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私、酸素拾います!  作者: メケ
ジェシカの章・その2
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第五話 バター犬

 私と奴隷ちゃんは昇降機の所に戻り、外部連絡室の武器庫アーセナルに降りた。


 外部連絡室に付属している脱衣所で着替えを行って、奴隷ちゃんと一緒に外部連絡室を後にした。

 軍人の区域を私と奴隷ちゃんは歩き始めた。


 やはり地に足を付けて、歩くのは格別だ。

 奴隷ちゃんはアヌビスの初運転後の影響なのか、ふらふらしている。


「奴隷ちゃん、気持ち悪くない?」

「大丈夫だけど、ふわふわする」

 そういえば私もアヌビスに乗った時に同じ事を言っていた。

 妙な親近感が頬をくすぐる。そんな気分だ。


「あ、あの、ジェシカ大佐補佐」

 遠くから顔を赤らめた茶髪の白人少女が私の下に走ってきた。


「あの、いつも見守ってくださってありがとうございます」


 この少女はどこかで見たことがある。

 確か彼女は訓練生だったはずだ。そういえば訓練室に居たのを見たことがある。


 だが私は彼女のことを見守ったことはない。話し掛けたことも掛けられたこともない。勘違いではなかろうか。


「あ、あの、これ、受け取ってください」

 私の手にはバターの塊が二つ収められた。


「う、受け取れないよ。私はあなたのこと知らないから」

「じゃあ今日から知ってください!」

 少女は走り去っていった。


「……誰?」

 私はがっくりと肩を落とした。

 敵意は感じなかったが、彼女は一体……


「あ! あの子ね、ジェシカお姉ちゃんのこと好きだって言ってたよ」

「え、尊敬してるって意味で?」

「結婚したいって」

「……」

 言っておくが、私はノーマルだ。もし女の子と結婚するなら奴隷ちゃんとする。


 私のことが好きな女性からのもらい物。

 どちらかと言えばうれしいかもしれない。


 ただ食べることが大好きな奴隷ちゃんの前で、バターを渡されたらどうなるかは明らかだ。

 思った通りに奴隷ちゃんが私のバターをじっと見つめている。


「ぅぅぅ……」

 奴隷ちゃんは声にならない低周波のような声を出しながら、私の手にあるバターを凝視している。


「ぁ……ぅ……」

 まるで餌を前にした獣のような目だ。口角から涎が垂れそうなのを、袖で拭っている。

 私が奴隷ちゃんのことを見つめているにもかかわらず、奴隷ちゃんは熱視線を向けるのをやめない。

 きっと、私が若干引いているのにも気付かないほど集中しているのだろう。


「奴隷ちゃん、食べる?」

「!」

 ぱあっ、という擬音がまさに適切なくらいに奴隷ちゃんは明るい顔になった。


「くれるの?」

 あの視線を向けておいて何を言うか。


 だが渡しておいて損はないだろう。奴隷ちゃんが料理をすれば、勇気隊長の食欲が戻るかもしれない。

「今日は奴隷ちゃんが訓練を頑張ったからね」

 私は奴隷ちゃんに二つ貰ったうち、一つを奴隷ちゃんに渡した。


「ありがとうお姉ちゃん。今日は隊長さんに、パスタ作ってもいい?」

「いいよ。たまに顔を出さないと隊長さんが枯れちゃうから」

「やったぁ!」

「だけど自分が倒れない程度にするのよ。奴隷ちゃんが倒れたら隊長さんが心配するからね」

「うん、分かった」

 奴隷ちゃんが軍人の区域を駆けて行こうとした時、目の前に訓練生たちが立ちはだかった。


「どこに行ってたんだ」「心配したんだよ」

 奴隷ちゃんは心配されている。この数日でよほど人望を掴んだのかもしれない。


「えっとね、えっとね」

 奴隷ちゃんは私をチラチラ見ている。


「詳しくは言えないけどサボってないよ。ジェシカ大佐補佐と秘密の訓練してました。犬みたいに、わんわんしてた」

「犬みにたいに、わんわん?」

 他の訓練生たちは眉を寄せて、奴隷ちゃんの話を聞いている。


「ジェシカ大佐補佐に褒めてもらったよ。これもらった。もっと頑張ってねだって」

 奴隷ちゃんが見せたのはバターだった。


「犬……バター……」

 訓練生たちは呆然と、バターに目を落としている。

 訓練生の彼ら彼女らはあっけにとられた様子で、私を見つめた。


「ちょっと、変な誤解しないでくださいね」

 私は反論したが、自分でも顔が真っ赤になっているのがよく分かった。


「変な誤解なんて滅相でもないです。バター犬とか考えてないです」

 考えてるじゃん!


「ではこれで」

 訓練生たちは慌てた様子で私たちの前から去って行った。

 有らぬ誤解を受けなければ良いのだが、前途多難な未来が待ち受けていそうだと私は生唾を飲んだ。


「ねえねえジェシカお姉ちゃん」

「なあに奴隷ちゃん」

「バター犬っておいしいの?」

「……」

「ジャック少尉が飼っている犬、食べさせてくれるかなあ?」


 手に持っているバターが溶けそうなほど、奴隷ちゃんは頬を赤らめている。

 きっとバターで炒めた犬肉を隊長さんに食べさせている所を想像しているのかもしれない。


 外部遠征、奴隷ちゃんの育成、私のことが好きなバター少女、私が他人の奴隷を寝取る鬼畜レズビアンだと思われていること。ああ、気が重いっ、鬱陶しいっ!


 私は奴隷ちゃんを外部行動員層まで見送ってから、どっと疲れた体を引きずりながら自室に戻った。

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