第二話 恋は盲目
俺が意を決して罪の告白をしようとしたとき、
コンコン。
肝心なところで誰かが部屋の扉をノックした。
せっかく覚悟したのに、俺の覚悟をくじくような奴は誰だ!?
「失礼します~」
入ってきたのはジェシカと、なんとも気まずそうな表情を浮かべたジャック少尉だった。
ジェシカ、てめぇか。
心の中で悪態をついたが、俺はジェシカと「奴隷ちゃんは体調を崩している設定にして時間を稼ぐ」という作戦を立てていたんだ。どうしよう、告げ口が出来ない。それにしても今から何をするつもりなんだ?
良からぬ事をしそうな雰囲気のジェシカは、両手でパスタの乗った大きな皿を持っている。
とてもうれしそうなジェシカは、おそらくパスタという名の火種を持ってきたのかもしれない。
そしてジェシカは誇らしそうに口を開いた。
「あの……奴隷ちゃんがパスタを作ってくれたので良かったらどうぞ」
てめええええええええ!
もちろんシェルターに奴隷ちゃんはいない。
ジェシカはどうやら自分が作ったパスタを奴隷ちゃんが作ったものと偽って隊長に食べさせるようだ。余計な事を!
「そうか、今日は奴隷ちゃんは来れないのか」
「はい、体調を崩したようなので今日は来れません」
「ほう……でもパスタは作ったのか?」
隊長の鋭い質問がジェシカを貫いたようだ。
ジェシカは一瞬だけ白目を剥いて、意識が飛びかかってるように見えた。
あいつは本当にバカだ。既に作戦が破綻寸前だ。
言っておくが俺は隊長に真実を告げようとしたんだ。
なのにジェシカのバカが邪魔してきたあげく、自滅するとか正気とは思えない。
「…………はいそうなんです。どうしても食べて欲しいということで、持ってきました」
ジェシカは何事もなかったかのように話を繋げ、隊長の病床にパスタを置いた。
「どうぞ食べてください」
「ああ、そうだな」
隊長はジェシカが持ってきたパスタを口に含んだ。
ああ、神様。どうかバレませんように。「知識と判断力」が頭の中で迷子になっているジェシカをお救いください。
隊長はおいしそうに頬張りながら、何度も頷いている。
「おいしいよ、ジェシカ。持ってきてくれてありがとう」
隊長は満足そうにジェシカにお礼を言っていた。
「サイモンも食べてみるか?」
「ああ、美味そうだな。貰うぜ」
事態が事態のため、俺は食事が喉を通らないほど緊張していた。
だが俺はいつも奴隷ちゃんの料理を食べさせて貰っている。今日だけ食べないというわけにはいかない。
ジェシカ、パスタを喉に詰まらせて死んだら孫の代まで祟ってやる。
箸を貸して貰って、俺はパスタをすすった。
あれ、なんかいつもより香ばしくない気がするが、勘違いと言えばそんな感じもする。
それに隊長が「おいしかった」と言ってくれたんだ。きっと隊長にはバレてな……
「ジェシカ、よく再現できてるじゃないか」
突如言い放った隊長の言葉に俺の背筋は凍り付いた。
隊長はジェシカの持ってきた料理が奴隷ちゃんが作ったものではないと一瞬で気づいたようだ。
隊長の言った「再現」と言う言葉にはそれだけの重みがある。
「それって褒めてるんですか? ありがとうございます。奴隷ちゃんに言っておきますね」
一方、ジェシカは隊長の発言の意味を理解できていないようだ。
パスタがおいしかったと言われた事を自分の事のように喜んでいる。
まあ、自分が作ったパスタだからな。仕方がないんだけど喜びすぎだ。
隊長も皮肉が効かなかった事に驚いているのか、目をかっぴらいて、ドン引きしている。
恋は盲目と言うが、悲しい事にジェシカは頭まで悪くなっちまったようだ。
「サイモン、ちょっと話がしたい。ジェシカ、二人だけにさせてもらえるか」
「分かりました。後でお皿を回収しますね」
「ああ、ありがとう」
短い会話を終えて、ジェシカは蕩けそうなほど満足な顔をして部屋を出て行った。
「サイモン。で、なんだって? さっき何が言いたかったんだ」
話の腰を折られた隊長は、俺に詳細を依頼してきた。
「それはだな、奴隷ちゃんが第六十七番シェルターに一人で行った。かなり焦ってたみたいで、みんなの制止を振り切った。追おうとしたが、もう一機の外部遠征用のアヌビスは壊れていたんだ。その後、ジェシカが普通のアヌビスで後を追ったんだが、発見できずに戻ってきたんだ」
「そうか。となると、奴隷ちゃんは既に到着したと?」
「断定は出来ない。ジェシカと比べたら初心者も同然だ」
俺の言葉に隊長は目を閉じて考え事をし始めたようだ。
「サイモン、誰か奴隷ちゃんと通信機で連絡は取れないのか? 例えば腕に巻いてるデバイスとかなら届くんじゃないのか?」
「俺には通信機器は分からない。ジェシカに聞いてみる」
「よろしく頼む」
隊長は怒らず淡々と俺と会話をしていた。
隠した事も咎めず、冷静に俺を導いてくれた。
怒り散らすかと思えば、懐の深い人間だ。
「隊長、黙っててすまなかった。奴隷ちゃんを止められなかった事も……」
「いや、いい。俺も弱々しい姿を見せすぎた。奴隷ちゃんが焦った原因は俺にもある。奴隷ちゃんの前では気丈に振る舞うべきだったし、あのとき油断せずにリリィ少佐の頭をたたき落としていれば、こんなことにはならなかったのにな。とは言っても過去の事ばかり言ってもどうにもならないさ。人間ってのは後悔するように出来ている。だから俺は後ろは振り向かずに、前を見つめて行動するよ」
「隊長……」
隊長がこのように言ったのは気丈に振る舞っているからだと俺は理解し、胸が痛くなった。
「サイモン、奴隷ちゃんは一人の戦士だ。アヌビスに乗って外部に出ていった時点で一人の戦士なんだ。老いも若きも関係ない。自分で考えて自分の力でこのシェルターを出て行った。だから気負わず、向こうのシェルターにたどり着いたとしても危険を感じたなら奴隷ちゃんを救わずに戻ってきてくれ」
「隊長、本気で言ってるのか?」
俺は耳を疑った。
「隊長、奴隷ちゃんの事が大事じゃないのかよ!」
「大事だよ。だけどサイモン、お前のことも大事だ。少し肩の力を抜け。俺の見立てでは奴隷ちゃんよりも先にサイモンの方が死ぬぞ」
「縁起でもねえ。やめてくれ」
俺の反応が面白かったのか、隊長はクスクスと笑っている。
「奴隷ちゃんはああ見えてもしぶといぞ。奴隷層の人間だからな。もしシェルター内に侵入できていたら生存力は奴隷ちゃんの方があると思った方が良い。サイモンには弟が居るんだから、自分も大切にしないとな。サイモンは優しいから自分の身を挺してまで救いに行きそうだ。だから先に言っておいた」
隊長はそう言って俺の肩に手を乗せた。
隊長が俺の肩に乗せた手はなんとも力強かった。調子が戻ってきたのか?
「分かったよ、隊長。まずは俺が生き残る事にするよ」
俺は隊長の手を握り、約束をした。




