第七話 急転
最初は疲れたのか、サイモンやルルルカちゃんのため息、そしてゆっくりと深呼吸をする声が通信機を通して聞こえてきた。
それからは静かになった。誰も話すことはない。
疲れて眠ってしまったのだろうか。みんなは夢の世界で、私は現実世界で一人荒野を行く。
とても寂しかった。
でもそれはみんなが私の運転に安心していることの証左だろう。
「なあ、ジェシカ」
孤独に耐えられそうになかった私に声を掛けてくれたのはサイモンだった。
「これで、隊長が治るんだよな」
サイモンは確認を促すように、通信機から私に尋ねてきた。
「ええ、間違いなくあの薬です。上手くいけば一ヶ月以内に歩けます」
「そうか、よかった」
サイモンの返事はそれだけ。
ふぅとため息交じりに聞こえるが、それは安息しているのだろう。
「サイモン隊長、泣いてるんですか?」
ルルルカちゃんも起きていたようだ。
「る、るるっ、ルルルカ! 泣いてないぞ!」
「ちょっと顔見せてくださいよ。男泣き、見たいです」
「見世物じゃねえんだぞ」
二人はその後もキャッキャと声を上げている。
うん、静かな方が良かったかな。
サイモンとルルルカちゃんによる喧噪をよそに私は思案に耽っていた。
あっけなさ過ぎる。
私がいつも見ていた映画は、モンスターを倒して、巨大な爆煙をバックに、たいした効果の無さそうな飛び込みを行って、大脱出を行う。私たちはモンスターとの決戦も行わず、時間にも余裕を持って脱出した。
これじゃあ映画にならないな。
そう考えると思わず、クスッと笑ってしまった。
私たちは映画のヒーローにならなくていい。
ベッドの上で物寂しそうな勇気隊長を思うと何事もないのが一番の幸せだ。
無事全員が脱出できたので、今回は話の種にもなりそうが無いけど、収穫はあった。
後で勇気隊長に聞かせてあげよう……それは奴隷ちゃんの役目だろうか。いや、恋に遠慮はいらない。恋は戦争だ。遠慮したらその時点で敗北だと思った方がいい。私は押して押して押しまくるぞ!
まずは帰還が第一目標だ。
エイリアンに出会わなければ、全員が無事に帰還できる。私も奴らの餌になるつもりはない。
意気揚々、気分上々と帰還への行進を続けていると、
「よぉ、博士。乗り心地はどうだ」
気になったのかサイモンはどうやらサバイバルウェアに付属した通信機で、ラッシュフォード博士に連絡を取っているようだ。
サイモンは粗暴なところはあるが悪い人じゃない。きっと一人で乗ったラッシュフォード博士のことを気にかけているのだろう。
「……」
しかし、反応がない。寝ているのだろうか。
「博士、おい、寝てんのか。ご老体にはきつかったか? なあ、話しようぜ。今からジェシカの話をしてやる。ジェシカが飼ってる蛾の幼虫のガッチャンの話だ」
「サイモンさん、やめてください」
「ダメか? 最高にイカしてる趣味だと思うが」
「私が操縦に集中できなくなります。やめてくださいよ」
「仕方ねえな。容赦してやる。なあ、博士? 大丈夫か。おい、返事しろ」
様子がおかしい。いったいどうしたんだろう。
「奴隷ちゃん。博士は元気にしてる? まずはきちんと席に座っているか着席センサーを確認して」
「う~ん、大丈夫だと思うよ」
「思う? 着席センサーが点灯してるでしょ?」
「ついてるよ。でも、ねえ、これって何個ついてればいいの?」
「そりゃあ一つだけど……奴隷ちゃん、もしかして……」
「ふ、二つ点灯してるんだけど……これは?」
二つ!?
「今すぐアヌビスの動きを止めて。カメラでウォータールームの中を確認して!」
「う、うん」
奴隷ちゃんがモニターを確認しているのか、少しの間があった後、
「なんか真っ赤になってるよ。ああっ、おじちゃんの首がっ!」
通信機から悲鳴に近い奴隷ちゃんの声が響いた。
「ねえなんで。怖いよ! 血がいっぱいで、真っ赤だよ。おじちゃんの首が……首が取れてる!」
奴隷ちゃんは非常に動揺している。
このままでは何が起こるか分かったもんじゃない。
「落ち着け、奴隷ちゃん! 勇気隊長なら、いつも……いつもどっしり……構えてるぞ」
ぐうっ、とサイモンの声にならない泣き声が通信機から聞こえた。
サイモンが奴隷ちゃんを落ち着けるために声がけを行ったつもりだろうが、私も気が気でない。
「う、ううっ。元気に乗ったんだよ。よろしくねって言われたの。でもどうして、いつから死んじゃったの。私のせい?」
奴隷ちゃんはすすり泣くように泣いている。
「奴隷ちゃん。今から確認してみるからちょっと待っててね。ウォータールームの中にエイリアンがいない?」
「居ないよ、博士だけだよ。あ、なんか動いている。なんか出てきた!」
「なんか?」
奴隷ちゃんのウォータールームのモニターに接続し、奴隷ちゃんのアヌビスのウォータールームを私は覗いた。
大量の水で薄まった赤い水の中に首のない死体がサバイバルウェアを着て、着席していた。
その中でヘルメットを被った異形の何者かがうごめいている。
それは人間の形を成してはいるが、手足がタコの触手のように細長く伸びている。
それはラッシュフォード博士の事切れた頭を持ち上げて満足そうに笑っていた。
どうだ、殺してやったぞと言わんばかりの笑みに、私は背筋が凍るような思いをしていた。
部屋の中には武器のようなものもサバイバルウェアも見つからない。
まさか腕力だけでラッシュフォード博士の首をねじ切ったのだろうか。
「ジェシカ、どうなってる」
私はサイモンの問いに答えるべく、思考を巡らせた。
「ジェシカくん、人を陥れたい場合は人が最も油断しているときに、最大限の攻撃を行うのが定石だ。頭の良い奴はみんなそうするし、吉田博士もそんな奴だ」
ラッシュフォード博士の言った言葉が脳裏によぎりった。
私はラッシュフォード博士の頭を抱え、したり顔をする怪物の正体に気付いた。
「見当はつきました。恐ろしいことです」
私の推測が正しければ、まだ事態は終わっていない。




