第六話 帰還開始
サイモンが外部連絡室の巨大昇降機を手動で動かすと、徐々に昇降機が動き始めた。
ああ、これで帰れるんだ。そう思うと私は安堵してきた。
「ジェシカくん、人を陥れたい場合は人が最も油断しているときに、最大限の攻撃を行うのが定石だ。頭の良い奴はみんなそうするし、吉田博士もそんな奴だ」
「?」
突然、ラッシュフォード博士が何か名言っぽいことを言っているようだが、唐突すぎて意味が分からない。
「良い戦略ですね」
私は適当に相槌を打った。
「君、意味が分かってないだろ。それは嘘と一緒だよ」
ため息交じりにラッシュフォード博士は呟いた。
見抜かれた私は、ぐうの音も出なかった。
とは言っても一体何の話をしているのか私には分からなかった。
昇降機が一番上まで到着すると、サイモンさんがモニターで外の状況を確認している。
外部行動員の人たちは外にエイリアンがいないことを確認してから、外に出る。
私たち白人はアヌビスに乗っているので、サバイバルウェアのみで外に出ることの怖さを十分に理解できていないのかもしれない。
周囲の状況を確認したサイモンは、スイッチを押して外部をつなぐ一枚の扉を開けた。
ダダダダダ!
「!」
通信機から大きな音が聞こえ、視界の端で連続した閃光が上がった。
何事かと私は思わず視線を閃光の先へに向けた。
閃光の発生源はラッシュフォード博士の自動小銃だった。
銃弾の向けられた先には何もなかったが、突如として人間の頭部をタコにすげ替えたような怪人が現れた。
筋肉の怪物と同じように、全身に目が付いている。
それはゆっくりと地面に倒れ伏し、動かなくなった。
「あっ、タコのお化けだ!」
奴隷ちゃんが慌てた様子でタコのような人間に近づいていく。
「良いタコとね、悪いタコが居るんだよ。あ、このタコね、ダメだ。首に輪っかが付いてるのは怖いんだよ」
奴隷ちゃんは驚いて私の後ろに隠れた。
「博士、いきなり撃つなよ。びっくりしたぜ」
サイモンは目をかっぴらいて苦情を言っている。
室内は既に真空状態となっており、大きな音など出ないと思っていた。
だが銃の音波がラッシュフォード博士の腕を伝い、通信機がそれを受信して私たちの通信機まで響いたのだ。
思ったよりも大きな音で、私たちはびっくりしてしまった。
「ああ、ごめんね。吉田博士のやりそうな手口だったから、つい。勘が当たって良かったよ」
ラッシュフォード博士は申し訳なさそうに、手を挙げている。
なるほど、博士が言いたかったのはこういうことか。
油断していたら私たちも殺されていた可能性があった。
私の全身がしびれるような緊張に包まれ、私はため息をついた。
まだ終わっていない。油断しちゃダメだ。
「さあ、帰ろう」
博士が手招いてきたので私たちは博士の背後に付いた。
赤外線で索敵できるラッシュフォード博士を先頭にして私たちは外部に出た。
外には満天の星空で、私は思わず息をのんだ。
このシェルターに来る際に、ウォータールームに乗っているみんなには星を見てくださいと伝えた。
暇つぶしにはなるだろうと思って言った言葉だが、私自身は緊張で空など見ている暇などなかった。
全く視界に入らなかった夜空の星が、今は煌めき、空を明るく染めている。
ようやっと私は肩の荷が下りたことに安堵した。
相変わらず美しい夜空に、私は思わず涙が出そうになった。
吸い込まれそうなほど暗い夜空で、歌うかのように光る星を私は見つめた。
「皆さん、帰って来れましたよ。綺麗な星たちが待っててくれましたね」
「ぐふっ!」
サイモンが通信機の向こうで吹き出した後、大きな声で笑い始めた。
「何ですか! 私の言ったこと、変ですか?」
「ジェシカが急に詩人になりやがった。液体空気を見て、ペンキを流し込んだ色みたいで綺麗だ、って言ってたジェシカがっ……星たちが待ってたとか……ぶふっ!」
サイモンに釣られたようで、博士もルルルカちゃんも笑い始めた。
「確かに液体空気はペンキを流し込んだような、綺麗な色をしていると思いますよ」
ルルルカちゃんがさりげなくフォローをしてくれたが、私の心は傷ついた。
奴隷ちゃんは何のことか分からず、小首をひねっている。
「もうっ、酷いですよ! あんまり言うとアヌビスに乗せませんからね」
「悪い、悪い」
みんなが笑いやんだ後、私たちは近くに駐めていたアヌビスのところにたどり着いた。
博士、サイモンと抱えられた少女、ルルルカちゃんの四名は私のアヌビスで連れてきたためか、私のアヌビスに乗り込もうとしている。
「ねえ、誰か乗りたい?」
一方、奴隷ちゃんが目を開きながら、寂しそうな表情を浮かべている。
乗ってくれるよねぇ?
と言わんばかりの表情に、私たちは戸惑った。
ルルルカちゃんは私の運転でさえ厳しいのに、奴隷ちゃんの運転では吐物で窒息死する可能性もある。
「乗りたくないの?」
どうしても乗って欲しいようだ。
奴隷ちゃんの気持ちを考えてみれば、私たちは五人で一つのアヌビスに乗るのに、奴隷ちゃんだけ一人というのは心寂しいのだろう。疎外され続けていた私は奴隷ちゃんの気持ちが痛いほど分かる。
「私が乗ろうかな?」
小動物のように震えている奴隷ちゃんの可愛い声に思わず私は、立候補をしてしまった。
「おいおい、ジェシカくん。ちょっと待ってくれ」
私の安易な発言は、博士によって簡単に制止された。
「まったく、君がいなくなったらあと一台は誰が操縦するんだね」
「そ、そうですね」
「奴隷ちゃん、僕が乗るよ。約束してたからね。これでも僕は頑丈な方なんだよ。サイモンくんと死にかけた仲だからね」
ラッシュフォード博士が冗談交じりに言うと、奴隷ちゃんはクスクス笑っている。
「おじさんが乗ってもいいかな?」
「うん、乗って乗って!」
奴隷ちゃんはラッシュフォード博士の問いに首を縦に振った。
奴隷ちゃんのアヌビスの方にラッシュフォード博士は向かっていった。
「ジェシカお姉ちゃん。あのね、あのね」
「ん? どうしたの、奴隷ちゃん」
「えっとね……助けてくれてありがとう」
奴隷ちゃんは、少し顔を赤らめた後、俯いたままアヌビスに搭乗していった。
うん、可愛い。奴隷ちゃんが私の弟子で良かった。
私たちはラッシュフォード博士がウォータールームに搭乗するまで、博士を見守っていた。
乗り込むまでにラッシュフォード博士がエイリアンに襲われたら、職務怠慢や不注意では済まない。
「奴隷ちゃん、準備はいい?」
「ちょっと待って」
奴隷ちゃんは、なかなかウォータールームを開放出来ずにいた。
「大丈夫?」
「あ、開いた」
博士と一緒に待っていると、奴隷ちゃんのアヌビスがウォータールームを開放した。
ラッシュフォード博士は周囲を気にしながら、ウォータールームの中に入っていった。
少し時間がかかってしまった。
訓練が足りなかったのだろうか。後でもう一度訓練をしよう。その機会は絶対に作る。そうでなければ私の来た意味がなくなる。奴隷ちゃんを処刑させるために連れて帰るわけじゃない。
「奴隷ちゃん。博士は席に座った? 画面を確認して」
「うん、大丈夫だよ。人のマークがあればいいんだよね」
「そうだよ。じゃあ準備完了ね。注水ボタンを押すのよ」
「あのね、聞きたいことがあるんだけど……」
「後にしましょう。さっきシェルターが爆発するって言ってたから早いとこ離れた方が良いわ。途中でいっぱい教えてあげるからますは出発しましょう。準備はいいわね」
「う、うん……」
二機が出発できることを確認すると、
「じゃあ、しゅっぱつしんこ~!」
奴隷ちゃんの元気な声が無線に響いた。
「耳が痛いよ!」
「ごめん。ジェシカお姉ちゃん」
いきなりの大声に奴隷ちゃんを叱ったが、いったい急にどうしたのだろう。
きっと帰れることにテンションが上がったと考えるのが自然だろう。
私を先頭にアヌビス二機で移動を開始した。




