第十一話 聞きたくねえ! もうたくさんだ!
「あなたは超擬態や筋力増強を付与するためにエイリアンでなく、人間を材料にしてるのですか」
「そうだ、よく知ってるな。さてはラッシュフォードから聞いたな?」
「そうです。それで少し興味がわきまして。どうして人間がそのような能力を持っていると気づいたのですか」
話の基本は質問と傾聴だ。
相手の話に適度に相槌を打ち、邪魔にならない程度に相手の話に対して質問をする。
貴方の事を知りたい。もっともっと教えて。
これが、会話の基本だ。話し下手でもこれで相手との会話が弾む、と勇気隊長の所有している本に書いてあった。
この方法で私は、「あいつは他人の事ばかり聞いて、自分の事は話さない秘密主義野郎」というレッテルを張られた。酷くないですか?
ま、所詮はその場しのぎの相手。相手の気持ちとやらに寄り添って、適当に相槌を打って時間を稼ごう。吉田博士とはこの場限りの付き合いだ。
「なんだね、君もやっぱり興味が出てきたのか? 急に態度が改まったね」
「よく考えれば不思議なんですよ。人間が透明になれると言うのなら、なぜ私が今まで見た事がないのか」
「確かにそうだろう。不思議だよなあ。私の施設にいたバカどももジェシカ大佐補佐のように知識に貪欲であれば私もこんなに怒る事など無かった。あの知識の無いくせに少し問題が起きただけで臭いものには蓋をする。よくこのような体制で生きてこれたものだ。ダーウィンも進化論で生き残れる種とは最も強い者でもなく、最も賢い者でもない。生き残るのは変化できる者だと言っている」
聞いても居ない事をべらべらと吉田博士はしゃべっている。よほど鬱憤がたまっていたのだろうか。
だがこちらにとっては好都合だ。黙ってしゃべらせておくに限る。
「そのような考えだから、私が矯正してやったんだ。人間は平和すぎると牙を抜かれたように腑抜けてしまう。私という内なる外圧、敵意に触れる事で彼らは変わった。見ろ、素晴らしい姿だ。いや、見えないか……見えないからこそ素晴らしい。女性の下着は見えないからこそ神秘的であるのと一緒だ。さすがジェシカ大佐補佐だ。私の言いたい事をよく理解してくれる」
有用な情報があったら聞いておこうと思ったのだが彼の話したい欲求が暴走しており、何が言いたいのか私は理解できずにいた。
「おっとすまない。話が飛躍的すぎた。ようするに、聞いてもらってうれしかったんだ。少しだけな」
感触はいいようだ。もう少し続けるべきだろうか。
電力は九十パーセント回復したが、完全に回復するには、まだ時間がかかる。
私は悩んだ末、もう少し会話を続ける事にした。
「あの、それで……どうして人間が擬態や筋力増強の能力を身につけていると気づいたんですか?」
私は話を修正した。
聞いた事にきちんと答えてもらいたいのだが、どうやら吉田博士は意思疎通に大きな障害を抱えているようだ。言葉のキャッチボールが、ままならない。
「ああ、ジェシカ大佐補佐。ずいぶんその話にご執着だな。君の居るシェルターでも同じことが起きているのではないかと気になっているんだろう」
「はい、その通りです」
私はどうにか話を修正することに成功した。
「ラッシュフォードからも聞いているんじゃないか? おそらく人間の変化は起きている。私が宇宙線によって人類が変異している事に気がついたのはラッシュフォードの娘のおかげだ。ラッシュフォードの娘のエミリアは母親から父親の悪口を聞いて育った。おかげで、自分の父親ははママをいじめる悪党、私のことはママを救う勇者だと思っていた」
サイモンがラッシュフォード博士に言った、よく戻ってくる気になったな、と言う言葉が私の心にも浮かんだ。
それなのに博士は殺されてしまった。この悪魔は許せない!
「娘を手懐けるのは簡単だったよ。だから自分が擬態できる事も教えてくれた。ママを救うために、力を貸してくれと言ったんだ。そしたら喜んで受け入れてくれたよ。他にも能力を持っているお友達を教えてもらったら後は話が早い。成功の余韻に浸りながらも私は研鑽を続けた。素知らぬふりをして、高みの見物を決め込んでいる能力者たちを次から次へと実験体に変えていき、私は、ついに四十パーセントという大台に乗ったんだ。人間という貧弱な生命体をこの過酷な環境に適応させたんだ。私の施術は神の啓示に等しい。そうさ、神にも至る気分だったよ。後もう少しだ。残り、六十パーセント。実験体がもう少し居れば、私は完全なる理想郷に至れる」
「娘さんはどうなったんですか。まさか……」
「もちろん、全面的に協力してもらったよ。あれが突破口だった。彼女の体にはタコと同じように色素胞があったんだ。だが今のように完全なる擬態は不能だ。どうしたと思う?」
「そ、想像も付きませんね」
妙にいやな予感がする。
「まずは色素胞をiPS細胞で増やして移植した。次は完全な擬態にするために、iPS細胞で眼球と視神経、そして統括するための脳を作った。タコの擬態は視覚に依存するというからな。見えなきゃダメなんだよ。既に私は幸運な事に、ラッシュフォードの娘という女の被検体を手に入れていたんだ。女はな、色に対して敏感なんだ。女の繊細な色彩感覚と比べたら男など色盲に等しい。大量の眼球と視神経、脳を体に移植した。あれが私の最初の成功だった。だが、iPS細胞のデメリットは不安定性から癌化しやすい。だから私は飼っていたハダカデバネズミの遺伝子をラッシュフォードの娘に打ち込んだんだ。あいつらは癌にならないからな。ついでにタコの遺伝子も組み込んだ。徐々にラッシュフォードの娘は進化していき、擬態に適した姿になっていったんだ。この時まで私とあの娘は確かに信頼し合い、深い絆で結ばれていたんだ。だって、あの子はうれしがっていたんだ。泣きながら失禁するくらいにな。擬態して見せてと言ったらしっかり消えたんだよ。そこに居る事が理解できないくらい、完全なる擬態だった。施術内容を教えたら、ありがとうございますってきちんとお礼も言ったんだ。なのに! なのに! あいつは消えやがった。ラッシュフォードの奴もむかついたが、まさか娘までクソだったとはな。私の部屋に擬態しながらやってきて、「私はこんな姿になりたかったんじゃない」とほざきやがったんだ。確かに元の姿とは違うのは認める。だが、面影があるだろうが! もっと上手くいけばマスコットキャラとしての活躍も出来る位の可愛さだったぞ。もっと高みにいけたはずなのに、私の手を振り払うようにあいつは消えた。私の技術を享受するだけ享受して消え失せやがった。その後も私のラボと隠しラボにも入ってきて、完成した薬を打ち込んでた盗人野郎だ。思い出しただけで八つ裂きにしてやりたい。奴に移植した目玉を一個ずつ引き抜いて……」
「聞きたくねえ! もうたくさんだ!」
怒鳴り声を上げたのはサイモンだった。
「ジェシカ、このマッドサイエンティストをどうにかしろ。こっちまで気が狂いそうだ。周囲がタコ人間どもに囲まれてるんだろう。俺たちの事なんか気にするな。未踏の岩山地帯まで走れ。このイカレた男の講釈を聞いているより、遠心力の方がまだマシだ。さっさと通信を切りたい」
「ですが……」
私はルルルカちゃんの体が心配だ。体に強度の遠心力が掛かるという事は、それだけ脳にもダメージが行くし、絶対に吐く。
「ジェシカ大佐補佐。大丈夫です。私たちは厳しい訓練を受けてきましたから、適当なところにしがみ付けば生き残れると思います。ゲロを吐いたら死ぬ気で飲み込むんで安心してください」
サイモンとルルルカちゃんはやる気のようだ。
だが、奴隷ちゃんの方はどうだろうか。
「奴隷ちゃん、走れる?」
「なんだかまだおかしいよ」
奴隷ちゃんのアヌビスは立てなくなり、地面に伏せてしまった。
「ジェシカお姉ちゃん、動けなくなった。助けて!」
「奴隷ちゃん、落ち着いて。私が守るから」
「怖いよぉ! 怖いぃいいい!」
奴隷ちゃんはパニックになったようだ。私も奴隷ちゃんの叫び声に思考をかき乱されながらも最適解を探そうと思考を巡らせた。
どうして動かなくなったのかメカニックに乏しい私には理解できなかった。
考えられる事とすれば、吉田博士。あの人以外考えられないだろう。
「吉田博士、奴隷ちゃんのアヌビスに何をしたんですか?」
「少し内部を解体して、いじっておいた。俺の気分次第でいつでも停止できる」
「なんてことを……」
まさか難攻不落のアヌビスを既に解体していたとは。どこまでも難敵な男だ。
「俺の大事な研究素材を壊してくれたお礼だ。まさか改造されまいと高をくくっていたんじゃないか? 研究者は不可能を可能にするために生きているんだ。君たちのような恐怖に支配された臆病者のバカとは違う」
怒気を強めることなく比較的穏やかに吉田博士は語っているが、言葉尻から内心は激怒しているのだろう。
私は苦虫を噛み潰したような表情になった。




