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私、酸素拾います!  作者: メケ
ジェシカの章 その4
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ジェシカの章 その4 第一話 思念

「ふぅ~」

 ヘルメットを外した博士の口から、ぷかぷかとこぼれ上がる紫煙を私はじっと見つめていた。

 ラッシュフォード博士は自分の口から吐き出る煙を、我が子のように目を細めながら愛おしそうに見ていた。


「こうしていると落ち着くな」

 ラッシュフォード博士は、たばこの味にご満悦のようだ。


 現在は私たちは地下五階に来て奴隷ちゃんのいる農業層を目指す事にした。

 ラッシュフォード博士の吸っているたばこは彼が愛用しているもので片時も離さないらしい。

 たばこをおいしそうに吸っているラッシュフォード博士を見ると、父のことを思い出す。




 よく父はたばこを吸っていため、これが父の匂いなのだと思っていた。

 私は嫌いじゃなかったが、母がいなくなってからというもの、彼はめっきり吸わなくなった。代わりに、元々飲めないくせに、一杯お酒を引っかけて顔を赤くしながら眠っているものだった。


 母を見つけ出せば、私は父に認めてもらえるだろう。父も正気に戻り、また三人で仲良く暮らせる。


 そう思っていたのだが、いつの間にか私はただ大きくなってしまった。手がかりもなく、時間ばかりが過ぎた今では諦めもつき始めていた。


 だけど、心のどこかがうずいてしまうんだ。理想の自分と現在の自分がけ離れていく。ああ、乖離かいりしていく。

 理想の自分の背中はどんどん遠くに行き、小さくなっていき、私はいつの間にか現れた壁の中で寂しさと閉塞感のような生きづらさを感じていた。


 それでも仕事が忙しいから仕方がないだの何だのと理由をつけて、空のスケジュール帳を振りかざしていた。

 大丈夫だと自分に言い聞かせていたが、過酷な任務の中で私の精神は徐々にすり減っていった。


 まともな思考もできない中で、私は足のつかないままどこかに落ちていく感覚だけは感じていた。

 自分の感情をごまかして過ごしていたある日、私の人生に大きな転換期が来た。


 それが勇気隊長と奴隷ちゃんとの出会いだった。


 ほとばしるような光にも似た二人の愛は、私の心におり固まった劣等感や屈辱感など一瞬だけだが、忘れさせてくれた。

 かつて父と母が愛を語り合っていた光景が、脳の奥底から湧き上がり、これこそが愛だったことを私は再び思い出したのだ。


 だが、それほど美しく、それほど羨ましい二人の関係に私は激しい嫉妬心を覚えはじめていた。

 私は目覚めたように愛が欲しくなった。

 勇気隊長のことも好きだし、奴隷ちゃんのことも好きだ。二人が仲良くしているのを見るのも好きなのに、どうしても心の中で喜べず、私も同じものが欲しいのだ。


 だが、奴隷ちゃんのように妹を愛でるような勇気隊長の寵愛ちょうあいを受けたいわけじゃない。


 拒絶される恐怖が私の震える足を掴んで「見ているだけで幸せなんだ」と私に語りかけてくる。


 なんとも形容できないいびつな私の愛はどういう形をしているのだろうか。

 きっと私の中に存在する理性の皮を被った劣等感が「どうせお前は愛されない」と吠えるのだろう。それに呼応するように本能が「愛されたい」と劣等感に噛み付いている。


 そうだな、私はきっと奴隷ちゃんのようにではなくて、私なりに愛されたいんだ。

 一人の女であるジェシカ・サラヴァンティアとして愛されたい。

 だが、そのためには奴隷ちゃんがどうしても私の障害となる。


 ああ、そんな言い方ってだめだよね。でも奴隷ちゃんは私の恋路にとって邪魔なの。

 そう、分かっている。二人にとってはむしろ私が異物で、あってはならない存在だ。


 ねえ、今ここで、奴隷ちゃんを探すのをやめたらどうなったと思う?


 私は知っている。勇気隊長はどんな手を使ってもここに乗り込んでくる。死体を見るまで奴隷ちゃんを探し続ける。彼は父と同じでそういう人だ。

 父のことは嫌いだが、なぜか私は父と同じ雰囲気を持つ勇気隊長に惹かれていった。


 じゃあ奴隷ちゃんの死体を持って勇気隊長の下に帰ったらどうなるだろう。私がこの手で殺して、死体で見つかったと嘘をつくんだ。

 きっと隊長さんから、うわべ程度の感謝をされるだろうけど、その目に光はともらないだろう。身内を失った他の隊員を見れば、その反応は予想が付く。


 大きな心の穴によって抜け殻になるか、父のように仕事や酒などを、心の穴にひたすらに投げ込んで隙間を埋めるかだ。


 ああ、私は醜い。


 私はアヌビスという棺桶に閉じ込められた。

 奴隷ちゃんが私と遊びたいと言ってくれたから私は助けて貰ったのにどうしてこんなことを考えているの?

 奴隷ちゃんの将来を保証すると言ったのに、どうして私はこんなことばかり考えているの?

 自分を磨こうとせずに、他者が転がり落ちて心の隙間が空くのを私は待っているだけ。空いた隙間にどうにか自分の体を押し込められないかと私は苦心しているんだ。


 まあ、入れないんだけどね。私、評判悪いし。知り合いに誰か紹介してもらおうとしてもはぐらかされるし、まあ、そういう存在だ。

 結婚どころか恋人なんて遠い存在だ。でも勇気隊長は好きなんだ。私の心が恐怖と劣等にえないうちに思いを伝える。

 あなたの大好きな奴隷ちゃんを救い出し、あなたの治療薬を回収し、あなたに届ける。


 勇気隊長、こんな私でも価値を示して見せます。




 ジリリリリリ!

「!」

 私はふと我に返った。


 長い思念を引き裂くように火災報知器が鳴り響いた。

 今は任務だ。物思いにふけっている暇はない。

 ヘルメットを伝い落ちる青いしずくを見て、私は目をぱちくりとまたたいた。 


「やりましたね」

 納得いく結果となったのか、ルルルカちゃんは満足そうに声を上げている。

 ルルルカちゃんは地下五階のスプリンクラーを強制作動させて、地下五階を水浸しにした。


 水深は五ミリといったところだろうか。スプリンクラー用の青い水で、廊下は浸されている。

「で、ルルルカ。この後どうなる?」

 サイモンの疑問は納得できる。これで、何か起きるのだろうか。

「どうなると思います?」

 したり顔でルルルカちゃんは笑っていた。彼女にとっては上手くいったようだ。

 その横でラッシュフォード博士はヘルメットを装着しながら、水を足先で蹴っている。


「サイモンくん。これは興味深いよ。敵の姿は見えなくとも、床に撒かれた水で音がするし、波紋が出来れば敵が水を踏んだってわかる。なかなか考えたね」

 ラッシュフォード博士は頷きながら笑い、ルルルカちゃんも満足そうに微笑んでいる。

 サイモンも納得したようで頷いていた。


 この後はルルルカちゃんの指示で、私が奴隷ちゃんに通信をすることになっている。

 ルルルカちゃんは、おそらく先ほどの地下六階にはいないだろう、と予測を立てていた。


 奴隷ちゃんが行くことが出来る階層は、私たちのシェルターで言えば外部行動員層が基本で、有色人種層の農業部にはバッタを収穫する際に行くことが出来る。

 ならば、小さな奴隷ちゃんが行ったこともない階層に行くよりは有色人種層の農業部にいるだろうとルルルカちゃんは予測を立てた。この読みは当たるだろうか。


「では、奴隷ちゃんに通信してみます。皆さんは周囲の警戒をお願いします」

 結局のところ埒があかないので、奴隷ちゃんに連絡を取ることにした。

 ルルルカちゃんの読み通り、この階にいたとすれば例え怪物に会話を聞かれても、すぐに助けに行けるだろうという最大限のリスクを排除した試みだ。


 私は通信機を奴隷ちゃんの番号につなげた。

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