第三話 俺の隊、崩壊寸前
食事を取り終わったあと、ジェシカも含めた全員を自室に招き入れた。
「で、このお嬢ちゃんが中将の娘ってなわけか」
サイモンはじっとジェシカを眺めている。
警戒心が強いのは外部行動員にとって重要なことだ。
外部行動において勇敢と無謀は、ほぼ同義だ。
「隊長。参謀として彼女に聞きたいことがある。エイリアンの撃破数と友軍撃破数を知りたい」
確かに死神と恐れられるくらい彼女は味方を殺すそうだ。一体どれほどの人が犠牲になったのだろうか。
それを調べられる機器がジェシカの腕に巻き付いている。
白人の高官が持てる腕時計型の電子機器は通称デバイスと呼ばれている。情報の交換、連絡、検索、音楽、各区域の封鎖など様々な機能が楽しめる特権だ。
「俺はお嬢ちゃんを部隊に入れるのは反対だ。頼りなさそうだし、自信がなさそうだ。あの危険な区域だったらすぐに音を上げるぞ」
サイモンは、じっとジェシカを見ている。
サイモンの目に怯えた様子はない。あくまで一人の外部行動員としての意見だろう。
「私の評判は良くないです。死神とか無能とか言われるけど、頑張ります。今まで外部行動員と一緒に戦ってきた経験はあります」
ジェシカは引かなかった。
「自覚があることは大変良いことだ。俺たちを絶対に殺さないと誓えるか?」
「誓います!」
二人の間には火花が散っていた。
ここは隊長としての意見を言うべきだろう。
「ジェシカがどうして死神と言われるかは分からない。噂というものは尾ひれがつくものだ。心理学的に言えば、俺たちがジェシカを死神と思えば、ジェシカは例え普通の子であっても俺たちの行動や態度に感化されて、本当に死神になってしまう可能性だってある。要するに俺たちの機嫌に気を取られてミスをしたりとかそう言うことで結果的に、死神になる可能性もあるってわけだ。だからサイモン。少し様子を見てみないか。アヌビスは確かに我が部隊において大事な戦力になる」
サイモンは納得してないような表情を浮かべていた。
サイモンは目をつむり、ゆっくり深呼吸をしている。
「そうだな。確かに普通の白人たちとは違うな。わざわざ有色人種の食堂に来るなんて肝が据わってる。俺はもう文句は言わねえ。よろしくジェシカお嬢」
サイモンは自分の中で納得できる答えを見つけ出したようだ。
サイモンとジェシカは笑顔で握手を交わした。
「あと一応言っておくがジェシカは少佐だ。失礼の無いように」
「なるほど。お偉いさんが来て、勇気隊長は実質降格処分になった。そういう認識で良いのか」
サイモンの鋭い洞察には、毎度ヒヤヒヤさせられる。
「少し違うな。隊長としての権力は前ほど無くなった。だけど責任はそのまま。ジェシカ少佐には敵いませぬ」
「そ、そ、そ。そんなことないですよ。私は下っ端です」
「卑下するな少佐殿」
沈黙していた参謀も笑ってジェシカを見ていた。
上手く打ち解けられたようだ。この雰囲気なら作戦会議をして良いだろう。
「では作戦会議を始めようか」
「ここが作戦室なんですか。ずいぶん生活感がありますね」
ジェシカは落ち着かないようで、そわそわしている。
確かに俺のいつも寝ているベッドや、タンスにしまっていない下着など置いてある。
だが埃はないし、良い環境だと思うのだが、不満だろうか。
「文句はなしだよ。隊長が作戦室が無いし、自分だけ一人部屋というのは気が引けるから作戦会議室としても扱うと言ってくれたんだ」
「はぇ~」
参謀の言葉にジェシカはカルチャーショックを受けているようだ。開いた口が塞がらない。
「では作戦会議に戻る。次回も我が部隊が行くのは未踏の岩山地帯だ」
「えっ。そこって開拓地ですよね」
開拓地というのは、どこにエイリアンの巣があるか、液体空気はあるか、完全踏破が出来る環境かを確かめる必要がある区域の総称だ。
因みに未踏の岩山地帯はここから早歩きで三十分ほどの所にある。
歩けば早いと思うかもしれないが、いつエイリアンと遭遇するか分からない状況で、自分のサバイバルウェアに内蔵された酸素の量を気にしながら、帰りは回収した液体空気を背負い、帰還するのだ。至難の業と言えるだろう。
「その通りだジェシカ。我々の任務はそこで液体空気を獲得し、持ち帰ることだ。もちろんいつも通りに開拓地図も描いていく」
「そんなに一度は無理ですよ」
ジェシカは首を横に振って絶対に無理ですと言い切った。
「とは言っても俺たちの任務だからな」
「私が上に報告します。本来なら開拓地区の探索と液体空気の回収はわけて行われるべき案件です」
ジェシカは震えながら怒っていた。
無理難題に対する義憤か激高か俺には分からなかった。
「出来るのかよ。中将の娘さん」
サイモンは立ち上がって、ゆっくりとジェシカの前に立った。
「出来るのかとはどういう意味ですか」
「報告するだけなら子供でも出来る。パパに言いつけてやるってな。問題なのは絶対に無理な仕事量を、この少人数の部隊に押しつけて虐めてくるクソどもにお灸を据えてやることが出来るかって聞いてるんだ」
「そ、それはわかりません。でも可能性なら……」
「じゃあ言うな。下手な希望は要らねえ。ここは今まで白人どものせいで犠牲者を多く出した。少数精鋭にすると隊長が言ってから、俺たち三人だけがチームアポカリプスになった。誇るは生還率は一〇〇%。成果は認められない。恐らく隊長が書いた地図も白人様の手柄になるんだろうな」
サイモンは吐き捨てて、椅子に座った。
「ここは無能でどの部隊よりも有名だ。中将の娘が何でこの部隊に配属されるんだよ。お嬢様が無能部隊に配属なんて聞いたことねえぞ。なあ、ジェシカお嬢。あんたは殺し過ぎて、俺たちと同じくお前も後がねえんじゃないか」
サイモンの目は確信を持って、ジェシカを捉えていた。
「だ、大丈夫だもん。大丈夫だもん」
ジェシカは大粒の涙をポロポロ流し始める。
「サイモン、もういいだろ。それくらいにしろ」
「だが……」
「今は作戦会議だ」
「そうだったな。悪かった」
ジェシカはうっ、うっ、とうめき声を上げながら泣いている。
入隊二日目でこんな嫌な思いはさせたくなかったのにサイモンめ……
咳払いをして俺は作戦の説明を始めた。
「俺の観測の見立てでは、どうやら未踏の岩山には液体空気がある。アヌビス一機では到底回収できないほどの量だ。問題は多口型のエイリアンの巣が多くて、巣が移動する」
「あのヒトデ野郎か」
サイモンは渋そうな顔をしていた。
サイモンが前にいた部隊は多口型の群れに遭遇し、壊滅的な被害を受けている。
「ああ。ヒトデ野郎だ」
多口型はヒトデの形をしていて、かなり攻撃的なエイリアンだ。捕食する際に星形の体内からたくさんの触手を放出する。触手に絡め取られたら、最期だ。触手に付いた鋸のような歯でサバイバルウェアが傷ついて凍死したり、気圧の関係で死亡したりする。もしくは触手で体の骨をへし折られて殺されてしまう。
触手に絡め取られた場合、一人で対処できるのは一握りの外部行動員だけだ。
「未踏の岩山、北部の窪地に液体空気のたまり場を見つけた」
「さすがだ隊長。だがなぜこの参謀に言わなかった?」
参謀は返答次第では許さないといった態度だ。
「巣の位置が変わる上に、三人で達成出来たとしても、たった六十リットルだ。頑張る意味が無い」
「なるほど。ジェシカの入隊で大量の回収に目途が立ったという訳か」
「そうだ。参謀、意見を」
参謀にウィンクをすると、参謀は小さく頷いた。
通じたようだ。参謀のジェシカに対する詰問が始まる。
参謀はジェシカの方を向きながら手を組んだ。
「ジェシカ少佐。君に頼りたいんだが、その前に今までエイリアンを何匹殺した? 因みに俺は八十三体だ」
参謀はジェシカの実力を測ろうとしているようだ。より答えてくれるように自分から情報開示を行っている。
これにはジェシカも答えなくてはいけないという思いが募りやすくなるだろう。
「分からないくらいたくさん殺しました。百体は超えてますよ」
ほう百体超えか。心強いな。
「じゃあ人は? 間違えて殺してしまった数を教えてくれ。因みに俺は一人だ」
聞きづらいことも自分の情報を開示してから、参謀は聞き進んでいる。
以前、どうして聞きづらいことも聞けるのかと尋ねたら、女性のスリーサイズを聞くわけじゃないんだ。簡単だろ、と言ってのけた参謀は知的レベルが非常に高いだろう。
「えっとそれは……それは……」
「戦争において味方殺しは往々にあるものだ。文献にも載っている。仕方が無いことだってあるんだ」
参謀はそう言うが、それはあくまで人間同士の戦争だった場合の話である。太陽が降り注ぐ広大な領土で、大量に殺し合える平和な時代。
文献というのは数百年も前の地球が太陽という恒星の周りを回っていたときの話だ。
「あ、はい。えーっと」
それにしてもこの質問に対するジェシカの歯切れが悪い。
味方殺しという異名が付くくらいだ。相当に人を殺しているのだろうか。
「少佐。一応言っておくけど、有色人種は人間じゃないからカウントしない、とか言わないでくれよ」
参謀の半分本気の冗談にジェシカは両手と首を振って否定している。
「じゅ、十人くらいですかね」
「十人か」
多いな。
ここでサイモンが震えながら顔を覆っている。笑っているのではない。泣いているのだ。
「いやもう少し多いかな。二十人……」
おいマジかよ。いきなり倍に跳ね上がってんじゃねえか。
「ぐうっ、うっ……」
サイモンがうめいている。俺たちも泣きたくなってきた。
俺たちの苦渋と辛酸をなめるような顔にジェシカも危機感を覚えたのだろう。
「正確な数が必要ですよね。音声ガイドを使います」
そのような提案をし始めた。
どうやらこちらがデバイスを使うよう促さなくてもジェシカはデバイスを使ってくれるようだ。
だが、これは明らかに信用して欲しいという彼女の気持ちの表れだ。
焦りのようにも見える。
参謀の表情を見るとあまりいい顔はしていなかった。
ジェシカは腕に付いたデバイスに語りかけると、デバイスが女性の機械音声で応答している。
「ジェシカ・サラヴァンティア少佐のダウンロードされた戦績をお伝えします」
「私のエイリアンの撃破数と友軍撃破数を教えて」
「かしこまりました。算出します……ジェシカ・サラヴァンティア少佐のエイリアンの撃破数は四二七体です」
思っていたよりだいぶ多いな。彼女は貴重な戦力になることは明白だ。
しかし、友軍撃墜数は二十と言っていた。頼むから増えるなよ。むしろ減ってくれ。
「友軍撃破数は三十二人です」
間髪入れずに飛び出てきた情報はサイモンの涙腺を崩壊させた。
「いやだぁ。行きたくない。死神と散歩なんて無理だああああ」
サイモンのメンタルはズタボロだ。彼がやたらと汚い言葉や、好戦的なのも、弱い自分を隠すためなのかもしれない。
ここに来てサイモンはなりふり構っていられなくなったのか、感情のままに泣き叫んでいる。
「俺には弟がいるんだぞ。絶対無理だ。三十二って部隊一つ分だぞ。分かってんのかてめえ」
サイモンはジェシカに掴みかかりそうになっていたので、俺と参謀はサイモンを押さえつけた。
「サイモン落ち着け。もしかしたら数値が間違っているのかも。ジェシカ。再確認してくれ」
「ふえあっ。は、はい。友軍撃破数を再調査して」
ジェシカはサイモンに相当ビビってるようだ。
「最新データに更新します……数値が出ました。四十二人です」
「更に増えてんじゃねえかてめえ!」
サイモンがつばを飛ばしながら暴れ始めた。
俺たちはサイモンを押さえるので精一杯だった。
「ごめんなさい。ひいっ」
なんて事だ。あれほどまで隊員たちに燃えたぎっていた闘志は冷え切っている。
全員が項垂れて、すでに敗戦前夜のような空気が漂っている。
どうにかジェシカをかばうしかない。
この部隊に来てくれるアヌビスの乗り手はジェシカ以外にいない。
「まだ、ジェシカのアヌビス操術を見たわけじゃない。めちゃくちゃ上手いかも」
「キレッキレだろうな。特に人を殺すときは」
「サイモン! やめろと言ってるだろ」
「隊長、俺は降りるぜ。世話になったな。殺した人数も正確に言えないようじゃ、また同じ事を繰り返す」
サイモンは部屋を出て行ってしまった。
「わ、私が悪いんですか?」
「そうだよ。君にとって人を殺すのとパンを食うのと変わらないのかい?」
「ごめんなさい」
ジェシカは謝ることしか出来なかった。
過去に起きたことを変える事なんて誰も出来やしない。だから過去のことを言われ続ければ、落ち度のあるジェシカは謝るほか出来ないのだ。
「こ、これからは人を間違って殺してしまったら、部屋のポスターにカウントしますので許してください」
どこのサイコパスだよ。それにまだ殺す気なのか。
参謀は顔を引きつらせるどころか、間抜けのように呆然としていた。
参謀の間抜け面は、かつて俺に、あまり呆けた顔をしていると本当にバカになってしまうぞ、と注意してきた参謀の顔とはあまりにもかけ離れていた。
参謀がナルシストだということも忘れてしまうくらい参謀は醜い顔をしている。
「隊長、俺は抜けはしない。しないが次回の出撃は見送らせてくれ。隊長の話を聞いてよく計画を練ってから外部行動をしたい」
参謀も部屋から出て行ってしまった。
残ったのは俺とジェシカと奴隷ちゃんだった。
奴隷ちゃんは満面の笑みで笑っている。こいつ、この状況下でなぜ笑っていられるんだ。
「隊長さぁああん。私、いらない子ですがぁああああ。ごべんなさい。ごべんなさい。うわあああああああん」
隊の崩壊を見て、ジェシカは耐えきれず大声で泣きわめいた。
俺もどうしたら良いか困惑していたとき、奴隷ちゃんがジェシカに声を掛けた。
「私ね、お姉ちゃんのことが好きだよ」
「はえっ?」
突然の奴隷ちゃんの告白に訳が分からなくなってきた。
「死神って呼ばれてるのもかっこいいし、壊れてる感じが好き!」
「……」
奴隷ちゃん。それはフォローなのか?
「私は壊れないよぉおおおお!」
ジェシカは大声で騒ぎながら、部屋を出て行ってしまった。
俺と奴隷ちゃん。二人だけ取り残された空間には沈黙だけが残った。
「なあ、奴隷ちゃん。壊れてるだなんて、どうしてそんなことを言ったんだ」
できるだけ威圧的にならないように俺は奴隷ちゃんの目を見なかった。
椅子に座って床を眺めながら奴隷ちゃんに説明を促した。
「なんかね、お姉ちゃんが死にそうなの。右に落ちても左に落ちても死んじゃうの」
「綱渡りって事か」
「そうそれ」
「わかった。だが気をつけろ。相手は軍人だ」
「あ、そうだ。死刑になる」
「そうそう。軍人さん怖い怖いだ。分かったか」
「うん。気をつける」
奴隷ちゃんにカースト制度を再確認させ、俺はベッドに横たわった。
「少し寝る」
「おやすみなさい。耳。こちょこちょする?」
奴隷ちゃんは耳かき棒を持ってきた。
「大丈夫だ。奴隷ちゃんも休んでくれ」
「分かった。おやすみ!」
奴隷ちゃんが出て行ったのを確認してから俺はゆっくりと目を閉じた。