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私、酸素拾います!  作者: メケ
サイモンの章・その3
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第三話 サイモン「隊長」として

「はい、あ~んしてください」

 奴隷ちゃんが満面の笑みで、隊長の口に食事を運んでいく。


「ああ、うん。ありがとう」

 勇気隊長は頬を赤らめて恥ずかしそうだ。


 最初は自分で出来ると言っていたが、途中で疲れたと言って、隊長は食器を置いてしまった。

 その結果として、勇気隊長は奴隷ちゃんに食べさせて貰っている。


 不慣れなのか、奴隷ちゃんは隊長の左側から、やりづらそうに隊長の口に食事を運んでいる。

「奴隷ちゃん。右利きなら隊長から見て、右側に立って食事介助をしたほうがいい。左利きなら左側に立つんだ」

「そうなの?」

「ああ」

 奴隷ちゃんは勇気隊長の右側に立って 食事介助を始めた。


「ほんとだ、やりやすい。サイモンがやる?」

「おれはいい。苦手なんだ」

 口は出すが手は出さないつもりだ。俺はそれほど野暮じゃない。


「どう、隊長さん。食べやすいですか?」

 隊長は何も言わず微笑んで、頷いた。


 食事を摂ってから俺は一人で皿洗いをした。

 勇気隊長が食事を全部食べたことは喜ばしいことだ。

 悔しいけど、奴隷ちゃんの食事なら食べてくれるのかもな。俺が出来るのは皿洗いくらいだ。


 最後の一皿を拭き上げて、

「終わったぜ」

 二人の方を振り向くと、二人は一つの狭いベッドの中で寝息をかいていた。


「……ふふっ」

 微笑ましい光景に俺は思わず笑っちまった。


 俺が市民階層にいた時、近隣の老夫婦は妻が認知症だった。

 全く寝ないで徘徊や暴言が見られたが、夫が側に来ると妻は落ち着いてすやすやと寝始める。

 深く刻まれた目尻の皺をより深くして、夫は妻の頭を撫でるのだった。


 愛……か。


 いずれ死が二人を分かつとしても、愛し合ったのなら死別は想定内だ。


 死まで愛せ。悲しみよりも感謝しろ。


 近所の老夫婦の夫が最期に俺に言った言葉だ。今なら少しだけ分かる気がする。

 奴隷ちゃんと勇気隊長はしばらくこのままにしておこう。

 俺は一人で部屋を出た。


 久々に良い物を見せて貰った。


 が、それにしてもだ。それにしても二人が結婚するとは、ジェシカの奴はどう思うだろうか。ねたり、呆然として作戦に支障が出ても困る。

 対処に困るというか、対処してはいけない気がする。


「う~ん」

 隊長の部屋の前の廊下で俺は悩んだあげく、黙っていることにした。


 ひとまず、薬を持ってくるまで隊長と奴隷ちゃんのことは伏せておこう。

「あ、サイモンさん。こんにちは」

「はうっ!」

 ゆらゆらと煌めく美しいブロンドが俺に近づいてきた。


「じぇ、ジェシカ。よう!」

 ジェシカが満面の笑みのジェシカに俺は挨拶をした。


 なんでお前がここに居るんだ。

 今、一番話かけられたくないタイミングで、ジェシカがやってきた。


「私、決めたんです。外部遠征を成功させて勇気隊長の下に薬を運んだら、私、勇気隊長にお付き合いを申し込みます」

 遅えよ! 奴隷ちゃんと比べたら、一周以上遅れてんぞ! 遅れてるって言うか、ゴールされてるし……ああ、どうしてくれる!


「ま、まあ……頑張れよ」

「?」

 ジェシカは俺が挙動不審だったが気になったのか不思議な顔をしている。


「ジェシカ、今日はどういった用事だ?」

「あ、オムツ交換です」

「俺がやっといた。いつもご苦労さん」

 俺はジェシカの肩に手を置いた後、そのままジェシカの顔を見ないで自室に向かおうとした。

 俺はジェシカに顔向けできなかった。


 この気持ちを端的に表すなら、浮気しているわけじゃないのに、浮気しているような気分だ。

 浮気どころか一度も女と付き合ったこともないんだが、ともかくそんな気分だ。


「サイモンさんもお疲れ様です。いつもありがとうございます。やっぱり男の人は頼りになりますね!」

 ジェシカの元気そうな声が辛い。

 俺はジェシカの顔を見れなかった。


「おう」

 俺はジェシカに背を向けたまま手を上げて、別れの挨拶をした。

 その足で自室兼作戦会議室に戻ると、俺の鼻腔を柔らかな匂いが満たした。


「ルルルカ。また居るのか」

 盗まれて困るような物が置いてないから開けっ放しにしていたが、ルルルカが入ってくるとは思わなかった。

 不用心だったが、俺を恨む奴が入っているよりはマシだろうか。


「サイモン隊長、作戦会議しましょう」

「ルルルカ。俺はもう隊長じゃないんだ」

 隊長を下ろされた俺がこの部屋にいること自体おかしいんだ。


 だが、他に隊長をやれる人も居ないため、俺がこの部屋に住まわせて貰っている。

 ジェシカが遭難した際に大量の外部行動員が死んだが、二軍扱いの分隊から人数を引っ張ってくればどうにかなるかもしれない。まれだが、今までなかったわけではないのだ。


「ルルルカ。だからこそ、俺はもうお前の隊長じゃない」

「そんなことはありませんよ。私はあなたを敬愛しています。それよりも今度、ジェシカ大佐補佐と外部遠征に行くんですよね。あのジェシカと!」

 心底憎そうにルルルカは顔をしかめている。


「いいかルルルカ。ジェシカとお前の兄さんの死は関係ない。リリィ少佐だ。あのクソ女が全てぶっ壊してくれた。あいつの言ってる意味が本当に分からなかった。俺も隊長も参謀も全員が口を開けてあの女のクソみてぇな講釈を聞いていた。なんで俺たちが攻撃されたかなんてちっとも分からない。今でもたまに夢の中で真っ二つにされてる参謀が出てくる。夢に出てくるんだ。でも、ジェシカは関係ない」

「あの女がいなかったら兄様は死ななかった」

「それは八つ当たりだと言ってるだろうが! 本当に罰せられるのは俺のような人間だ。俺はこの前の外部行動で、無理して訓練生たちを殺したんだ。お前も見ていただろうが。あの時、有無を言わさず帰しておけば良かった。隊長が隊長である理由は、その経験と権力を活かして、隊員を無事に目的地に送り届け、帰還させることだ。経験者は俺一人しか居なかった。だから俺がしっかりするべきだったのに、ろくな判断が出来なかった」

 俺は目元を手で覆った。


 自分の手は他の外部行動員よりも大きいと自負していたが、指の隙間からこぼれあふれ出る涙はどうにもすることなど出来なかった。


 俺は裁判で死刑を宣告されるほど咎められなかった。

 市民層ではボコボコにされた。

 この階に戻ってからは、誰からも何も言われなかった。

 責められることもなく、みんな俺と目を合わせない。もう限界だった。


「サイモン隊長。あなたには誰もろくな判断は求めませんよ。ですがあなたが優しいことは皆が分かってます」

「ば、バカにしてんのか」

「だから参謀が必要なんです。私じゃダメですか?」

 俺ははっとして、ルルルカの顔を見上げた。



「なあ、参謀。遺書の件はどうする?」

 ここに居ないはずの勇気隊長の声が聞こえ、ぼやけた視界の中で、目の前のルルルカの人影が参謀の姿に見えた。

「よし、全員。遺書を準備しろ」



 あの日の思い出が蘇って来て、俺の居場所が、立つべき場所が見えてきた気がする。

「ふっ、そういうのは訓練生を終わらせてからにしろよ」

 俺は涙を拭いて立ち上がった。


「まあいい。暫定でもいいなら呼んでやる」

「いいですよ。私もあなたをサイモン隊長として暫定で呼んでますからお互い様です」

 俺は生意気な参謀の頭を小突いた。


「言うようになったじゃないか」

「心配しなくても、あなたの隣にはすぐ追いつきますので」

 ルルルカは手を振りながら、部屋から出て行った。


「ふんっ」

 俺は鼻を鳴らして、ベッドに横たわった。


「やるしかねえな」

 俺は低い天井に拳を掲げて、ぐっと手を握った。

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