第二話 負けたくない思い
「で、ジェシカ。エセフェルの件は良いとして、そこの奴隷の件だが……」
大佐は私の方に姿勢を向けてきた。
いったい大佐からどのような発言が見られるか、私は身を固くして待っていた。
「ジェシカ、サイモン、ルルルカ。お前らの持っている薬をすべて渡せ。組成式もだ」
「!」
そんなことをすれば白人に優先的に薬が行き渡り、勇気隊長に薬が回らなくなる。
「出来ません。勇気隊長のために行ってきたんです」
私はその要求を突っぱねた。
「ただで許されると思ったのか。外部遠征用アヌビスの喪失にラッシュフォード博士の死亡。十分な損害だ」
「……」
私は黙るしかなかった。
ジョナサン大佐の言うことは正しい。だからこそ私は反論の手立てがない。
「このシェルターで出来た薬は勇気隊長以外の人間に優先的に使用する。余ったら勇気隊長に使わせてもいい。これくらいすればお互いに面目は立つ。そこの奴隷も生かしてやる事が出来る。違うか?」
「……」
大佐の要求を飲めば、勇気隊長は本当に後回しにされる。
これで本当にいいのかと自問したが答えが見つからない。
「分かったよ。持って行けや」
そう言ったのはサイモンだった。
「サイモンさん、要求をのむつもりですか?」
「俺たちは無茶しすぎた。これ以上は無理だ。引き際を考えろ。奴隷ちゃんが生きていられるんだぞ」
私は視線を奴隷ちゃんに移した。
最優先にする事項は……確かに勇気隊長より奴隷ちゃんの命だ。
「……分かりました」
「そこの三人を調べろ」
私たちはサバイバルウェアを大佐の部下たちに入念にチェックされ、組成式と薬を持って行かれた。
一方、奴隷ちゃんの方には大佐の部下たちがあまり触りたがろうとしていない。
奴隷という身分から、不可触民的なイメージがあるのだろうか?
「そこの疫病神はいい。こっちまで不幸になる」
ジョナサン大佐は何かを嗅ぐかのような真似をしてから、部下を下がらせた。
「ジェシカ、ドラゴンズブラッドか。良い抗生剤じゃないか。気が利くな」
ジョナサン大佐は褐色の瓶を持って、満足そうにしている。
「……」
私は悔しくなって、ジョナサン大佐を睨み付けた。
ジョナサン大佐はどこ吹く風のようで、今度は奴隷ちゃんを見ている。
「恨まれる筋合いはないぞ」
大佐はそう一言だけ呟いた後、踵を返した。
奴隷ちゃんは、はっとした様子で、目を見開いている。
「さぁ諸君、行くぞ。薬を待っている人たちがいる。まずは白人層からだ」
ジョナサン大佐たちは武器庫から出て行った。
嵐が過ぎ去ったような感覚がして、私がその場にへたり込んだ。
「ジェシカお姉ちゃん、大丈夫?」
奴隷ちゃんが心配そうに私の下にやってきた。
「ひとまず、生き残れたわね」
「うん」
奴隷ちゃんは悲しそうな顔をして、私を見ている。
「薬のことは残念だったわね。でも余ればくれるから希望は持ちましょう」
「そうじゃなくて、私のせいでおじちゃんが死んじゃった」
おじちゃん……ラッシュフォード博士のことか。
「気にするなと言えば嘘になるけど、でも奴隷ちゃんのせいじゃないわ。吉田博士が殺したの。だけどあまり無茶をしすぎないでね。今回のようになるから」
「うん。分かった……」
奴隷ちゃんは気に病んでいるようだ。
「もし誰も第六十七番シェルターの異変に気付かなかったら私たちは攻め込まれていたわ。奴隷ちゃんのおかげで分かったこともある。気に病まないでね。でも無茶はダメよ」
私はヘルメットを取った奴隷ちゃんの頭をゆっくりと撫でた。
髪の毛が痛んでいる。
「うん、分かった。気をつける」
反省の後に、奴隷ちゃんは手をもじもじさせている。
「隊長さんのところに行ってもいいかな?」
「いいよ、行ってきて」
隊長さんも奴隷ちゃんに早く会いたがっているに違いない。
私は……行ったら邪魔になるかな。なるよね。そうだよね。
「うん、分かった」
走り去っていく奴隷ちゃんの小さな背中を私は見送ろうとしていた。
「おい、行けよ!」
背中をどんと叩かれて、私は後ろを振り返った。
サイモンさんが額に皺を寄せている。怒っているのだろうか。
「何ぼやっとしてるんだよ。そんな顔しやがって、無理だとか思ってんならハナから好きだとか言うな! 本当に好きなら走って今すぐ会いに行けよ!」
「!」
「ほら行け!」
サイモンさんに突き飛ばされながらも私は走り出した。
負けたくない!
その思いが私を突き動かした。




