第四話 悲哀の出撃
「奴隷ちゃん、何やってるの?」
デバイスの通信機能を使って奴隷ちゃんに語りかけると、
「やだぁああああ! 今日行く。絶対行くもん。一日でも遅れたら隊長さんが死んじゃう。どんどん悪くなって死んじゃうもん!」
だだをこねるように大声を出しながら奴隷ちゃんは自らの目的を語った。
奴隷ちゃんは最も勇気隊長をそばで見続けてきた人間の一人だ。サイモンと同様に隊長に対する深い敬意と忠誠があるのだろう。そして恐らく勇気隊長の状態が良くないことも知っている。
だが、今回はさすがに不味い。
「奴隷ちゃん、一人で行ったら死んじゃうよ!」
「生きて帰る。絶対死なないもん!」
奴隷ちゃんはてこでも動かないようだ。
「おい、基地の外に出て行こうとしている外部遠征専用アヌビスを遠隔停止させろ」
ジョナサン大佐はデバイスによる通信で遠隔操作によるアヌビスの停止を試みるようだ。
だがそれは無駄な事だ。
「何!? 遠隔停止が出来ないだと。どうして……分からないってふざけるな! 遠征用のアヌビスが奴隷に持って行かれたんだぞ。生きるような価値もない畜生にも劣るクズにだ!」
ジョナサン大佐はたいした剣幕で、通信先の人を叱りつけている。
アヌビスは更に上昇していき、見えなくなってしまった。
私は横目でジョナサン大佐の表情を一瞥した。
奴隷ちゃんのアヌビスは遠隔操作で停止する事は不可能だ。
なぜなら私が整備士に改造させたからだ。
遠隔停止をされるとアヌビスは完全に機能を停止し、少将以上が持つ特殊なデバイスによる起動か、遠隔起動をされるまで機能の一切が使用不可となる。
外部遠征の際に遠隔停止されたら堪ったもんじゃない。事故に見せかけた殺害が遠隔停止によって、いとも簡単に出来てしまうので私が事前に依頼していた。
依頼したのは前大佐であるスティーブン大佐によってひん剥かれた経験のある男性整備士だ。
私のお願いを笑顔で聞いてくれた彼には今でも感謝している。
問題なのはこのような事態を想定できなかった私にあるだろう。
私は暗殺を避けるために遠隔操作機構を取り外したのだが、まさかここで裏目に出るとはとは思いも寄らなかった。
「ジェシカ大佐補佐、お前はアヌビスに何をした」
「私は何もしてません」
嘘は言ってない。整備士がやった。
私は涼しい顔をして、ジョナサン大佐の口撃を躱すしかなかった。
「ジェシカ大佐補佐、連れ戻せ」
「私は現在、外部遠征が出来ません」
「上官の命令が聞けないのか? アヌビスがお釈迦になったらどうする?」
「分かりました、外部遠征の許可が下りたという事ですね。ですが一人で行くのは心細いので条件を付けさせてください」
「なんだ」
「サイモンとルルルカちゃん、博士も連れて行く事が条件です」
「貴様、最初からこれを狙ってたのか」
ジョナサン大佐が私に詰め寄ってきた。
早く何か喋らないと殴られそうな勢いだ。
「私の事を高く評価してくれたのはうれしいですが、そこまで度胸はないし、器用ではないです」
「本当か?」
「私に計算が出来るなら、前の大佐に、一方的に虐められてませんよ」
私の一言に大佐は表情を変えて、押し黙った。
「……それもそうだな。で、どうする」
ジョナサン大佐は納得してくれたようだ。
意外と論理的な人なのかもしれない。
「私が奴隷ちゃんを助け、薬を取ってきます」
「薬を取りに行くのは無しだ。アヌビスだけ回収しろ。お前に死なれたら困る」
大佐は譲りたくないようだが、それは私も同じだ。
「ジェシカ、出撃します」
私は詳細は述べずにそう伝えた。
詳しく作戦について述べたところで、ジョナサン大佐の賛同は得られない。
今回はさすがに私も折れるつもりはないので、不毛な口論が続くだけだろう。そうなれば、時間だけがいたずらに過ぎ、奴隷ちゃんの生存率を下げる事になる。
「ジェシカ大佐補佐。今回の作戦において応援を出す」
「いえ、初期メンバーで行ってみたいと思います。万が一、奴隷ちゃんがシェルター内に侵入した場合、作戦が立てやすくなります」
下手をしたらアヌビスを回収後、向こうで奴隷ちゃんが処分されたり、置いてけぼりを食らうのは目に見えている。
それだけはなんとしても避けなければならない。
となると、他の人員は入れずに私たちでこのミッションをクリアしなければならない。
「ジェシカ大佐補佐。一応言っておくが、奴隷は二の次だ。いや、助けなくてもいい。アヌビスの回収が最優先だ」
「……コックピットのロックの方法も教えたので、奴隷ちゃんの持っているデバイスがないと開きません」
「このボケが! 分かったから、もう何でも良い。さっさと行け」
「はい。皆さん行きましょう」
四人でもう一機の外部遠征用のアヌビスに向かうと、アヌビスは修理中だった。
「えぇ……」
外部遠征なんて、将官クラスの人間が必要時に行うだけだ。
その構造の複雑性と絶対に事故があってはならないという理由からメンテナンスが定期的に行われていると、聞いたことがある。
まさか今こんな時に修理中とは私もつくづく運がない。
「ジェシカ、どうなってる」
サイモンは豆鉄砲を食らったニワトリのような顔をしていた。
「修理中だそうです」
「見れば分かる。つまり行けないってことか」
「ええ」
私の返答を聞いて、サイモンは痛切そうに頭を抱えていた。
私も爪が指に食い込むまで手を握り、唇を噛んだ。
「早急に直して貰いましょう。私は今からでも奴隷ちゃんを追ってみます」
私がサイモンに語りかけられる言葉も、事態を打開する方法も、それに以外にはなかった。




