないはずなのに、リアム様にだけ上から大量の水をぶっかけるのは如何なものなのかと自分でも自分が嫌になる。

 しかも無駄に魔力を鍛えているせいもあって、どんなに早く近づかれたとしても魔法を発動させてしまうのである。

 自分の中途半端な優秀さが憎い。


 最初に水をかけてしまった時は、さすがのリアム様も私が嫌悪感から意図的にやったのかと悲しい顔をしていたが、わざとではないと分かってからは、まだ心の準備ができていないのかもしれないね、と大人の余裕を見せている。

 ただ、水をかけられると分かっていながら、毎度負けじと試してくれる彼の健気さを考えると心臓がぎゅっとなる。

 自分の魔力も制御できないで魔法省のトップだなんて、とリアム様とのこと以外にも落ち込んできてしまって、このままじゃダメだと、癒しを求めてベッドから身を起こし、妹たちの顔を見にいくことにした。

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