第三話 ラッシュフォード博士の昔話
ラッシュフォード博士は廊下と廊下が交差する地点で重点的に周囲を確認している。
「誰もいないな」
「博士。どうやったら見分けられるんだ」
サイモンが羨ましそうにラッシュフォード博士に尋ねている。
「ははははは。そうだな。僕と、このシェルターの話をしようか」
ラッシュフォード博士はそう言って、昔話を始めた。
「僕が若かったころ、僕には相棒がいた。名前は吉田亘だ。一緒にエイリアンの研究をしていたよ。エイリアンが休眠状態なのに活動できるメカニズムについて解明出来れば、人間の遺伝子を改変することで今までのように外で暮らすことが出来るかもしれない。そう考えていたが、研究は上手くいかなかったよ」
そう言って博士は悲しそうにため息をついた。
「エイリアンの細胞と人間の細胞を比べると、どうしても人間の細胞は複雑なんだ。僕たちの研究グループは風当たりが次第に強くなっていった。そして吉田博士は途中で宇宙線による人間の遺伝子の変異に関する調査の研究に移ったんだ。僕は妻からも休眠状態に関する研究はやめるように言われたが、僕は挑戦し続けた。今まで歴史に名を残してきた偉人たちは諦めなかった。僕には偉大な研究者たちの思いが、魂が眠っていると妄信して研究を続けたんだ」
ラッシュフォード博士の語る言葉には震えが見られた。
怒りと悲しみを吐露するかのようだった。
「結果として、吉田博士のやっていた研究は上手くいって、僕の研究は上手くいかなかったんだ。まあ、そりゃあそうさ。人は辛くなると、どんなちっぽけな希望にも縋ってしまう。段ボールで出来た家でも、砂上の楼閣でも、息が詰まりそうなほど苦しんでいる人間にとっては自分とちっぽけな希望を守るための砦となるんだ。もちろん一撃で崩れるがね。そんな僕の研究費も給料も削減され、妻は愛想を尽かして出て行った。出て行った先は吉田博士のところだった。妻は言ったよ。吉田の方が目の付け所がいいし、私のアドバイスも聞いてくれる。夜だって満足させてくれる。あなたには何があるの? ってな」
「……」
あまりにも重い内容に私は閉口した。
下手に相づちをうって、どう思う、とラッシュフォード博士から聞かれても困るので、私は沈黙を守った。
「よくこのシェルターに戻ってくる気になったな」
恐れず沈黙を破ったのはサイモンだった。
サイモンに関しては、早く話の次が聞きたいという感じだった。
「この後の話のキモだ。その後、吉田博士の研究はことごとく上手くいった。僕たちのやっていた研究を応用した、「エイリアンの特性の一部を人間に付与する研究」が上手くいった。付与できる能力は十年以上前の時点で三つだ。筋力増強、超擬態、超視覚の三つだ」
聞いたことない用語だが、凄い筋肉と、凄いが擬態できるということと、凄くよく見える、という理解で良いのだろうか?
「残念ながら休眠しながら活動する能力は付与することが出来なかった。そして、問題になったのが超擬態だ。自然界の動物は動かなければ分からない程度の擬態だが、超擬態は動いていても視覚で追えない。事実上の透明人間だよ。まあ、その後に何が起きたかは分かるはずだ。レイプや窃盗被害が多くなったんだよ。まあ、レイプに関しては精液の遺伝子検査をすれば誰が犯人かは分かるが、それらの犯罪が多発して揉めることになったんだ。殴り合いの喧嘩になると、筋力増強の特性を付与した馬鹿力どもが暴れだし、無関係の一般人が巻き込まれて死者まで出たんだ」
そこまで話して、博士は前方に向かって銃弾を撃ち込んだ。
「ったく、ろくに話も出来ない……で、問題が出すぎて研究結果は、破棄することになったが、首を縦に振らなかったのは吉田博士だ。吉田博士は研究のすべてを持ち去って、この広いシェルターのどこかに消えた。奴は擬態するため姿は追えないし、深追いは危険と判断した僕たちはやつを見送った。それが失敗だと気づくのはそう遅くなかった」
ラッシュフォード博士の口調が重苦しく、顔も苦痛に満ちた表情になっていった。
よほど後悔していたのだろう。
「シェルター内の人間が徐々に行方不明になっていたんだ。そして時たま、行方不明になった人間の悲痛な叫びがどこからともなく聞こえてくるんだ。おそらく逃げた先でも人体実験を繰り返していたんだろう。僕たちはそう考え、決死隊を作って捜索に出たんだ。通気口を通り、僕たちは吉田博士の研究部屋にたどり着いた。そこで僕は吉田博士の研究についての資料を読みあさった。やつが人間に付与した能力はなんとエイリアン由来のものではなかったんだ。筋力増強、超擬態、超視覚、この三つの能力を持つ生き物が私たちのシェルターの中にいる。ジェシカ大佐補佐、何だと思う?」
ラッシュフォード博士は私に謎かけをしてきた。
擬態と言えば記録媒体で見たカメレオンや、生け簀の中に住んでいるタコだろう。だが、シェルターの中にいる生き物と言えば、カメレオンではなくタコしかいない。タコの目は人間の性能とほぼ変わらず、全身の九割は筋肉だ。これもラッシュフォード博士の言う特徴に合っている。
「タコですか?」
「素晴らしい回答だ。よく勉強している優等生の回答だ。間違いだけどな」
「え?」
完璧な回答だと思ったが、まだラッシュフォード博士の答えには及ばないようだ。
「答えを言おう。吉田博士が人間に能力を付与する研究材料に使用していた素材は人間だ」
「はい?」
まさかの答えに私は変な声を出してしまった。
「人間だと言ったんだ。やつは人間を素材としていたんだ」
「え、私たち擬態なんて出来ないですよ。それに筋肉なんて……」
「ジェシカ大佐補佐。我々の住んでいるこの星は太陽圏から弾き飛ばされ、極寒の環境となった。あまりの寒さにオゾン層さえも凍結し、地球を有害な宇宙線から守るのは磁気バリアだけになった。そうさ、地下シェルターに逃げ込んで、頭を抱えて震えていても我々の体を貫通してるんだよ。有害な宇宙線がね。我々は今、超進化の目撃者であり、体現者でもあるんだよ」
「待ってください。透明人間なんて見たことないです。あ、まさか!」
「そうさ。おそらくレベッカくんの使っている超能力とは超擬態した人間を従えて攻撃させているのではないかと僕は睨んでいたよ」
ラッシュフォード博士の発言に、
「まさか……」
と呟いているのはサイモンだった。
何か心当たりがあったのだろうか。
「でも今まで見たことないです」
「そりゃあそうだな。目に見えないからこそ透明人間なんだ。もっとも吉田博士はタコのような姿をしていたからな。やつの肉体には遺伝子の変異が少ないから補うために、タコなどの別の生命体の遺伝子を入れて調整したんだろう。発想は天才的だが、ありゃあもう人間じゃない。さっさと息の根を止めてやろう」
ラッシュフォード博士博士はそのまま進んでいくと、農業部と書かれたネームプレートが掲示された扉の前に来た。
大きな鋼鉄製の扉で、私のシェルターと同じものだ。
この中に奴隷ちゃんがいる。
私は唾を飲み込んで、覚悟を決めた。




