第十話 四階の農業層
次の目標は奴隷ちゃんを探す事だ。
一体奴隷ちゃんはどこに行ったのだろう。
「ジェシカ、奴隷ちゃんと連絡を取ってみないか?」
「でも、向こうは連絡してこないで欲しいって言ってましたよ」
「じゃあどうやって探せば良い。農業層ってどこの階の農業層か分かるのか?」
「それは分からないです」
「このシェルターまでに来たのに、未だに連絡がないんだろ。おかしいと思わないのか」
「分かってます。でも、こちらが無駄に連絡をして奴隷ちゃんに何かあった場合どうするんですか?」
「分かったよ。虱潰しに探していけば良いんだろ」
まず俺たちはこの階の農業層に向かった。
奴隷ちゃんはタコやゴリラの怪物がいると言っていたが、今のところそのような生命体には会っていない。おそらくこの階ではないのだろう。または極度のストレスから幻覚を見る人間もいるから、そちらの可能性もある。
奴隷ちゃんは子供だ。もしかしたら精神的な負荷によって錯乱状態にあるかもしれない。
あわよくばこの階の農業層にいてくれれば非常に助かるのだが、居てくれるだろうか。
たどり着いた農業層は分厚い扉によって隔てられていた。
こちらのシェルターと同じようだ。
小さい頃、俺は農業層でバッタばかり食ってた。
鶏肉は親が食って、卵とバッタがメインの食事だった。
俺たちのシェルターでは農業層は非常事態が起きない限り、自由に移動できる。
このシェルターではどうだろうか。
農業層の扉には開閉ボタンとテンキー、そして蓋のされた非常時ボタンがある。
ひとまず俺は農業層の扉を開けるスイッチを押してみた。
「非常事態であるため、現在、室内への入出を制限しています」
女性の機械音声で、入室が拒否された。
「ジェシカ、どうにかならないか」
「さっきからレベッカと通信が繋がらないんです。このままだと開けられませんね。バトルアックスでも使ってみますか?」
「やってみるか。だがでかい音がするぞ」
俺たちが二人で悩み始めていると、
「ここに書いてありますよ」
ルルルカが非常時ボタンの蓋を開けて、蓋の裏に書かれた数字を発見したようだ。
「でかしたルルルカ。言ってくれ。パスワードを打ち込む」
ルルルカの声に従って、パスワードを打ち込むと規制が解除された。
「よし、でかした」
ルルルカの肩を叩くと、ルルルカはうれしそうに頬を赤らめている。
「わ、私、役に立てましたかね?」
「快進撃だ。この調子で進むぞ」
扉の開くボタンを押すと、中から風が吹いてきた。
小麦の稲穂が、ざわざわと揺れている。
一歩踏み出すと、床には土が敷いてあった。
「土耕栽培か」
久しぶりの土の感触に俺は膝をついて土を触った。
「サイモンくん、土を触るのは懐かしいのかね」
微笑ましそうにラッシュフォード博士は俺を眺めていた。
「ああ、そうだ。こういう場所に来るのも久しぶりでな。外部行動員ばっかりやってると、こういう軟らかい土に触るなんて事はないからな」
「上の世界は凍土しかないからね。君の気持ちはよく分かるよ」
緑色の雑草をラッシュフォード博士は優しく撫でながら俺に同意している。
「さ、奴隷ちゃんを探しに行こうか」
ラッシュフォード博士に促されて俺は四階の農業層を探索し始めた。
俺たちのシェルターと構造が同じなら、農業層は広くて数部屋に分かれているはずだ。
「サイモンくん、こういう話を知ってるか。長い間、荒野にいる牛にVRで緑の多い風景を見せると、牛のストレスが緩和されて搾乳量が多くなるらしい」
「知らなかった。いい話だな」
つまり、辛くなったらこういう場所に来れば少しはストレスが緩和されると言いたいのだろう。今度、気分転換に隊長も一緒に……いや、一人で来よう。隊長は歩けるようになってからで良い。
「ジェシカ、らしいぞ。お前もカリカリしてないで、たまには土を踏みしめろ」
「さ、サイモンさん! 私は子供産んでないから、お乳なんか出ませんよ!」
ジェシカは顔を真っ赤にして俺に反論している。
「……お乳?」
俺は何か余計な事を言ったのか?
「あの、ジェシカ大佐補佐。今のはストレス解消に良いという意味だと思うのですが……」
すかさずルルルカのフォローが入り、
「え、あ、えぇ!?」
ジェシカの挙動不審になっている。
「ジェシカ、すまなかった。何か誤解したようだな。俺の言葉が足りなかったかもしれない」
「ほ、本当ですよ。私は頭が良くないんですから……もうっ!」
ジェシカは不貞腐れているようだ。
以外とジェシカにも可愛いところはあるんだな。
鼻で笑って、俺は探索を続けた。
別の部屋に移り、水耕栽培の部屋に俺は入った。
水が濁っているわけでもなく、植物が枯れているわけでもなく、普通の施設だ。
いったい奴隷ちゃんはどこに行きやがったんだ?
奴隷ちゃんの虫中心の食生活から考えると階層を一つ下げて、虫の居る農業部を捜索した方が良いかもしれない。
そのとき、山田からの通信があり、俺は山田に繋げた。
「どうした?」
「お前ら、三十七番シェルターから来たのか?」
話しかけてきたのは山田からだった。
なんだよ奴隷ちゃんの事じゃねえのかよ。
舌打ちをしたくなったが、俺はそれを堪えて会話を続けた。
「その通りだ。さっき言ったとおり、偽りはない」
「やっぱりその通りだよな。サバイバルウェアのマークを見ればなんとなく分かる」
こいつは何が言いたいんだろう。向こうは話の種でも探しているのだろうか。こちらから話しかけてみるか。
「あんたの所属していた二十四番シェルターはどんなとこなんだ?」
「知らないのか?」
「ああ。外に出たことがないからな。そういう情報も末端の俺たちには入ってこない。基本的に液体空気を回収するのが俺たち有色人種の仕事だからな。それ以外はいらないのさ」
「地下のトンネルも通ったことがないのか?」
「ないな。下の階層は白人専用で、寒い上の階層は俺たち有色人種の階層だ。十年くらい前に反乱が起きてからはずっとそうだ。地下トンネルで軍人どもが誰かと戦ってるらしいが俺たちには関係ない。外のエイリアンの方が厄介だ」
「サイモン、お前たちも大変なんだな」
……先ほどから俺ばかり喋らされている。
シェルター間のいざこざについて俺は関係ないのスタイルを伝えるには絶好のチャンスだが、あまり他人事のように伝えても山田たちの癪に障る可能性もある。
緊張するなあ。ひとまず山田からも情報が欲しい。聞いてみよう。
「で、山田。お前んとこはどうなんだ」
これで答えてくれなかったり、はぐらかすようであれば、俺は山田を信用するつもりはない。情報を抜き取るために、笑顔で体よく話しかけてきているだけに過ぎないだろう。
「俺のシェルターはやっと軌道に乗ってきた」
お、話に乗ってきた。
「酷かったのか」
「食う物がなくて、人の肉を食っていた」
「……」
会話を広げていこうと思っていた俺の出鼻は完全にくじかれた。
人の肉を食っていたなんて、俺としては考えられない状況だ。虫さえ食えない環境なのだったのだろうか。イナゴやトノサマバッタはあんなにおいしいのに、食わなかったのだろうか。
「今は繁殖したバッタを食ってる」
「あはは。俺もバッタを食ってここまで大きくなった。美味いよな、バッタ」
俺は愛想笑いを浮かべてお茶を濁した。
俺のいたシェルターはクソだったが、それ以上のクソがあったのかと思うと、とてもじゃないが不幸話など出来ないなと思った。もしかしたら俺は恵まれているのかもしれないという錯覚に、次第に俺は山田の話に相づちを打つだけになっていた。
どこに地雷原があるか分からない上に、下手をしたら俺たちのシェルターを襲った方が簡単だと思われたら俺の立場が危うくなる。敵に情報を渡した、と白人どもに思われたら俺の処刑は確実だ。
やはり、よその人間と仲良くしておくべきではないだろう。俺には弟が居るし、余計なことをして上層部から目を付けられるのはごめんだ。
「山田、そろそろ別の階層に行く。通信は一度切らせて貰う」
「ああ、分かった。またな」
山田と通信を切って、俺はため息をついた。




