ジェシカの章・その5 第一話 ジョナサン大佐との対峙
途中で何度かエイリアンと遭遇したが、そのたびにエセフェルの部下が処理してくれた。
彼女たちの戦力に私は驚くばかりで、一緒に戦うなど出来なかった。
むしろ私は邪魔だったろう。
エセフェルの尽力もあって、私たちはなんとか無事にシェルターにたどり着いた。
外部連絡室へのアヌビス専用出入り口を開くと、私が先にアヌビスを後ろ向きにして、出入り口に入った。
それからエセフェルたちを入れて私は昇降機を起動した。
手順が逆だとエセフェルの仲間を踏み潰してしまう可能性がある。
さすが私、よくぞ気付いたと自分で褒めたやりたい。
昇降機を起動して、私たちは武器庫に降りた。
今から決戦だ。大佐が奴隷ちゃんを許すか否かが大事な決断が下される。
昇降機が下まで降りきると、アヌビスの大群が見えた。
これを見るといつも武器庫に戻って来れた事を痛感する。
私は涙が出そうになっていた。
ラッシュフォード博士が亡くなり、外部遠征用のアヌビスを喪失した。
リモハノールの組成式を獲得し、この施設でも製造が可能になった。奴隷ちゃんを救出した。エセフェルと名乗るタコ型の改造人間たちを発見した。吉田博士を撃破した。
ジョナサン大佐にする損失と戦果の報告は以上だ。
ラッシュフォード博士が亡くなったことに対してジョナサン大佐はいかなる反応を見せるだろうか。
私はそのことについて計りかねている。
私はウォータールームに注水されていた水をスイッチ一つでタンクに戻し始めた。
おそらくジョナサン大佐は許しはしないだろう。
最悪を想定して私は対処しなければならない。
水をタンクに移し終え、私はウォータールームの扉を開放した。
堅牢な扉がゆっくりと開いていき、モニターからもウォータールームの中に武器庫の電灯が差し込んでいくのが見える。
「皆さんどうぞ。着きましたよ」
声を掛けると、四人は固定具を外して立ち上がった。
「帰って来れた。帰って来れたぞ! おい、嬢ちゃん。生きてっか?」
サイモンが少女に声を掛けている。
「奇跡か……この世にはもう存在しないかと思ってた」
第二十四番シェルターの少女は小さな声で返事をしていた。
少女はサイモンの肩を借りながら立ち上がった。
「隊長さんに薬を飲ませないと」
「ああ、そうだな。早く飲ませてやりたい」
サイモンがヘルメットの上からうれしそうな奴隷ちゃんの頭を撫でていた。
「奴隷ちゃん、ジェシカ大佐補佐の背後にいてください。処刑される可能性がありますのでジェシカ大佐補佐が交渉します」
「おいルルルカ。いくら何でも酷いだろ。そこは隠しておかないと」
「サイモン隊長は甘すぎます。交渉が終わるまでに奴隷ちゃんが捕まればすべてが無駄になります」
「だとしても言い方ってモンがあるだろうが」
「言い方のせいで処刑されたらどうするんですか。奴隷ちゃんが衝動のままに入り口に向かって大佐に捕まったら終わりですよ。仮に助かったとしても、今回したことを反省せずに、蛮勇こそが正義、という思想になられても困ります」
サイモンとルルルカちゃんはまるで我が子の教育方針を巡って対立する夫婦のように見えた。
二人の喧嘩に、
「ごめんなさい。勝手なことをしてごめんなさい……うあああああああん」
奴隷ちゃんが泣き出してしまった。
奴隷ちゃんの涙に、二人はたじろいでしまった。
「サイモン隊長。少し言い過ぎました」
「俺もちょっと迂闊だった。判断ミスで人が死んだのに、同じ事をするところだった」
幼子の涙に二人は仲裁され、お互いに謝っている。
うん、やっぱり夫婦みたいだ。
「みなさん安心してください。私が大佐を説得します」
嫌な雰囲気だ。だからこそ私の手腕が重要になってくる。
「ああ。任せた」
「お願いしますね」
サイモンとルルルカちゃんの期待を受け、私は覚悟を決めた。
「お姉ちゃん。私、死ぬの?」
奴隷ちゃんはブルブル震えながら、怯えている。
「大丈夫よ」
私は奴隷ちゃんをぎゅっと抱きしめた。
死なせるために帰ってきたわけじゃない。
「エセフェルさん、交渉が決裂したら奴隷ちゃんのために戦ってくれますか?」
これは保険だ。どうなるか分からない以上、プランはたくさん残しておきたい。
「分かった。どこまでやろうか?」
「死なない程度に戦闘不能にしてください。そのことを仲間の皆様にご周知をよろしくお願いします」
「任せてくれ。死なない程度だったら何をしても良いんだろう?」
身の毛もよだつエセフェルの物言いに、私は気を失いそうだった。
下手をすればジョナサン大佐たちはアリ型エイリアンのように、手足をもぎ取られる可能性がある。
私としては是非とも早めの投降をお願いしたい。
「では行きましょう」
私たちがアヌビスから降りると、慌てた様子でジョナサン大佐とその部下たちがやってきた。
「帰ってきたのか」
ジョナサン大佐の顔は青あざだらけだった。
足を引きずりながら現れたジョナサン大佐はよほど疲れたのか肩で息をしていた。
どうやらレベッカの言っていた和解とは、腕力に任せた一方的な和解のようだ。
「ジョナサン大佐、戦果の報告をします。損失は外部遠征用のアヌビス一機とラッシュフォード博士が亡くなりました」
大佐の顔がみるみるこわばり、視線はゆっくりと奴隷ちゃんの方に向かっていった。
奴隷ちゃんは私の後ろで申し訳なさそうに縮こまっていた。
これを機に、奴隷ちゃんは勇敢と無謀の違いをよく理解して貰いたい。次からは慎重な行動をしてほしいものだ。
「成果はリモハノールの組成式と薬品を回収しました。奴隷ちゃんを連れてきました」
「ご苦労だった。では薬と奴隷を渡せ」
来たな。誰が渡すか。
「奴隷ちゃんの身の安全が確保されるのなら薬も奴隷ちゃんの事情聴取も受け入れます」
私は毅然とした態度で、大佐と向き合った。
ジョナサン大佐はピクリと体を震わせた。
激怒するのかと思えば、急にすんすんと鼻で匂いを嗅ぎ始めた。
ジョナサン大佐が異様な行動を取っていると、大佐の部下が私たちに銃口を向けてきた。
「拒否権はない。奴隷と薬を渡すんだ。ラッシュフォード博士と外部遠征用のアヌビスが破壊されたなんて大損害じゃないか。他のシェルターに俺たちのシェルターの技術が盗まれるんだぞ」
「ルーク。ジェシカ大佐補佐は君より階級が遙かに上だ。銃を向けるのは止せ」
ジョナサン大佐は何かに勘付いたようで部下を制止している。
「こいつは司令部を爆破した殺人鬼です。舐めてかかったら……」
ルークがジョナサン大佐に反抗した瞬間、彼の体は宙を飛んだ。
一瞬の無重力の後、彼は背中から叩き付けられた。
「ぐ、う……」
背中と頭を叩き付けられたルークは苦しそうに呻いている。
彼の持っていた拳銃はジョナサン大佐の片手に収まっていた。
怪我をしているジョナサン大佐だが、人を投げ飛ばすほどの力はあるようだ。
「ルーク、最低限に生き残りたければせめて一つは満たせ。戦況を判断すること。上司の言うことに従うこと。異変が起きたときに鋭敏な嗅覚を持つことなどなどだ」
ジョナサン大佐は部下二人にルークを運ばせ、再び私たちの前に立ちはだかった。
ジョナサン大佐の背後で部下の何名かがジョナサン大佐に向けて非難の目を向けている。
彼らから見れば私たちは敵だ。
だが大佐が攻撃を仕掛けたのは私たちではなく自分の部下だ。疑念を向けられるのも無理はない。
部下たちの刺すような視線を知ってか知らずか、ジョナサン大佐はじっと私たちを見つめたままだ。
「一つ聞きたい。何を連れてきた?」
ジョナサン大佐は確信を持っているように見えた。
私の心臓はぎゅっと縮み上がり、口から飛び出そうだった。
まさかエセフェルたちの気配に気付いているのだろうか。
「奴隷ちゃんです。臭うならお風呂に入れます」
「違う」
「第二十四番シェルターの人間を連れてきました。外部行動員層で捕虜として監視します」
「俺が聞きたいのはそんな些細なことじゃない」
敵対シェルターの人間を連れてきたことに対して、ジョナサン大佐は些細なことと言ってのけた。
これには大佐の背後にいる部下たちも動揺を隠せていなかった。
「人間の臭いじゃない。はぐらかすなよ、俺には分かる。何を連れてきた?」
「……」
沈黙する私に戸惑うのは大佐の部下たちだ。
「敵対シェルターの人間が些細なことだなんて、まさかエイリアンでも連れてきたのか?」
「分からん。顔にエイリアンが張り付いている奴はいないようだが」
こやこやと小さな声でジョナサン大佐の部下たちは話し始めている。
「君がジョナサン大佐か」
エセフェルが突然大佐の隣に現れた。
痺れを切らしたのかそれとも観念したのか、エセフェルは姿を見せることを選択したようだ。
「うおっ!?」
大佐は戦いて、一歩後退した。
「うわあああっ!」
大佐の部下たちも叫び声を上げながら、尻餅をついたり、地面を転げ回っている。
「大丈夫かね。私はえらく珍妙ななりをしているが、これでも私は人間だ。そうであると願いたいところだね。私の名はエミリア・ラッシュフォードだ。エセフェルと呼んでくれ。大佐殿、よろしく頼む」
「エミリア・ラッシュフォード……まさかラッシュフォード博士の娘か。しゃべり方がそっくりだな」
大佐は一瞬で、エセフェルがラッシュフォード博士の娘だと言うことに気付いたようだ。
「ジェシカ、なんだこれは」
「仲間です。これから私たちのシェルターで一緒に暮らしたいそうです」
「お前という奴は、次から次へと……」
大佐が私への不満を口にすると、
「なんだい? まさか大佐殿は、私の目の前で私のことを問題事と言えるほど偉いのかね?」
不服そうにエセフェルは大佐に語りかけている。
「食料と新鮮な空気さえあれば私は生きていける。受け入れてくれないか」
「……分かった。君の父さんには借りがある。良いだろう」
「ご厚意に感謝する。みんな、暮らして良いそうだぞ」
エセフェルが拳を掲げると同時にエセフェルの仲間たちは一斉に超擬態を解いたようだ。
ジョナサン大佐の部下の周りに灰白色のタコ人間たちが現れ始めた。
「ああっ、ああああああああ!」「うああああああああ!」「ぎゃああああああ!」
驚いた大佐の部下たちは叫び声を上げながら、地面を転げ回り怯えだした。
「エミリア、一人じゃないのか」
ジョナサン大佐は聞いてないぞと言わんばかりにエセフェルに詰め寄った。
「エミリアではなくエセフェルと呼んでくれ。私たちはとても役に立つぞ。エイリアンも生身で倒せる。赤いペンキが欲しいなら部下一人を差し出してくれれば四リットルまで搾り取れるぞ」
赤いペンキ。
その言葉を大佐は理解したようで、緊張に口を一文字にした。
「脅すな」
「冗談さ。私たちは争いを好まない。降りかかる火の粉なら振り払うがね」
エセフェルは敵意がないことを大佐に伝えて、触手を差し出した。
「私と家族が世話になる。よろしく頼むよ」
「嵌めてくれたな。こき使わせてやる」
「楽しみにしているよ」
大佐とエセフェルは握手を交わした。




