第十一話 命の価値
「どうしたんですかサイモンさん」
通信を切ると、ジェシカが不思議そうな顔をして尋ねてきた。
「山田と話をしていたんだ。さっきは博士のお陰で生き残れた。下手したら殺されてたよ」
「あの人は敵対しているシェルターの人です。サイモンさん、よく声を掛けましたね」
「それを早く言え。あいつ銃を持ってたんだぞ。撃たれたらどうする」
「まあまあ落ち着いてください。私の最新型サバイバルウェアは超強化ボディースーツを兼ね備えてるので、銃弾を受けようと手榴弾が爆発しようと死にません。前より動きづらいのが難点ですが、いざとなったら盾になりますので安心してください」
ジェシカはにっこりと笑っている。
「今の私ならサイモンさんだって倒せますよ。あちょーあちょー」
ジェシカは俺の緊張をほぐすためか、おどけて見せている。
ジェシカなりの優しさだろうか。方向性さえ合ってればもっと良い奴になると思うが、その時はジェシカじゃない別人になってるだろう。賢くなられても困るからジェシカは今のままで良い。
「奴隷ちゃんより先に勇気隊長の薬を探すぞ。他にもまだあるはずだ。山田たちのいた二十四番シェルター以外の奴らも入ってきているかもしれない。攻撃されて台無しになったら隊長が泣く」
「それもそうですね。注意して進みましょう」
これ以上他のシェルターの人間と関わる前に薬と薬の作り方を探して退散した方が良さそうだ。
俺たちは階段のところまで行き、階段を降り始めた。
「ジェシカ、どこから始める?」
「まずは地下六階の薬品製造部に行きましょう。そこに薬と組成式があるでしょうから獲得して奴隷ちゃんを探します」
「了解した」
俺たちは地下四階から地下六階まで降りた。
地下六階は更に薄暗く非常灯もまばらだ。
「サイモン隊長、幽霊が出そうですね。そういえばこの前のお楽しみタイムで「死霊のはらわた・リメイク版」見ました? 怖かったですよね」
ルルルカが興奮気味に映画の話をしてきた。
確かに幽霊とかが出そうな雰囲気に、俺は動悸がしてきた。
「怖くない」
「え、でも釘を打ち込まれるシーンとか、女の人が自分の顔を抉っているシーンとか……」
「ルルルカ、一つ訂正しよう。あの映画は、めちゃくちゃ怖かったから二度とその話をするな」
「……すみません」
俺はあのクソ怖え映画を思い出して、じっとりと嫌な汗をかいた。
あまりにも怖くて、俺はその日は隊長の部屋で、隊長とレジャナルドの三人で寝た記憶がよみがえってきた。
落ち着け。あれは映画だ。
俺は心を落ち着けて、みんなの方を見た。
「白人層は詳しくない。ジェシカ、先行してくれるか?」
「サイモンくん、六階の薬品製造部なら僕の方が詳しい。元々このシェルターにいたからね。みんな、付いて来て」
ラッシュフォード博士が先頭になると立候補してきた。
いつゴリラやタコの怪物に出会うか分からない以上、ラッシュフォード博士を先頭にはしたくない。
俺たち外部行動員の替えは効くが、博士の頭脳は博士だけが持っている。
「博士、俺が前に行く。指示してくれれば、言うとおりに進む」
「サイモンくん、君に一つ言っておきたい事がある。僕を見くびっているのではないかね」
少し怒ったような口調で、ラッシュフォード博士は詰め寄ってきた。
「そんな事はない。どうした博士」
「僕は軍人としても従事した事がある。守って貰うほど僕は老いてはいない。見くびらないでくれ」
「そんなつもりはない。俺は替えが効く。だが博士の代わりは他にいない」
俺の一言に博士は顔を大きく歪ませた。
ラッシュフォード博士は俺を壁に突き飛ばして、胸ぐらを掴んできた。
「その言葉、弟の前で言えるのか?」
「!」
俺は押し黙り、目をつむった。
暗くなった視界に映るのは、大量のバッタを虫かごに入れた弟のレジャナルドの顔だった。
馬鹿な両親のせいで俺たち兄弟は奴隷層に落とされるところだった。
だが俺が、外部行動員になることで、奴隷層行きを回避したことを思い出した。
何のために俺は奴隷層行きを回避したのか。
決まっている。
レジャナルドには美味い食事を腹一杯食わせてやりたい。あいつを幸せにしてやりたいんだ。
「……言えねえ。そんなことは言えねえよ」
弟の事を考えたら、なんで自分は自己犠牲のような事をしようとしていたのか、分からなくなってきた。
おそらくは、ラッシュフォード博士に死なれたら俺たちが責任を負う事になる。その思いが俺を駆り立てたのだろうが、そもそも俺が死んだら責任もクソもないのに一体俺は何を考えていたんだろう。
「……」
じゃあ俺は何をやってるんだ。俺はなぜ博士を守ろうとしたのか?
俺はラッシュフォード博士のまっすぐな瞳を見て、生唾を飲み込んだ。
普段のラッシュフォード博士は変わり者なので、少々取っ付きにくいところもある。
だが俺はラッシュフォード博士が本気になったときの瞳が好きだ。
いつもとは違う近寄りがたい雰囲気――例えるなら、思考と経験を混ぜ合わせて世界を分析しているかのような目をしているときがある。
真剣に世界と向き合うラッシュフォード博士の面構えが俺は大好きだった。
「博士、俺は……博士にも死んで貰いたくないと思っている。俺は博士の目が好きなんだ」
「サイモンくん。僕も君の事が好きだ。僕も同じように君には死んで貰いたくないと思っている。君の事を信頼しているからこそ、こうやって僕も含めて仲間としてこのシェルターに来た。だからこそ価値とか軽々しく言わないでくれ。僕は他人を値踏みしない。そういう人間じゃない」
「……すまなかった」
「確かに僕が死んだら優しい君は自分たちに責任が及ぶ事を考えているのかもしれない。だが、大佐には、何があっても僕の死や喪失は僕の決定においてもたらされた責任と結果だ、ときちんと伝えておいた。安心してくれ。ま、そういう話をしなかったのは僕の申し送り不足だ。これからはきちんとするようにするよ。なあ、ジェシカくん」
ラッシュフォード博士はジェシカの肩に手を置いた。
「?」
ジェシカは、連絡不足だからお互いに頑張ろう、と言われた事をいまいち分かっていないようだ。
「頑張ろう」
ラッシュフォード博士は再度ジェシカに声を掛けた。
「……ああ。そうですね。頑張って薬を回収し、奴隷ちゃんを連れてシェルターに戻れるように頑張ります!」
ジェシカは満面の笑みでラッシュフォード博士に微笑み返した。
「そうか、そうか」
とラッシュフォード博士は笑い返している。
このコミュニケーション能力を見て俺は、ジェシカが大佐補佐どころか、少佐になれた事が奇跡に思えてきた。人材不足なのかコネなのかは知らないが、司令部も度し難い。
「ひとまずみんな行こうか」
ラッシュフォード博士の合図で博士を先頭に、ジェシカを最後尾にして、俺たちは薬品製造部に向かう事にした。
「ルルルカ。守るなら後ろと前、どっちがいい?」
この際なので、ルルルカに前方か後方、どちらを守りたいか方向を聞いてみる事にした。
「どっちでもいいです」
ルルルカは怒ったような声を出している。
「ルルルカ、何か気に障ったか」
「サイモン隊長、私はあなたに忠誠を尽くしているんですよ。なのに自分で自分の価値がないと言われたら腹立たしいです。二度と言わないでください」
「悪かった」
ルルルカの怒りは好意的に捉えて良いのだろう。
ぎゅっと、ルルルカは俺を抱きしめてきた。
「お願いしますね」
「ああ、自分を大切にする。じゃあ、俺は前を守るぞ。後ろを頼む」
「はい、分かりました」
ルルルカは穏やかな声で後ろを向いてジェシカとともに後方を守り始めた。
俺は勇気隊長や参謀とは仲良く出来ていた。
だが他の部隊では男同士が数人集まると、マウンティングといって、俺の方が凄いだのお前はたいしたことがないだの下世話な話が始まる。
こうやって女性隊員を入れるのは意外と良い事なのかもしれない。実情はドロドロしていても、表面上は仲良くやってくれるのが女だ。男はおおらかかと思えば、以外と女々しいネチネチした奴が多いのも事実だ。
今度、勇気隊長に、ルルルカのチーム・アポカリプスへの正式な入隊をさせても良いか打診してみよう。
俺たちは周囲を警戒しながらラッシュフォード博士の背後をついて行った。




