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私、酸素拾います!  作者: メケ
サイモンの章・その4
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第五話 到着

 ウォータールームが水で満たされるのと同時にガコンという大きな音と振動を感じた。

 まさか故障か?


「皆さん、地上に着きました」

 ジェシカのアナウンスがあって、俺は一安心した。

 心配は無用のようだ。

 車体が僅かに揺れ始めている。

 ジェシカが移動を始めたようだ。


「皆さん、車内から見えます星々をゆっくりごらんください」

 ジェシカは落ち着いた様子でアナウンスを続けている。

 かつての世界には電車と呼ばれる鋼鉄の塊が、線路の上を通っていたという。

 映像の中の存在ではあるが、ジェシカは車掌そっくりだった。


「右手にございますはハゲ山です。左手にございますはハゲ山です。山しかありませんのでお星様を見ていてください」

 ジェシカのノリが良すぎて俺は思わず笑ってしまった。


「どうしましたかサイモンさん。揺れが激しくないですか?」

「大丈夫だ。今から他のシェルターに行くから少し緊張してたが、ジェシカのお陰で緊張が解けたよ」

「サイモンさん、緊張してたんですか?」

「ああ、こう見えても繊細なハートをしている」

「知ってますよ、サイモンさん」

「!」

 ジェシカは、俺の事を分かっていてくれたのか。

 一瞬うるっと来たが、ちょっと待て。こんなトンチンカンが俺の事を分かるはずがない。

 俺はジェシカが俺になんと評価を下すか、ジェシカの言葉を待った。


「よく考えるとサイモンさんって、私と同じだなって思うところありますよ」

「ん?」

 一緒だと? んな訳ない。もしそこまで言うなら共通点を挙げて貰おうか?


「サイモンさんはメンタル弱いし、外部行動で仲間を死なせちゃうし、そのせいで人望がないところとか、意外と考え無しで衝動的なところとか、後は……」

「ジェシカもう良い。分かったから!」

 くそっ、誰か俺を殺してくれ!


「ジェシカ大佐補佐。そういえば「降格」はどこまで見ました?」

 ルルルカがどうにか会話を変えようと苦心しているのが手に取るように分かった。

 ルルルカに余計な心配を掛けさせた自分が恥ずかしくなってきた。


「私はね、二期の二話まで見たよ」

 その後二人は好きな話で盛り上がっていた。

 仲良くしている分には問題ない。前はいがみ合っていても今は仲良し。良い事じゃないか。

 来たる第六十七番シェルターに備えて俺は目を閉じた。


 


「そろそろ着きそうですよ~」

「ん?」

 ジェシカの声に俺はゆっくりと目を開いた。


 一定の間隔で揺れる機体の中で俺は、目をつむっていた。決して眠っていたわけではなく、脳の機能を停止させていただけにすぎない。うん。

 ウォータールームの乗り心地は悪くなかった。少ししか揺れないし、心地よく眠れ……目をつむれた。


 ウォータールーム内のモニターを見ると時間が表示されている。すでにシェルターから離れて一時間が経ったようだ。

 特に追っ手が来ることもなく、順調に進んでいる。

 奴隷ちゃんは無事だろうか。


「ううううう! 気持ち悪い!」

 ルルルカは振動に耐えられなかったのか、車酔いを発症している。

 今吐いたら、ヘルメットの中がゲロまみれになって、窒息する可能性がある。

 俺は平気だが、ルルルカは大丈夫だろうか。


「皆さん大丈夫ですか?」

 ジェシカの健康そうな声が響く。


「俺は元気だ。ルルルカは便器と仲良くしたいみたいだ」

「ルルルカちゃん大丈夫?」

「大丈夫じゃ、お、えっ……ない」

 ルルルカはしんどそうだ。そりゃあ乗り物に乗る機会なんて滅多にないからな。少しの揺れでもきついのかもしれない。


「みんな、待たせたわね!」

 その時パニックルーム付属されているモニターから、レベッカが顔を出した。

 音声は通信機を通して俺たちに語りかけているようだ。

 頬に切り傷があったが、余裕と自信にあふれた表情が、俺たちに安堵感をもたらした。


「レベッカ! 無事だったのね」

「当たり前よ。私を誰だと思ってるの」

「超能力少女・レベッカちゃん。第二期放送決定!」

「なんかすごい馬鹿にされてる感じがするわ」

「二期放送は人気作品じゃないと出来ないって文献に書いてあったわ。良かったわね、レベッカちゃん」

「あんた、たまにテンション高くなるわね」

「私は旧時代のアニメ、漫画が好きなの覚えてる? 今、その話をしてたの」

「そうだったわね。でも一緒にしないでちょうだい。朗報だけど、大佐とは無事に和解したわ。しっかり帰ってくるのよ」

「え?」

「それがつたえたかっただけ。じゃあね」

 そう言ってレベッカ少佐はモニターから姿を消した。


 ジェシカとレベッカ少佐は本当に仲が良いようだ。

 だが、俺は嫌な予感がしていた。


「なあ、ジェシカ。大佐と和解したって本当なのか? もしかしてそれは嘘で俺たちがノコノコ帰ってきたら処刑するつもりなんじゃないか?」

 俺にはそのようにしか思えなくて仕方がなかった。

 参謀を殺し、勇気隊長を半殺しにしたリリィの声が今でも俺の脳裏と鼓膜に焼き付いている。

 白人はジェシカを除いて信じられる奴はジャック少尉くらいだ。


 それにレベッカ少佐の話が本当なら、白人たちは本当に弱すぎる。危機管理がなっていない以前の問題だ。圧倒的に脆弱ぜいじゃくな組織が外部行動員の司令部のトップという事になる。


「サイモンさん。本当にレベッカが大佐と和解したかは分かりません。そもそもその和解に私たちの安全が入っているかは不明です。ですが、ひとまず私たちはシェルターに帰らないといけないです。勇気隊長が待ってますから」

「そうだな、必ず帰らないとな」

「つまりは仮にレベッカが大佐と和解できなかったとしても、大佐たちが私たちに帰還を促すためにレベッカに嘘をつかせる事はあり得ないんですよ。ほっといても私たちには「帰る」以外の選択肢はないんです。サイモンさん、考えすぎですよ」

 ジェシカの意見に俺ははっとした。


「その通りだ。ちょっと被害的になってた」

「いいえ、私も頭の中で整理が出来ました。話さないと頭の中がまとまりませんからね」

「そうだな」

「私も怖いんです。人を殺しましたから、いつか報いを受けるんじゃないかと思って」

「……」

 ジェシカの言う「私も怖い」という言葉。つまりは俺の中の恐怖を見抜いているという事だ。

 俺は結構わかりやすい人間なのかもしれない。


「私が司令部を襲撃したとき、あの時はどうなっても良いって……死んでも良いって憎しみを込めて手榴弾を放り投げました。爆風や破片フラグメントを受けて、這いつくばっている左官たちを私は撃ち殺していきました。今は死にたくないんです。勇気隊長がいなかったら私は今ごろ徹底的にレイプされて、自殺してたと思います。そうでなくとも、私は精神的に不安定でした」

 俺はジェシカの心情の吐露に息も出来なかった。


 ある程度の人員が白人層でもジェシカに味方したという話は聞いていた。一介の左官でさえ、卑劣な被害に遭うというのだから、おそらく相当に腐敗していたのだろう。

 俺は次にジェシカからどんな言葉が出てくるか、固唾を飲んで耳を澄ませた。


「でも勇気隊長は私を優しく慰めてくれました。仲間だから遺書を書いてくれって言われたときには包容力がある男性だと思いました。私、本当にうれしくて……」

 ん? 何だ、この流れは?


「後は私が呆然としている中、勇気隊長がリリィ少佐と戦っている映像を見ました。勇敢に戦う勇気隊長の姿に私の心は射貫かれました」

 そこから始まるジェシカの惚気のろけ話のような一方的な会話が始まった。


 司令部がどれほど腐っていたかの話を聞きたかったのだが、ジェシカの口からは脳みそが腐りそうなほどの勇気隊長の絶賛だった。勘弁してくれ。


 だがジェシカの話には頷ける点もある。

 確かに勇気隊長がアヌビスを一人で倒した事は「凄い」。

 というか、「凄い」を通り越して、彼は本当に人間なのかという疑問さえ浮かんでくる。 確かに俺の打撃やジェシカの砲撃で、リリィ少佐の乗るアヌビスにダメージを与えたのは事実だ。


 だがそれを計算に入れたとしても、アヌビスが人間一人の手で戦闘不能になるのかは疑問が残る。

 隊長に対する感情を一言で的確に表すなら、「超常現象として畏敬いけいの念を抱く」が正しいだろうか。


 勇気隊長とリリィ少佐の戦闘において、勇気隊長は自身の姿を捉えられないように、アヌビスのカメラを破壊したため映像が途切れているシーンがあった。

 誰も勇気隊長がどうやってアヌビスを破壊したかは不明のままだった。


 ギリギリギリ……


 歯ぎしりのような音と、刺すような視線を感じたので俺は振り向いた。

 ルルルカが苦しそうな、怒っているような険しい表情を浮かべている。


 リリィ少佐といえば参謀が殺された事件だ。参謀の妹であるルルルカがリリィ少佐の話を聞いて不快感を覚えるのは無理もない。

 ルルルカは小声でブツブツ言っている。ジェシカの話を聞いて、精神が不安定になったのだろうか。

 俺はじっと耳を澄ませてみた。


「吐く、もうだめ吐きそう……」

 おっと違う。既にルルルカは臨戦態勢のようだ。


 ちなみにサバイバルウェアの中でゲロを吐くと、視界がゲロまみれになって、ゲロ臭くて集中できないし、長時間ゲロに触れた皮膚は徐々にただれていく。更に吐くとゲロで窒息する可能性があるので、外部行動員は絶対に吐いてはいけないと訓練生は徹底的に訓練される。それを考えると未熟なルルルカを連れてきたのは失敗だったか?


 ルルルカの事を心配し始めていると、

「そういえば何で勇気隊長はどうしてカメラの位置が分かったんですかね」

 ジェシカが自分から話題を振ってきた。


「議長が……勇気隊長の親が何か残してくれたんじゃないか。アヌビスの資料とか可能性はあり得る」

 さすがにジェシカの前で外部行動員の隊長たちはハッキングをして情報収集しているとは言えなかった。

 勇気隊長も恐らくハッキングして情報を取得してたんだろう。


「左官用のアヌビスはカメラの位置がそれぞれ違うので判別しづらいのです」

「そうなのか?」

「はい、不思議です。超能力でも持ってるんですかね」

「レベッカ少佐みたいにか? お前の知り合いはそのうち超能力者だらけになるんじゃないか?」

「素晴らしいですね。私、サイコキネシスが欲しいです」

「……ああ、能力に目覚めると良いな」

 サイコキネシスじゃなくてサイコパスに目覚めてんだろ? と心で毒づきながら俺は勇気隊長の治療薬が眠る第六十七番シェルターに到着するのを待った。



 会話は終わり、しばらく沈黙が続いた。


 五分ほど経つと、シェルターとその横にたたずむアヌビスが見えた。

「みなさん、到着しました。水を抜きますのでお待ちください」

 床から気泡がボコボコと上がり、ウォータールーム内の水位が徐々に下がってきた。


「次は空気を抜くので待っててくださいね」

 空気が全部貯蓄タンクに収納されると、モニターに「完了」の字が記された。

 そしてアヌビスの腹部が開き、地面に向かって搭乗口が掛けられた。


 俺とルルルカ、博士はそこから降りて、ジェシカもアヌビスの操縦席に付属した梯子はしごから降りてきた。

「奴隷ちゃんのアヌビスですね。誰も乗っていないようですが、周囲を確認してみます」

 ジェシカは奴隷ちゃんのアヌビスを見回している。

 何か分かるのだろうか。


「傷がないですね。無事に到達できたみたいです。さあ、行きましょう」

 ひとまず無事ということか。

 俺はため息をついて、一安心した。


 俺たちはシェルターの出入り口に向かって歩き出した。

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