第十二話 あっけない結末
「お姉ちゃん、どうしたらいいの?」
アヌビスが動かなくなった奴隷ちゃんは動揺して、呼吸を荒げている。
心拍数も上がっていそうだ。変な行動をしなければいいが、こちらの指示を忠実に守らせるしかない。
私はアヌビスを旋回させて、奴隷ちゃんのアヌビスと対面した。
奴隷ちゃんが乗っているアヌビスのコックピットの上にはタコ人間が三人立っていた。
最初は拳を振り上げているようにも見えたが、どうやらタコ人間は中の奴隷ちゃんに対して手を振っているようだった。
「あ! やっほ~」
奴隷ちゃんの落ち着いた声も通信機から聞こえてきた。タコ人間は奴隷ちゃんを襲うつもりはないようだ。
なぜ奴隷ちゃんに攻撃をしないのだろう。
深い思考の後、私は一つの結論に至った。
奴隷ちゃんはタコ人間たちと面識があるのだろう。
「奴隷ちゃん。この人たちは仲間なの?」
「この人は仲間だよ。エセフェル。良いタコ人間。農業層に入れてもらった」
「じゃあアヌビスから出られる?」
これは賭けだ。だが、もし殺すつもりなら、奴隷ちゃんは既に引きずり出されて殺されていただろう。
「うん、分かった。エセフェル! 元気だった?」
タコ人間と奴隷ちゃんの交流は続き、タコ人間はアヌビスのコックピットの上で飛び跳ねている。
「なんだと、エセフェルだと?」
エセフェルという言葉を聞いて、怒り狂ったのは吉田博士だった。
「貴様殺してやる。絶対に殺してやるからな。あれ、おい……出られないぞ。どうなってる」
だが、吉田博士も出られなくなった模様。おそらくアヌビスのシステムがダウンしたため外に出られなくなったようだ。
「ねえねえエセフェル、ここから出して。出られないよ」
奴隷ちゃんが弱々しい声で、エセフェルというタコ人間に語りかけている。
どんどんと何かをたたく音が通信機から聞こえる。奴隷ちゃんがコックピットをたたいているのだろうか。
タコ人間たちはアヌビスのコックピットを叩き割って、奴隷ちゃんを引っ張り出した。
間違って殺されないかと肝を冷やしたが、そんな事はない。
タコ人間と奴隷ちゃんが熱い抱擁を交わした後、二人は私たちのアヌビスの方に向かってきた。
「君がジェシカお姉ちゃんとやらか?」
通信機から聞いた事もない女性の声が聞こえてきた。
少し冷めたような、それとも余裕があるような不思議なトーンだ。
「誰?」
「エセフェルだ。よろしく頼む。シェルターにいるときに奴隷ちゃんに回線を教えてもらったので、会話に混ぜてもらってるんだ」
「私がジェシカです。初めましてエセフェル」
私は当たり障りのない挨拶をした。
「先ほどはすまなかった。仲間が攻撃してしまったので、驚かせてしまった。こっちも退っ引きならぬ事情があってね」
「奴隷ちゃんを守ってくれたのに、反撃してしまってすみません」
「気にしないでくれ。何人か死ぬのは分かっていた。奴隷ちゃんと私たちは仲間さ。守るのは必然だよ。退っ引きならぬ事情についてだが、私たちの仲間には首に爆弾を巻かれている奴がいてね。解除するまでは言う事を聞かないといけなかったのさ」
周囲のタコ人間たちは続々と擬態を解除していった。
奴隷ちゃんが言っていた首の輪っかとは爆弾のことだったようだ。
カメラで周囲の状況を確認すると、吉田博士の話以上のタコ人間たちが私たちを囲んでいる。
いったい何体居るんだ。
エセフェルと他のタコ人間たちは集まって、身振り手振りで会話をしているようだ。
星明かりの下、踊るように語り合う彼らの姿を見ているとなんとも不思議な気分になる。
真空では音がほぼ伝わらない。
そのため彼らは指を指し示したり、ボディランゲージを用いて会話をしたりしている。
頭から垂れ下がる触手で、彼らの素顔は隠されて彼らの表情は分からない。そのため、跳んだり、身振り手振りで相手に自分の意思を伝える方法に特化し始めたのかもしれない。
人間にとって相手の言いたい事を理解するのに表情はとても重要な要因を占める。
素顔が見えない彼らなりのコミュニケーション方法なのだろう。
「話は決まった。これから君たちのシェルターで暮らしたいのだが、ジェシカお姉ちゃん殿。許可をくれないか?」
通信機からエセフェルが語りかけてきた。
確かに彼女は奴隷ちゃんの命の恩人だ。その触手の下にはいったいどのような顔を浮かべているのか。私は生唾を飲み込んだ。
「おい、ちょっと待て。私をここから出してくれ。出られなくなったんだ。なあ、頼むよ」
吉田博士の慌てふためく声が、通信機に混じった。
「なあ吉田博士。なんとも君らしいじゃないか。衝動性に身を任せて私を改造した君が、最期は衝動的に友を殺して、熟慮する事もなく自らを守るゆりかごを衝動的に破壊して出られなくなった。君の衝動性は破滅を呼ぶのだよ。君が行くべきは理想郷ではない。まさに死者の国さ」
クフフフとエセフェルは吉田博士をあざ笑っている。
相当吉田博士に恨みがあるのだろう。
「私をなめるな。ここから出る方法はいくらでもあるんだ。私を本気にさせないうちにさっさとここから出せ! 今までの事はお互いに水に流そうじゃないか。君は新人類のアルファ雌になったんだ。私が居なかったらその立場は得られなかったはずだ。再び手を取り合って、さらなる高みを目指そう。それに君はエセフェルじゃない。本当の名前はエミリアだろ。エミリアは競争相手という意味だ。アルファ雌となった今、まさに一等賞だ。な?」
「吉田博士、冗談はよしてくれ。君はDV夫の才能があるな。私の母は共依存に陥っていたようだが、私は騙されない。君のように、幼気な少女を改造しても反省もしないどころか、自分の一番の功績のように語る悪趣味な人とは相容れないのだよ。それに君の横で死んでいるのは私の父だ。今さら愛しているだの、家族の情だのと世迷い言を吐くつもりはないが胸が疼く。だから私はこう思った。私が観測しなければ、私の父は生きているとも死んでいるともいえない。だから吉田博士。せいぜいその中で私の父と仲良くやってくれ」
「吠え面をかくなよ。見せてやる。私の本気を」
「分かった分かった。頑張りたまえ。今までそう言って本気を出した奴は見た事がない」
エセフェルは私たちの方に向かってきながら、ゆらゆらと手を振っている。
「で、ジェシカお姉ちゃん殿。我々は君たちについて行ってもいいか、と言う質問に対する返答が聞きたい」
奴隷ちゃんの命の恩人である彼女たちの要望なら聞き入れたいところだが、目に見えない存在を大量にシェルターに入れるということが受け入れられるはずもない。
第一、皮膚の色の違い程度で狼狽えている私たちのシェルターの住人たちだ。
それなのに異形で超高度な擬態能力と外をサバイバルウェアも着ずに生存できる能力を持った人間が入ってきたら勢力図は大きく変わる可能性がある。
「私の一存では決められません。皆さんの特殊能力を見た科学者が皆さんをモルモットにするかもしれないですよ」
「安心してくれ。私たちはヤワじゃない」
「男の人が居ると怖がって警戒するかもしれません。私たちの施設の人は怖がりなんですよ」
「それも安心してくれ。私たちは全員女だ」
「……」
私の拙い反論はすべて潰された。
「私たちのシェルターにいた男たちの中で才能が見込まれた者はより強力な筋力を得るように徹底的に改造された。奴らは肥大化した強力な筋肉を得る代わりに、大量の男性ホルモンを産生するようになってしまったんだ。それが原因で、改造された男はとても凶暴になったんだ。捕まった女は徹底的にレイプされてたよ。非力な私にはどうにも出来なかった。だからある程度は飢えさせて殺したり、特定の階層に閉じ込めたりした。私たちは安全な階層で生き残ったが、技術者のいないシェルターに未来はない。徐々に機器が壊れていき、確実で緩やかな死が私たちを待っている。どうにか私たちを救ってくれないか?」
私の追撃を受けないように、エセフェルは立場を明らかにした。
なぜだろう。エセフェルはかなり下手に出ている雰囲気があるのに、私は彼女に怯えている。
犬に例えるのであれば、エセフェルは腹を見せた形になるだろうが、エセフェルたちはその気になれば私たちにいつでも噛みつける猛犬のような雰囲気がある。
奴隷ちゃんのアヌビスのコックピットを叩き割れる強さを持っているのに断ったら、荒野に引き擦り出される可能性だってある。
私が返答に困っていると、
「ジェシカ、何をブルッてるんだ。さっさとエセフェルたちを連れて行くぞ。敵対シェルターの人間を受け入れたんだから、第六十七番シェルターの住人くらい良いだろ。それにここで立ち往生するより、隊長に薬を飲ませてやりたい」
サイモンが即決してしまった。
「……そうですね」
だがこれでいい。これでいいんだ。
「行きましょう。さ、奴隷ちゃん、乗って」
「うん」
奴隷ちゃんがエセフェルと一緒にアヌビスのそばにやってきた。
「ジェシカお姉ちゃん殿。アヌビスに乗った事がないんだ。君の背に乗せてもらってもいいか?」
また困るような質問を……どうやって断ろうか。
「結構揺れますよ。歩いた方が快適です」
「普段から私たちは揺れながら歩いているんだ。触手が重いからな。気にしなくていいさ」
「……」
エセフェルというこの女、折れない。
「ジェシカ、気前よく乗せてやろうぜ。アヌビスなんて他のシェルターにもあるだろ。軍事機密ってほどじゃない」
性能に大きな差があるのだが、サイモンはアヌビスのことを知らないのだろう。
外部にアヌビスが落ちていたら、どのシェルターもその秘密欲しさにあの手この手を使ってアヌビスを運搬しようとするだろう。
それにしてもサイモンはずいぶん気前がいい。その気前の良さは彼の持ち味か、それとも計算ずくの結論か。
「その通りだ。私たちのシェルターにもアヌビスはある。新しいアヌビスが完成すると、そのたびに子供たちがアヌビスに搭乗する体験会が開かれていたんだ。でも私は乗った事がないんだ。幼い頃から吉田博士の実験体にされてきたからね。人前には出してもらえなかったんだ。私がこうしてわがままを言っているのは、ただ乗りたいだけなんだ」
お、重い。話が重すぎる。
「分かったわ」
私はアヌビスを伏せさせて、奴隷ちゃんとエセフェルをウォータールームに搭乗させた。
「ご厚意に感謝する。作れなかった思い出は今から作る事にするよ」
エセフェルが満足そうに喋っている。
モニターからエセフェルの姿を確認すると、彼女は無邪気に小躍りしていた。
悪意は無さそうだ。問題は起こさないだろう。
私はエセフェルと奴隷ちゃんに着席を促した。
後は野となれ山となれだ。行くしかない。
「注水開始します」
私は二人の着席を確認してからウォータールームに注水を開始した。




