第四話 超擬態
ラッシュフォード博士がパスワードを打ち込むと、扉がゆっくりと開いていく。
「よくパスワードを確認しないで開けましたね。このシェルターでは転出者のパスワードは消去しないのですか?」
私の疑問にラッシュフォード博士は笑っている。
「そりゃあ、僕は元々管理する側の一人だったからね。転出する際にダミーを消去してもらったんだよ。今打ってるのは、隠しパスワードさ」
なるほど。この博士、敵に回したら厄介そうだ。
扉が最後まで開き、私たちは中に入った。
まず目に入ったのが土工栽培で育った塩害対策済みの稲だ。
土工栽培とは土を使って植物を育てることだ。肥料と土と水分の管理が必要となるが、地下から湧き上がるミネラルを含んだ温泉水を撒いておくと、肥料と水分の問題が解決する。
水耕栽培でトマトなども作っているようなので、標準的なシェルターの農業部と言える。
このシェルターを建設した偉人たちの姿に思いをはせていると、目の前から大きな羽音を立てながら何かが私に向かって飛んできた。
掴まえるとそれは、丸々太ったトノサマバッタだった。
「……」
バッタと言えば奴隷ちゃんだ。彼女はいつもバッタを食べているような気がする。
「奴隷ちゃん!」
私はヘルメットをとって、大きな声で呼びかけた。
いつもなら大きく元気な声で、返してくれるだろう。
だが、反応はなかった。
奴隷ちゃんなら、一番に反応してくれるはずなのだが、どうして反応がないんだろう。
「奴隷ちゃん?」
「お姉ちゃん」
声のする方へ視線を向けたが、そこは誰もいなかった。
ただし、フライパンが地面の上においてあり、その上にはこんがりと焼かれたバッタが乗っているだけだった。
「奴隷ちゃん……もしかして……」
「ねえ、怒らないで聞いてくれる?」
震えた奴隷ちゃんの声。
しかし、姿は見えない。
「奴隷ちゃんは悪いことしてないよ?」
「怒らない?」
「怒らないよ。怒る理由さえ無いわ」
「私、体が変になっちゃった」
すすり泣く奴隷ちゃんの声が聞こえる。
徐々に、一糸まとわぬ奴隷ちゃんが肉体をグラデーションに彩らせながら現れた。
これは……
何もなかったところに突如として現れた奴隷ちゃんに、私は息が出来なくなった。
「もしかして、擬態?」
私の問いに奴隷ちゃんは震えながら身を縮込ませ、頷いた。
擬態していたので、人間とはかけ離れた存在に改造させられたかと思えばそんなことはない。
奴隷ちゃんはこの前一緒にお風呂に入ったときと、まるで変わらない姿だった。
奴隷ちゃんがこの敵だらけの環境で生き残れたのは擬態できたからかもしれない。
「怒らないで。私の体、みんなと違うから。実験体にしないでください。お願いします」
奴隷ちゃんはおびえるように泣いている。
「怒らないよ。実験体になんてしない。生きててくれてありがとう」
私は奴隷ちゃんに感謝を述べて抱きしめた。
これは間違いなく本心だった。奴隷ちゃんは恋のライバルだけど、私の愛弟子だ。
それは事実だし変わりようのないことだ。
「実験されたの?」
私は奴隷ちゃんに優しく尋ねた。
「違う。エセフェルが、タコのお姉ちゃんが私に才能があるって言った。隠れ方の方法を教わったの。でも他の人に見つかったら実験体にされちゃうから絶対に見つかるなって……」
奴隷ちゃんにはどうやらこのシェルターで味方を見つけたようだ。
「私が守るから大丈夫だよ。一緒に帰ろうよ。薬も見つけたからアヌビスに乗って勇気隊長のところに行こう。きっと良くなるわ」
「うん」
奴隷ちゃんは涙を拭いて、立ち上がった。
「ジェシカ大佐補佐」
ルルルカちゃんの声に振り向くと、ラッシュフォード博士は周囲をうろうろしている。
サイモンは肩に担いでいた少女に水を飲ませているようだ。
「男の皆さんが見回りをしているから、早く着替えろだそうです」
ルルルカちゃんが恥ずかしそうに顔を赤らめている。
確かに奴隷ちゃんは裸も裸。
一人前のレディとして奴隷ちゃんを扱っているからこそ、サイモンとラッシュフォード博士はあえて視線を逸らしているのだろう。
「奴隷ちゃん。サバイバルウェアは?」
「あるよ。サバイバルウェアを着てると襲われるから裸で居ろって教わったの」
「誰から?」
「エセフェル。本名はエミリアだってさ」
「!」
その一言に反応したのはラッシュフォード博士だった。
ラッシュフォード博士は周囲を見渡したが、悲しそうに目を伏せている。
もしかしてエミリアと呼ばれる少女がラッシュフォード博士の娘なのだろうか。
奴隷ちゃんは近くにあった棚から、小さなサバイバルウェアを取り出した。
それを不慣れながら奴隷ちゃんは一生懸命にサバイバルウェアを着込んでいる。
私は後ろから奴隷ちゃんの着替えを手伝った。
やはり小さな体だ。
それでも彼女は勇気隊長の心の大きな支えとなっている。
妬ましいけど望んでばかりいてはだめだ。
私もせめて自分の有用性を見せないと女として、いや、人としての価値が下がる。私は前を向く。前を向くんだ。
「準備できたよ」
奴隷ちゃんが満面の笑みで見上げてきたので、私も微笑み返した。
これから私たちは帰るんだ。そしたら私は勇気隊長に思いを伝える。奴隷ちゃんに勝てないかもしれないけど、でも私の価値を認めさせるんだ。
奴隷ちゃんの手を取り、みんなに合図をした。
「準備が出来ました」
「よう、ちび助。隊長を泣かせんな。さっさとシェルターに帰って、隊長の部屋で一緒に飯でも食おうぜ」
サイモンが鼻で笑いながら手を振っている。
「うん」
奴隷ちゃんが一歩踏み出したとき、低い警報音が地鳴りのように鈍く響いた。




