第二話 マジだよサイモン
隊長の部屋に着くと奴隷ちゃんは満面の笑みで隊長に語りかけている。
「隊長さん買ってきたよ」
「奴隷ちゃん、ありがとう」
今日は隊長の調子は良さそうだ。いつもより元気そうにしていて、手のひらを見せて挨拶をしている。
奴隷ちゃんは隊長に会えてご満悦のようだが、よく見ると勇気隊長の顔が青く見える。大丈夫だろうか?
「今日は奴隷ちゃんがバターを持ってきたんだ。隊長、精が付くぜ」
「楽しみだ」
隊長は珍しく笑っていた。
やはり隊長の世話は出来ても、心の世話は奴隷ちゃんしか出来ねえや。
てとてとと、奴隷ちゃんはキッチンの方に向かっていく。
奴隷ちゃんは油と卵、塩を混ぜて、そこに小麦粉を入れている。
隠し栄養素にバッタの粉末も混ぜているようだ。タンパク質八割は伊達じゃない。きっと勇気隊長も元気になるだろう。
水を少しずつ足して、生地が満足いく堅さになったら、休ませる行程だ。
空いた時間を利用して、奴隷ちゃんはソース作りを始めた。
手際よく動く子だ。
同時に湧いた水に調味料を入れて、スープも作り始めている。
隊長室に備え付けられた小さなキッチンで奴隷ちゃんは小刻み良い音を響かせながら雑草を切っていた。
俺たち外部行動員には食堂があるので、料理をすることは基本的にない。
だが、奴隷たちは自分で料理を作らなければいけないので、必然的に料理上手である。
奴隷ちゃんもたっぷり仕込まれたのか、彼女の作る飯は美味い。
「隊長、奴隷ちゃんを嫁に貰ったらどうだ。うまい飯には困らないぞ」
「ははは」
隊長はにっこりと笑っている。
俺のジョークに笑ってくれるってことは、今日は体調が良いみたいだ。
いくらなんでも年齢が離れすぎている。隊長なら、そう言うだろう。
「実はな、結婚する約束をしたんだ」
「あ?」
隊長は、今……何を言ったんだ?
「ははは、隊長も言うようになったな」
俺が笑い返すと、隊長はいたって真剣な顔になった。
「サイモン、本気なんだ」
「いや、だが……」
「本当に本気なんだ」
「…………マジか」
確認をするが、勇気隊長の顔は崩れない。じっと俺の眼を見つめている。
「ああ、マジだよサイモン」
敬愛する俺の隊長はロリコンだったのか。
俺は切なくなって、か細い肢体の奴隷ちゃんを見つめた。
色気も何もないまな板に、少々かわいげのある顔が付いた彼女が隊長の嫁か。
「あちち」
奴隷ちゃんはフライパンでパスタに掛けるためのソースを作っているところだった。やけどをしたのか慌てて手を冷やしている。
隊長は俺から視線を移して、じっと奴隷ちゃんの方を見始めた。
自分で対処できているのを確認してから、隊長は視線を俺に戻した。
「サイモン、好きなんだ。いつも俺の心の支えになってくれている。これからも一緒にやっていきたいんだ」
隊長の胸中の告白にもかかわらず、奴隷ちゃんは黙々と料理を作っていた。
恥ずかしながら、聞き入るのかと思えば、そうしない。
目の前の料理を出来るだけおいしくするように、尽くしているように見える。
おいしい料理を作るというミッションのために、調理場という戦場に立つ奴隷ちゃんはまさに恋する乙女。片手にフライパン、片手にフライ返し。はじける油の弾幕とバターの匂いを嗅ぎながら、勇気隊長の食欲不振を討つべく戦っている。
「もうちょとしたら出来ますよ」
奴隷ちゃんは振り向いて、勇気隊長に微笑みかけた。
映画で見た、雲の隙間から差し込んだ太陽の光。
奴隷ちゃんの笑顔を見たらそんな情景が思い浮かんだ。
思い返せば、奴隷ちゃんは文句も言わず、いつも笑顔で隊長に尽くしている。
そして隊長は本当の家族のように奴隷ちゃんに接していた。
二人の過ごしていた時間を思い出すと、兄妹のように仲良かったこの二人がまさか結婚の取り付けをしていただなんて、思ってもみなかった。
だが、兄妹だなんて、それも俺のイメージの作り上げた二人の姿だ。全くもって自分勝手なイメージだろう。それに人間関係ってのは時間の経過とともに、変わっていく。
仲の良かった二人が恋に落ち、結ばれて二人の男の子をなし、最後は憎しみ合い、息子たちを残して殺し合ったように、変わっていく。
二人が過酷な道に至らぬように俺は神に祈った。
「おめでとう、隊長」
俺は隊長と握手をした。
何が一番大切かを考えれば、この二人が幸せであればそれでいい。見てくれや年齢、身分など知ったことか。俺はそう思う。
それに年齢なんてそのうち時間が経てば気にならなくなる。
「ありがとうサイモン」
「だけど隊長。今のままじゃ、勃たねえよな。隊長の薬だが、奴隷ちゃんも協力してくれるみたいだ。みんなで薬を取りに行くから待っててくれ」
「そうか。薬も奴隷ちゃんも任せたぞ」
「嫁のことは任せておけ。それよりパスタだ。隊長が痩せ細っちまったら、意味がねえ。しっかり食ってくれ」
「分かったよ」
どうやら死にかけてた隊長も奴隷ちゃんを見て、生きる気力を取り戻したようだ。
さっきまで青かった隊長の顔は耳まで赤かった。




