第七話 不安だらけの外部遠征
一番下までたどり着くと、天井を塞ぐための巨大な扉が閉まり、外部連絡室を二重に封鎖した。
外部連絡室に一定量の空気が流入するまで待つと、シェルター内部への出入り口の出勤簿が光り始めた。
「ジェシカ。パスワードが通らないんだろ? 出勤簿にカードキーを認識させて俺たちは外部連絡室の扉を通るが、ここは別なシェルターだ。もう一度レベッカに連絡付けて開けて貰ってくれ」
「レベッカ。開けて貰える?」
ジェシカが通信機に問いかけたとき、
「もちろんだとも。貴重な実験体だからね。さ、通ってくれ」
低い男の声が通信機に響いた。それと同時に外部連絡室と外部行動員層をつなぐ扉が、ゆっくりと開いた。
俺は突然の声に、他の三人の表情を見た。
全員、驚愕の表情といったところか。
「さ、サイモン隊長。どうしましょう」
ルルルカがピタリと俺にくっついてきた。
「じ、じじ、実験って何ですか? サイモン隊長。私たちは何されるんですか? これは罠ですよね」
「落ち着けルルルカ。サバイバルウェアの中の酸素が減る。落ち着け」
「で、でも……」
「俺が守る。な?」
俺はルルルカを力強く抱きしめた。
「お前は多口型に襲われたときに、生き残った。お前が強いから生き残ったんだ。今回も生き残れる」
本来ならルルルカを抱きしめる事は、する必要のない行動だ。
これはアピールだ。
パニックになった部隊は非常に脆弱になる。ましてやルルルカは訓練生だ。危機に対するメンタルは強くないだろう。
だからこそ抱きしめて安心させる事、そして抱き合える余裕があると錯覚させる事。これが肝要だ。
俺もパニックになったときに、隊長にやって貰っていたからよく分かる。腰と肩の辺りに手を当てられて抱きしめて貰うと非常に気持ちが良くて、落ち着く。
「さ、サイモン隊長。なんだか安心してきました」
ルルルカが顔を少し青白くしながら、笑っている。
「大丈夫か。吐き気はまだあるか?」
「問題ないです。ジェシカ大佐補佐と武器をいっぱい持ってきたラッシュフォード博士もいるから鬼に金棒です。行きましょう」
ルルルカはバトルアックスを構えた。
「どんな奴でも薙ぎ倒さないと、生きて帰れません」
「ああ、そうだな」
俺たちはシェルターに潜入を開始した。
シェルター内に入ると、薄暗い非常灯が付いている。
この程度の明かりならライト無しでも、探索出来そうだ。
幸い、バトルアックスには明かりがつく仕様だ。これなら真っ暗になっても明かりが確保できる。
ジェシカの話によると他のシェルターも基本構造は変わらないらしい。
他のシェルターに住んでいる人間が、別のシェルターに移転したときに、苦労しないように工夫されているという話だ。
もちろん農業や、酪農は下方の暖かい層でないと行えないため、その話は信じて良いのだろう。
問題は薬品を製造する区域がどこにあるかだ。
俺たちのシェルターでは、有色人種の市民層に薬品製造部がある。
だが、一個だけという話も聞いたことがない。もしかしたら白人層の区域にもあるかもしれない。そこはジェシカの方が詳しいだろう。
「ジェシカ。どこから始めようか」
「有色人種層の薬品製造部に向かいましょう」
「分かった。その言い方だと白人層にもあるのか?」
「ええ、二カ所ありますね。片方は抗生剤と肥料をメインに作ってます。機械は動かすように作られてないのでこのシェルターでも同じだと思います。白人層は一カ所探せば十分です」
「なるほどな。で、奴隷ちゃんとは連絡を取ってるんだよな。どこに居るって?」
「いえ、農業層にいると聞いていましたが、今日は分かりません」
「分かりませんって、行く前に奴隷ちゃんに連絡してないのか?」
「はい」
「……隊長もお前を救助するときに連絡しただろうが」
「いや、奴隷ちゃんの方から連絡したいそうですよ。かなり危険みたいです。例のゴリラのような怪物が特に怖いって言ってました」
「ならなんで四人で来たんだ。もっと人員をよこして貰えば良かったろ。向こうのシェルターは人外が跋扈していて、四人程度ではお話になりませんって言えばいいじゃないか」
「大佐の部下を連れてきて奴隷ちゃんがここで始末されたらどうするんです?」
「まあそう言われると確かに……」
「でしょ? ぐだぐだしているうちに奴隷ちゃんの生存率が下がります。大丈夫です、豪腕のサイモンさんに、期待の星のルルルカちゃん、そして頭脳明晰のラッシュフォード博士がいれば無敵ですよ」
ちょっと楽観視しすぎじゃないか?
俺はジェシカに否定的だった。
「その通りだ。ジェシカくんは状況をよく分析できている」
ラッシュフォード博士はジェシカに賛辞を送っている。
俺たちの落ち込んだ空気を吹き飛ばそうという事か。
「そうだな、俺の悪い癖だ。ついつい悲観的になっちまう。薬を回収して奴隷ちゃんを救えば良い。それだけだろ」
「そうですよ、サイモンさん。なんだか私も簡単に思えてきましたよ。ありがとうございます」
ジェシカはにっこり笑って、余裕そうだった。
会話の輪には入れていないルルルカに俺は視線を送った。
俺とジェシカが話をしていると、ルルルカの顔が少し明るくなってきたような気がする。
「サイモン隊長。なんだか私にも出来そうな気がしてきました」
ルルルカも通信機で俺に語りかけてきた。
二人に褒められるほど俺は不安になった。本当に大丈夫か?
勇気隊長なら、「正気に戻れ、その考えは正常性バイアスだ!」とか言うんだろうな。
「サイモンくん、両手に花だから君は騎士様だ。しっかり守るんだよ」
「大丈夫だ、ジェシカは俺よりよっぽど強い。手榴弾の破片に貫かれてもピンピンしてるような奴には勝てねえよ」
ラッシュフォード博士の戒めに俺は軽口で答えた。事実だから仕方がない。
「さ、サイモンさん。からかってるんですか?」
ジェシカは不服そうに口を尖らせている。
「半分な。斧より銃の方が強えだろ?」
「まあそうですね。人間相手であればその通りです」
「じゃあ行くぞ。くっちゃべってる暇はない」
今、俺たちがいるのは、俺たちのシェルターで言えば、外部行動員層だ。地下三階にあるこのフロアが一体どのように使われているのか気になる所だ。
俺たちのシェルターだったら、下の階には有色人種の一般市民層がある。
外部行動員層より少し暖かな気候で、とは言っても寒いが、子供や老人とその家族が暮らしている。寒さに強い作物を育てたり、地下から湧き上がる温水の熱で暖かな部屋を作り、その中で鶏を飼ったりしている。
このシェルターではどのような営みが行われているのだろうか。
少なくともシェルター内を探索しているうちに、屍の山を目撃することがあるかもしれない。それは覚悟しておく必要があるだろう。
「サイモン隊長。ヘルメットを外しても良いですか?」
ルルルカが、急かすように俺に尋ねてきた。
「酸素濃度が少し高いが、長居するつもりはない。外して良いぞ」
俺はルルルカに許可を出した。
「いや、ちょっと待ってくれ」
俺の指示に反論したのはラッシュフォード博士だ。
「このシェルターがどんな理由で崩壊したのか分からない以上、下手にヘルメットを外さない方が良い。感染症の可能性もある。ルルルカくんが未知のウィルスに感染してゴリラやタコの怪物になったら大変だからな。なあ、サイモンくん」
「……」
ルルルカが怪物になったら……そんな事になったら参謀もあの世で浮かばれないだろう。
「参謀に顔向けできねえな」
「と言うわけだ、ルルルカくん。私はウイルス探知機を使用しているから、もう少し調べて特異な種類が居なければ外しても構わないよ。何か調子が悪いのかな?」
ラッシュフォード博士は心配そうにルルルカの顔をのぞき込んでいる。
「少し吐きそうになって飲み込みました。口がゲロの臭いがします。苦しいです」
「自分の臭いだ。申し訳ないけど、我慢してくれ」
厳しいようだが、博士はそう言うしかなかったのだろう。
「そうですね。うぷっ」
ルルルカが納得したので、と言うより納得させた形にはなるが、俺たちはヘルメットを装着したまま探索を開始することとなった。




