第二話 命運を握る者
エセフェルの一方的な戦力に、俺は恐れをなして息も出来なかった。
「なあ、エセフェル」
「どうしたサイモンくん」
「お前たちは俺たちのシェルターに行ったら何がしたい?」
エセフェルは全身に散らばる目を俺に向けて、じっと見つめてきた。
こんな奴らが俺たちのシェルターに来たらあっという間に制圧される可能性もある。
まさかここまで強いとは思いも寄らなかった。
「聞きたいのか?」
「ああ、興味がある。部隊を率いる以上お前もバカじゃないはずだ。外で裸でも暮らせる人間がいたとすれば絶好の研究材料だ。まさか吉田博士の件で学んでいなかったとは言わせないぞ」
「安心してくれ。アリ型の手足を、もぐくらいの力があるんだ。その気になれば擬態だって出来る。負ける要素はない。圧倒的な自信があるからこそ、私たちは向こうでも役に立てると信じている」
ふふふっとエセフェルは笑った。
表情は分からないが、エセフェルはどこか弱々しいというか、困ったような雰囲気を感じる。
「あまり私を困らせないでくれ。向こうには私の知り合いがいる。だからきっと大丈夫だ」
「そうか、悪かった」
俺も質問が意地悪すぎたかもしれない。
ただ、なんとなく、エセフェルたちは不幸になって欲しくないと思った。
そう思ったからこそ、俺は厳しい質問をしてしまったのかもしれない。
たまに夢の中で参謀が出てくる。
夢の中の参謀は妹のためにハンドクリームを作ると言って、いつも一生懸命に薬品を混ぜていた。
奴は言うんだ。
妹を頼む。親はもういいから妹だけは頼むぞ。
勇気隊長の前では妹の存在だなんて匂わせなかったけど、奴はそんな奴だ。
奴は死に、俺は生き残った。
傷を受けながら人は生きていく。
例え、その傷跡が治ったとしても、体にも心にも傷跡を残しながら人は生きていく。
俺もそうだし、兄を失ったルルルカもそうだろう。もちろんエセフェルもきっとそうだ。
俺はエセフェルの、いや、誰の悲しんだ姿をも見たくなかった。
俺の恐怖はどうやらエセフェルに感染してしまったようだ。非常に困惑させてしまっている。ここは話を変えた方がいいだろう。
「で、エセフェル。その知り合いって誰なんだ」
「ああ、彼の一族は「星を見る者」と呼ばれている。父の話では息子だけ生きているらしい」
「星を見る者? もしかして樟木一族か」
第二十四番シェルターのギョクが言っていた「星を見る者」の話がまたここで出るとは思いも寄らなかった。
「よく知ってるな」
「知ってるのはそれだけだ。なあエセフェル、「星を見る者」について教えてくれ」
「いいだろう。「星を見る者」は、文字通り星を見る者だ。数年先か、それとも明日か。この星は猛烈な勢いで宇宙を進んでいて、もうじきプロキシマケンタウリという恒星にたどり着く。「星を見る者」の一族は、この地球を生命居住可能区域内で安定させる役目を担っている。それぞれのシェルターの地下にはデウス・エクス・マキナと呼ばれる人工知能が目覚めの時を待っているが、それを適した時に目覚めさせるのが「星を見る者」の一族の勤めだ。デウス・エクス・マキナはこの地球を生命居住可能区域に留めさせるためにあの手この手を使う。うまく公転できれば、時間の経過とともに映画の世界と同じように緑が生い茂り、森の中を鳥が歌う世界が待っているそうだ」
エセフェルの口から小難しい固有名詞が頻出して、俺の頭がパンクしそうになった。
「眉唾もんだ。生命居住可能区域なんて聞いた事がねえ。勇気隊長も言ってなかったぞ」
「勇気隊長?」
「ああ、樟木勇気だ。知ってるよな?」
俺の一言に、エセフェルの雰囲気が急に変わった気がした。
「知っている」
俺はただならぬ気配を感じた。
「私は彼と結婚する事になってたんだ」
「「「「え!?」」」」
俺たち四人の声が同時にハモった。
「父が息子は生かすように君たちのシェルターの上層部と掛け合ったらしい。私と結婚させるから殺さないでくれと言ったそうだ。つまり彼は私に恩がある。だから私たちを救ってもらいたい」
あの博士。飄々(ひょうひょう)とした男だったが、まさか陰で色々活躍していたとはな。
それにしても勇気隊長には奴隷ちゃんという婚約者がいるのにモテるなあ。奴隷、死神、タコ人間が一人の男を巡って火花を散らす――蠱毒か何かか?
「サイモンくん、父は殺すべき遺伝子は存在しないと言うんだ。みんなが憎むべき遺伝子、皮膚の色や肉体的な特徴は、本当に価値がないなら勝手に淘汰される。だから、あるべき物はあるべきままにしておくべきだと言ってたよ。人間からかけ離れた私たちも生きて良いはずだ」
「理想論だな。俺たちのシェルターには白人の軍人を頂点としたカースト制度が未だにあるぞ」
あまりにも綺麗事過ぎて、俺は思わずエセフェルの話を笑ってしまった。
「確かに理想論なんだよ。それほどまでにこの世界は死にあふれている。シェルターの外でも中でも人が人を殺し、殺されて死んでいく。縋りたいんだ、私は臆病だからな」
自嘲するようにエセフェルはふっと鼻で笑った。
「サイモンくん。もし君たちの交渉が失敗すれば私たちはモルモットにされるかもしれない。長時間、生身で外を移動する事は出来るが、呼吸はしなければ死んでしまうんだ。私たちの持っているこの特性はハダカデバネズミのものだからね。その他特性もあるけど、外で生きていける時間はそう長くはない。無酸素状態に長時間耐えられるだけであって、耐えきれなくなったら死ぬ。閉め出されたら終わりなのさ。だから頼む。必ず上手くやってくれ」
俺はエセフェルの期待に対し、返答する事が出来なかった。
俺は一介の外部行動員だ。それより上位に位置する白人たちが居て、その下に外部行動員、さらにその下に俺の弟が所属する有色人種の一般市民という序列が成されている。
上に刃向かったらとんでもない目に遭わせる可能性がある。だが、エセフェルの機嫌を損ねさせたら間違いなく俺たちが殺される。
さっき俺の手を握ったのも自分の力を見せつけるためのものかもしれない。
いつでもひねり殺せるんだぞ、と言わんばかりのあの握力。きっと俺を脅している。
こういうのは末端の俺に尋ねるんじゃなくて偉い奴に頼むのが一番だ。そう、偉い奴だ。
「おい、ジェシカ……大佐補佐。俺たちのシェルターにエセフェルたちを連れて行くんだから上層部に掛け合ってくれるよな?」
「はえっ?」
急に話題を振られたジェシカは動揺したようだ。非常に驚いている。
「なあ、エセフェル。ジェシカは大佐補佐だ。一兵卒の俺よりも何十倍も偉い。そのジェシカは気に入らねえ奴はぶっ殺す過激派だ。前の大佐も中佐も同僚も全員ぶっ殺してきた」
「さ、サイモンくん。本気で言ってるのかね」
エセフェルはドン引きしているようだ。
頭のネジの外れた大佐補佐の操縦する船に乗っているんだ。そりゃあ驚くはずだ。
「驚いているようだな」
「そりゃあ、まあ、ね。その……ジェシカお姉ちゃん殿は中々の実力者のようだ。サイモンくん、ジェシカお姉ちゃん殿は革命家か、中世の皇帝の血を引いているのか?」
「うん? まあ、多分。そうなんだろうな」
俺はエセフェルの例えが理解が出来ず、適当に相槌を打った。
「ちょっとサイモンさん。何を言ってるんですか。適当に相槌を打たないでください」
「え?」
「エセフェルさんが言いたいのは権力のために革命家や中世の皇帝のような血みどろの暗殺劇を繰り広げるタイプなのかって聞いてるんです」
「ああ、そういう意味か。ジェシカはそんなタイプじゃねえよ。どちらかというと、虐められて、最後はぶち切れて手が付けられなくなるタイプだ」
「サイモンさん! 黙ってください!」
「ははははははは。あはははははは!」
俺とジェシカの軽口の叩き合いに、エセフェルは大声で笑い始めた。
「ジェシカお姉ちゃん殿。大佐補佐も肩書きだけなのか? 一兵卒にここまで言われるとはな。ははははは!」
「サイモンさん、後で不敬罪で処罰します。絶対に許しませんからね。あ~恥ずかしい恥ずかしい……」
エセフェルの一言に、ジェシカは羞恥に耐えているようだった。
「悪いな、ジェシカ。お手柔らかに」
ちょっと羽目をを外しすぎたかと反省しながら俺は席に体を預けた。
モニターの中で景色は過ぎ去っていく。
そして、表示されたマップの点が徐々に俺たちのシェルターに近づいていく。
……奴隷ちゃんが処罰されるのは自明の理だ。
もちろんそれをどう切り抜けるかが大事だ。
ジェシカはどうするつもりか。
ジェシカの父さんは元中将だが、巻き込まれるのは嫌がるだろう。
白人からしてみればアヌビスを盗んで壊してきた奴隷を免罪するなんてありえねえ。
俺たちが持ってきた治療薬で免罪符が買えるなら是非とも買いたいところだが、俺たちチーム・アポカリプスの扱いを見れば薬だけ奪われて奴隷ちゃんは裸で外部をお散歩させられるだろう。
すべての命運を握るのはジェシカだ。
「ジェシカ、シェルターに着く。覚悟は出来てるな?」
「ええ、既に手は考えています」
「行こうぜ、決着の時間だ」




