第四話 ジェシカの父
ジリリリリリリリリリリ。
けたたましい音に俺は目を覚ました。
目覚ましなんて掛けただろうか。
よく見ると机の上の電話が鳴っている。滅多に電話なんて掛からないから目覚ましかと思った。
「こちら勇気隊長です」
「こちら連絡室です。サラヴァンティア中将より話がしたいとの連絡が」
サラヴァンティア中将とはジェシカの父さんだ。
そういえばジェシカが泣いて出て行った。
親に言いつけたのだろうか。
重たい腰を上げて俺は司令室に向かった。
白人種と有色人種の住んでいる区域は異なっている。
階層が下に行くほど地熱の影響を受け、暖かい区域が多い。
地上に近い有色人種のいる区域は寒くていつも長袖が必須だ。
地下へ行くエレベーターの前にたどり着くと、白人の警備員が立っていた。
名前と隊長が持てるバッジを見せてから用件を話した。
「これは勇気隊長。活躍は聞いてるよ」
「それはどうも少尉殿。サラヴァンティア少中将から呼ばれている」
みんなからジャック少尉と呼ばれているこの男は警備員として活躍している。
いつも有色人種といるためか、有色人種に優しい。ジョークもこなしてくれる馬の合うおじさんだ。
「中将から? お偉いさんから直接呼ばれるだなんて銃殺刑か?」
「かもしれん。作戦会議中にジェシカ少佐が泣いて出て行った」
「やっちまったな。骨は拾ってやる」
ジャック少尉は親指を立てて、俺の武運を祈っているようだ。
少尉はカードキーをエレベーターのカードリーダーに示した。
エレベーターのドアが開き、暖かな空気が吹き込んできた。
「上着、預かっておくよ」
「助かる」
俺は上着を預けてエレベーターに乗りこんだ。
上の階から下の階に行くと温度差で大量に汗を掻いてしまう。
少尉に上着を預けるのは鉄則だ。
白人の居住区まで降りると、一度エレベーターが止まる。
白人の警備員がエレベーターに入ってきた。
このエレベーターは必ずここで止まるようになっている。司令部まで直通だと、反乱が起きた場合に司令部まで直通となってしまうので、それを防ぐためにここで止まるのだ。
俺の父さんが議長だったときに、直通だったために白人種にあっという間に制圧されてしまった。その経験は白人たちが天下を取ってから存分に活かされて今日に至る。
「行き先は?」
ぶっきらぼうに白人の警備員に聞かれた。
「サラヴァンティア中将の所まで」
「有色人種に何のようなんだろうな」
「わかりませんね」
納得いかないような顔をしながらも、警備員はカードキーを示して、下層へ行くボタンを押した。
警備員と一緒に階下へ降りて、広い廊下を歩いた。
ここを通るといつも懐かしい気分になる。
いつか取り戻す。絶対にだ。
警備員の誘導の下、俺は少将の部屋に案内された。
「失礼します」
「やあ勇気隊長。座ってくれ」
白髪交じりの白人が椅子に座って待っていた。
痩せ型で軍服に身を包んだ彼はジェシカの親父さんだ。
隣には白人の少年が無表情で立っている。中将の護衛だろう。
室内には意味も無い勲章が飾られている。
俗物だなと心の中で毒づきながら俺は視線を中将に戻した。
「初めまして」
「こちらこそ初めまして。娘のジェシカが世話になっている」
味気ない挨拶をしてから俺は椅子に座った。
「要件というかジェシカの様子を聞きたくてな」
銃殺刑ではないようだ。
「様子……ですか」
言葉というのは不完全である。
相手が本当に聞きたいこと以上に喋ってしまうのは間抜けの極みだ。
相手を怒らせたり、余計な情報を与えてしまい被害を被るのはこちらだ。
中将の言う、様子という言葉。その言葉をきちんと吟味しなければならない。何せ昨日はジェシカが泣いて出て行ったのだから、親がその様子を見れば気になるのは当然だろう。
「うちの子は死神と呼ばれていてね。まあ気持ちは分かるんだ。ジェシカに指揮官としての才能は、はっきり言って無い。それで昨日、泣きながら帰って来てどうしたのかなと思って君を呼んだんだ」
聞かれたくなかったが予定通りだ。
ここでは情報の開示をしなければならない。
しかし、与える情報量が少なかったり間違っていれば、中将には隠匿したと思われる。
即ち持っている情報は最大限与えなければならないが、部下たちを守る程度の情報を与えないのも隊長の責任である。
俺たち有色人種は死と隣り合わせの外部行動が主な仕事だ。その気になれば任務で命を落としたなどといくらでも辻褄を合わせられる。
部下の情報を迂闊に話せば射殺や追放も考えられるだろう。
そう考えるほど俺はこの男を信用していなかった。
「教えてくれないか。何があったかを」
促すように中将は俺に微笑みかけてきた。
中将もジェシカ少佐が死神と呼ばれているのは知っているのは幸運なことだ。
こちらの事情を配慮してくれると考えても良いのだろうか。それとも罠だろうか。
「そうですね。ジェシカ少佐が死神と呼ばれていた話は我が部隊でも持ちきりでした。と言っても私も含めて三人しかいない部隊ですが」
思い切って中将の娘は死神という言葉を肯定してみた。
中将の顔に変化はない。続けて良さそうだ。
「話はそれましたが、ジェシカ少佐はアヌビスに乗れるということで、彼女の戦績が気になりました。エイリアンの撃退数と友軍撃破数を確認させていただきました。エイリアンの撃破数は素晴らしいという言葉では表せないほどでした」
ジェシカを最大限褒めると、サラヴァンティア中将は満更でもない表情だ。
「その後に友軍撃墜数を教えて貰ったのですが当初ジェシカ少佐は二十人と言っていました。デバイスに問い合わせてみると四十を越えていました。それで隊員たちは怯えてしまいまして」
「そうか。人数だな」
少将は俺の話を聞くと、どこかに電話をかけ始めた。
「ああすまない私だ。ジェシカが殺した人間の数。そのデータを抹消してくれ」
「!」
なんてやつだ。ここまでの親馬鹿がこの世にいたとは。
「それで勇気隊長。見て貰いたい物があるんだが」
中将は自分に向けていたパソコンをこちらに向けてきた。
画面にはジェシカの顔写真とデータが載っている。
「ジェシカの友軍撃破数を教えてくれ」
中将の声にパソコンは反応し、
「ジェシカ・サラヴァンティア少佐の友軍撃墜数はゼロ人です」
「というわけだ。ジェシカは人を殺してないし、死神じゃない。そう思わないか」
何を言ってるんだこいつは。
「おかしいな。聡明な勇気隊長なら俺の言っている意味が分かると思うのだが。もしかして私と話すより、今は外で遊びたいのかな」
外で遊ぶは、サバイバルウェアを着させないまま外に放り出す、を意味する。
こいつ、脅してきやがった。
俺は苦笑いをこらえ、無表情での対応に徹した。
「そうですね。ジェシカ少佐は死神じゃない」
「意味をはき違えるな。そもそも人殺しをしていないジェシカに大して、どうしてジェシカは死神じゃないというんだ。そこはジェシカ少佐は優秀だ。これが正しい。さあ繰り返せ」
「ジェシカ少佐は優秀だ」
「そうだ。もう一回」
「ジェシカ少佐は優秀だ」
「もっと心を込めて」
「ジェシカ少佐優秀だ!」
「グレイト! よく分かって貰ったと思う。うちの娘は優秀だ。なあ、隊長」
中将は立ち上がって、俺を抱きしめた。
「彼女との外部行動。非常に楽しみです」
改心した俺に中将は、非常に満足そうな笑みを浮かべた。
思いっきりこの顔をぶん殴ってやりたいが、そんなことをしたら射殺されるから今は我慢だ。
「あと、何か勘違いしていたサイモンくんとマサルくん。彼らにきちんと、君たちの勘違いだから次は出撃できるよと言ってやってくれ。もし理解が得られないなら、私は黒人の子供が嫌いなのと、口ばかりが達者な眼鏡を掛けた黄色い猿が嫌いだと言うことを伝えて欲しい」
なるほど。言うことを聞かなかったらサイモンの弟と参謀が殺されると言うことか。
ここまで徹底的にされても言えることは、
「誤解が解けるように善処します」
これだけだった。




