第一章 「はじめまして、妖精さん」 その一
今回の話でついに...!
楽しんでいただけたら幸いです。
外に出ると、既に薄暗い。街灯も灯り、車もライトを点けている。
僕も自転車のライトを点けなければ。
テレビで見た話によると、自転車がライトを点けるのは前を照らす為じゃなくて、自分の位置を教える為だそうだ。
それを知ってから、暗くなってくると絶対にライトを点けるようにしている。
「こりゃ、帰る頃には完全に夜だ」
誰に言うのでもなく呟いた。
実際、日も半分以上落ちている。
いやに静かなこの夜道は、何か不吉な出来事が起こる前触れとでも言うのだろうか。
……なかった。
何もなかったよ。
特に何か特別なことが起こるわけもなく、僕は今、百均の駐車場にいる。目の前には僕の自転車。僕の右手には、先程買った絵の具の入ったビニール袋。
別に何か出るとか、期待していたわけじゃないが…。
多少近道になるからと、飲食店、というより居酒屋の多い通りを行ってみた。が、今から飲み会であろう人達が店の入口前で集まっていただけだった。一週間もまだ始まったばかりだと言うのに…。飲まないとやってられないのだろうか。
ともかく、早く帰ってしまおう。帰り道はいつもの道を使おう。あまり冒険する気もないしね。
それにしても百均なんていつ以来だろうか。
小学生のうちは文房具やノートは母さんに買ってもらっていたし、中学生になってからもそれ以外の目的で百均に行くこともない。それに消耗品はまとめ買いが基本なので、買い物をすることも稀だ。
……本当に、ここ一年くらい百均なんか来ていないな。
そのおかげか、見るものが全部が新鮮に見える。
可愛い小物とか、使い道が限定的すぎて、一回使ったらそれっきりになりそうな物とか、色々あって楽しい。
たまには百均もいいかもしれない。
眺めてるだけで一日時間を潰せそうだ。
「ねぇ」
「……?」
少女の声がした……?
気のせいか……?
「ねぇねぇ、あんた見える人でしょう?」
「へ?」
空耳だろうか。
幻聴だろうか。
辺りを見回しても誰もいない。しかし、声はする。
そもそも、照明が所々切れているせいで視界が悪い。
「あ〜、無駄よ? あたしの姿は誰にも見えないもん」
暗がりに隠れているのか、それか、もしかして外にいるのか?
そう思って外に出てみる。
もし仮に妖精だとしても、今まで一度だって話しかけたり話しかけられたりしたことはないんだ。
なんで話しかけなかったのかとか、なんで今話しかけるのかを聞いてみたい。
その為にも、この目で見なければ。
「ちょっと、急に行っちゃわないでよ! やっと話しかけて反応のある人見つけたんだから!」
街灯や月明かりで、駐輪場より明るくて見やすいはずなのに、声の主は見当たらない。
「はぁ、だーかーら! あたしの姿は誰にも見えないの! 今のところ! わかる⁉︎」
僕の理解力がないみたいに言われて心外だが、とりあえず返事した方が良さそうだ。
だいたい、透明人間なんてフィクションだろう。カバンの中にスピーカーを入れられている方がよっぽど現実味がある。
「わかった、観念するよ。それで僕に何の用?」
「やっとあたしの話を聞く気になったのね? でも、話をするのに両手を上げる必要はないんじゃない?」
「僕は君に敵対しないよって、意思表示だよ」
「なんか喋りにくいから手下ろして」
「わかった」
言われた通りに手を下ろす。
「さ〜て、それじゃ一応聞くわ。もはや聞く必要もないけど、あんた、見えるのよね?」
「さっきも聞いてたね。なんでそう思ったの?」
「う〜ん…人間誰もが魔力を帯びているんだけどね、あんたはそれが大きいのよ」
「それが大きいと妖精が見えるの?」
「さあね、知らないわ。でもね、あんたの帯びてる魔力はただ大きいだけじゃなくて、揺らいでいるの。そしてそれはあんたにしか見られない特徴なのよ」
「そっか。相変わらず君の姿は見えないけど、とりあえずはちゃんと答えないとね」
ありのままを伝えて問題なさそうだ。
「元々妖精は見えていたけど、今はもう見えなくなってるよ。期待に添えなくてごめんね」
「そう、それは残念ね。じゃあ、あたしもちゃんと答えないとね」
そう言って声が遠ざかる。
「あたしの声が聞こえた人はね……」
「あんただけよ」
店の前の狭い道のその先に声の主が現れる。
瞬くように現れたそれは、見たところ中学生くらいで、晴空のように淡い青髪を、ツインテールにしたワンピースの少女だった。
「妖……精……?」
「うん。妖精よ。そして……」
「さようなら」
少女は右手を前に翳す。
僕は咄嗟に両腕で顔を隠して、防御の構えを取る。
……しかし、その些細な抵抗は無意味に終わる。
……僕の右肩を、左胸を、鳩尾を、下腹部を、何かが抉り、貫く。
……僕の体は後ろに仰け反り、仰向けに倒れる。
……赤い血が月明かりに照らされ鮮やかに流れ出る。
……意識が途切れ、僕は死…
……嫌だ。
……嫌だ。
……死にたくない。
……生きたい。
……やるべきことがある。
……死んじゃダメだ。
……生きなきゃ……!
……僕は生きて、生きて……!
金属を叩き鳴らしたような高い音。
ガラスが勢いよく砕け散るような破砕音。
二種類の音が、ほとんど同時に鳴り響く。
僕は尻餅をついたまま、恐る恐る両腕をずらして前を見る。
そこにはさっきの少女とは別の人影、その後ろ姿があった。
黒い上衣に黒い袴を身につけた、秋のモミジのような赤髪をポニーテールにした少女だ。
彼女の周りを細かな破片が舞って散り、足元から霧が這う。
それらは月光を受けて煌めいて、夢や幻のような雰囲気を醸し出している。
「綺麗……」
思わず声を出す。
目の前の光景に対して、場違いにすら感じられたが、それでも声を出さずにはいられなかった。
それほどに、僕は彼女に見とれていた。
「……お待たせ」
「これで貴方を護れる」
彼女は前を向いたまま、静かに、力強く呟いた。
今回もお疲れ様でした。
やっと妖精が出てきましたね!
これでもうタイトル詐欺なんて言われるかもって心配をしなくて済みますw!!
次回もお楽しみに!