第五話 遺書
中将から脅された。
この結果は部下の二人に報告しなければならない。
「というわけでみんな。ジェシカと外部行動に行くことになった」
「だろうな」「やっぱりな」
意外とサイモンと参謀は冷静だった。
「あの白人どもの横暴は今に始まったことじゃない」
てっきり憔悴しきったような顔かと思えば、サイモンの顔は明るい。
「俺には頼りになる隊長がいる。だから大丈夫さ」
サイモンは俺を頼りにしてくれているようだ。彼の期待にこれからも応えるようにしていかなければなるまい。
「この部隊の参謀を名乗る以上、僕も彼女の動きを見ておかないとね」
参謀は仕方が無いといった表情だ。
「ひとまず初日は外に出てからジェシカの動きを見てからにしたい」
二人は頷いて、俺の意見を承諾してくれたようだ。
「それより隊長。遺書は書いたか」
「ああ、書いてなかったな」
「俺たちは書いたぜ」「ああ僕も」
サイモンと参謀は遺書を渡してきた。遺書と書かれた紙には丁寧に名前が書いてある。
茶封筒に入れられた、死んだ後どうして欲しいか書くための手紙。
サイモンは恐らく弟を頼むだろうし、参謀は美しい自分をホルマリン漬けにするよう頼んでくるだろう。
遺書を受け取り、俺は机の上に置いた。
「隊長は書いたか」
サイモンに言われて気付いた。
「そう言えば、まだだ。紙が足りなくて」
「僕の言ったとおりだろ?」
参謀はサイモンにウインクをして、二つの、紙と封筒を渡してきた。
「遺書のセットが二通ある。書き損じてもいいようにな」
「悪いな。そこまで配慮してくれて助かる」
俺は椅子に座り、手紙に筆を走らせ始めた。
生憎、俺に家族という存在はない。
反乱で追放処分を受け、外で凍って死んだことだろう。恋人もいないし、もちろん子供もいない。だから、俺の実力を継げる存在を作りたい。
手紙に記したのは、開拓地の踏破の方法と、必要な参考文献を書き記した。
あとは奴隷ちゃんだ。他のチームに行ったら血だるまにされそうなほどわんぱくだ。
それが彼女の良さではあるのだが、みんなが長所と捉えるわけではない。サイモンに面倒を見て貰うこととしよう。
「さて、俺も遺書を書いたぞ」
自分の書いた遺書から、目線を上げるとそこには白い肌の少女が立っていた。
「い、遺書を書いているんですか?」
「じぇ、ジェシカ!」
いつの間に入ってきたんだ。書くのに夢中になって気付かなかったのか。
俺の視線の先にいるジェシカは震えながら目に涙をためている。
「私、隊長さんに言おうと思っていたんですかけど、わたぢは、おっ、お荷物ですかっ?」
ボロボロとジェシカは大粒の涙を流し始めた。
彼女の後ろにいる隊員たちは悲痛な顔をして、行く末を見守っている。
手信号で参謀が、誤魔化せ、と送ってきた。
「ジェシカ、これは違うんだ」と言っても「違うって何よ」とまるで不倫現場のようなやりとりが繰り返されるのは目に見えている。
俺が手にするのは自分の遺書と、書き損じたときのための白紙と茶封筒だけだ。
悪辣な部隊で長らく隊を引っ張ってきたこの俺だ。出来る、誤魔化せるぞ!
「ジェシカも書かないか? ジェシカが入ってくれたおかげで、今度はエイリアンのたくさんいるところに行ってみようと思うんだ。そこにはたくさんの液体空気があるけど危険で……あまり考えたくないけどみんなで遺書を書くことにしたんだ。アヌビス乗りは死亡率が極端に少ないけど死なないわけじゃない。アヌビスの青白い発光はあの暗闇の中じゃずいぶん目立つ。ジェシカも俺たちと同じように危険だ。同じ危険に身を投じる仲間としてジェシカにも書いて貰いたい」
俺は立ち上がって、ジェシカの隣に立つと、ペンと遺書セットを差し出した。
「た、隊長さん。私、仲間ですか」
「違うのか?」
「仲間……仲間……」
そこからジェシカは泣いて泣いて泣きまくった。
ジェシカは俺の机の前に座り、震えるペンで遺書を書き始めた。何度も誤字を繰り返しながら書き上げた遺書も涙でふやけていた。
「たいっじょーさんっ。一生、一生付いていきますっ!」
ジェシカは俺に遺書を渡すと、ぎゅっと抱きついてきた。
「心強いな。あはは」
一生だってさ。俺の一生はあと何日だろうか。
視界の端に何かが揺れ動いていたので、視線を移した。
サイモンと参謀は胸で十字を切っている。
「さよなら隊長」「骨は拾っておく」
二人はそのようなサインを俺に送ってきた。
きさまら、覚えておけよ!
幸いなことにサイモンと参謀はジェシカには女性として興味が無いようだ。
他の部隊では女性関係でギスギスしているところも多くある。
酷いところでは入隊した女性が、いくつもの隊員と関係を持ち、修羅場になった。
その後、女性が妊娠していることが発覚し、誰の子供か分からず、最終的に全員から捨てられ、除隊することになった隊もあった。
因みにその部隊は今はもう解体されてしまった。
すなわち人間関係は外部行動の要である。
女が入ってきた以上、この隊も修羅場になる可能性はあるが、今のところはない。
最も修羅場に発展する前に死ななければの話だが。
「ジェシカ。そろそろ離れような」
「はっ、はい。すみません。ああっ、鼻水が」
ジェシカは俺の服に付いた鼻水をハンカチで拭いている。
「ああいいよ。洗えばすぐさ」
「あ、あああ、洗います。私、気が利かなかったです」
「大丈夫だって。落ち着きなよ。つまみ出したりしないから」
ジェシカは低く唸って何か言いたそうだった。
「明日は外部行動だ。ゲートから出発したらジェシカの出撃するゲート付近に向かう。すぐに合流して、どれほどアヌビスを動かせるか見てみたい」
「分かりました。ゲートから出たらすぐに会いに行きます」
アヌビスの乗り手と普通の外部行動員は出撃区域が違う。
アヌビスの乗り手は全員白人のため、下層の暖かい白人居住区から出撃する。また、アヌビスは大きな機体のため、目の前で小さな人間が動いていたらまともに行動できないというのも出撃区域が違う理由のひとつだ。
「みんな、今日はゆっくり休もう」
みんなは頷き、先にジェシカが出て行った。
「良く誤魔化したね。さすが隊長だよ」
参謀は手を上げてきたので、俺はそれを叩いた。
「最初からジェシカも書く予定だったと言うことで、皆さんご周知を」
「もちろんだ。あと一応言っておくが、自責感にさいなまれて本当のことを言うなよ。自分を許したくなって本当のことを言うのは最低のクソだ。ジェシカの目の前で脱糞してそのクソをジェシカに投げつけるようなもんだ。絶対に! 誰も! 言うなよ!」
サイモンの例えは極端過ぎるが、つまりはそう言うことなのだろう。
三人で共有し、二人は部屋を出て行った。
一人になった自室で、俺はゆっくりと地図を広げた。
探索地図と呼ばれる開拓地の地図を広げ、それに情報を書き加え始めた。
未踏の地を開拓する外部行動員は探索地図という地図を描かなければならない。
部隊員が全滅してもそれを引き継げるように義務づけられている。
面倒だが、隊長である以上描かなければいけない。給料は隊員の半分だけどな。
コンパス、定規で地図を書き上げていき、情報を書き込んでいく。
液体空気のある場所、目測による高低差なども必要な情報だ。
この地図と未踏の岩山の詳しい状況説明を書き終え、十分な成果が上げられたことを証明できれば我が部隊の地位も向上する。いつまでも他の部隊がこの部隊を卑下していられる時間はもうほとんど無いだろう。
「よし、ちょっとトイレに行ってくるか」
地図が落ちないように重しを置いてから俺は立ち上がった。
他の隊員は相部屋のため、トイレは共用だ。
一方、隊長は一人に一つの部屋が与えられるため、トイレは完全なる個室。俺の空間だ。
「はあ、マジで地図めんどくせえ」
愚痴だって言いたい放題。こんなに快適だと自分の部屋を作戦会議室にするのではなかったと思ってしまう。一応、作戦会議の時間を決めてはいるが、それでも自分の部屋という気はしない。完全なる失策だ。