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私、酸素拾います!  作者: メケ
ジェシカの章・その2
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第四話 気分転換

「あわわわわわ!」

 思わず私の声と体が震えた。

 奴隷ちゃんが岩にぶつかった。これは事故だ。

 

 破損したら始末書だ。いや、それだけではすまないかもしれない。

 奴隷を左官専用のアヌビスに載せたとなれば職権乱用どころか、私の企みが筒抜けになってしまう。


「ど、奴隷ちゃん」

 奴隷ちゃんの乗る機体に接近すると、奴隷ちゃんの乗るアヌビスはゆっくりと起き上がった。


「びっくりしたぁ!」

 開口して一番初めに言った奴隷ちゃんの言葉はそれだった。


「私の方がびっくりしたよ!」

 機体に損傷は見られない。放置しておけばバレないだろうか。


「奴隷ちゃん。痛い所はない?」

「大丈夫だよ」

 よし、完璧だ。


「奴隷ちゃん、少し急ぎすぎだよ。本番ではサイモンさんたちが乗るからもっとゆっくりにしないといけないよ。本番は外部遠征用のアヌビスでウォータールームって呼ばれるところに外部行動員の人たちは入って貰うけど、それでも激しい動きは危険だからね。みんなの脳みそが、お弁当箱に入れた豆腐みたいにぐちゃぐちゃになっちゃうからね」

「ジェシカお姉ちゃん。お弁当に豆腐は入れないよ」

「うぐっ、いいから。つまり、死んじゃうの。よく言うでしょ? 頭のいい人は歴史から、愚かな人間は経験から学ぶって」

「それ、隊長さんも言ってた。お姉ちゃんは物知りだから、いっぱい経験してきたんだね」

「……」

 遠回しにバカと言われているのだろうか? いや、きっと邪推だ。奴隷ちゃんはきっと褒めてくれているのだろう。モニターに映る嫌味のない奴隷ちゃんの笑顔がその証拠だ。


「とりあえず、ゆっくり歩くわよ。私の後に付いてきて」

「うん」

 私は奴隷ちゃんを連れて、シェルターを後にした。

 奴隷ちゃんは、ぎこちない様子ではあるが、ゆっくりとアヌビスを動かしているようだ。


 岩場に注意を払いながら、ゆっくりと安全運転が心掛けられている。

 奴隷ちゃんにならサイモンたちを任せられるだろう。


 シェルターから離れた後、私は奴隷ちゃんの方へ方向転換した。


「奴隷ちゃん」

「なに?」

「空を見て」

 空には満天の星が輝いていた。


「なにこれ! キラキラがいっぱいある。これってお星様?」

「そうよ。初めて見るでしょ?」

「うん。なんであんなにピカピカしてるの?」

「お星様だからよ。核融合してるの」

「核融合?」

 奴隷ちゃんは聞き慣れない言葉に、小首をかしげている。


「難しいわね。私も核融合はよく分からないけど、お星様のきれいさは分かるわ。分からないことは分からないままででいいのかなって思うようにしてるの。だって、よく分からなくても私がきれいだって思うことは本当でしょ?」

「うん、きれいなのは変わらない。この気持ちが変わるまできれいな物はきれいな物だね」

 二人でしばらく夜空を見上げた後、私は奴隷ちゃんに声を掛けた。


「奴隷ちゃん。足下」

「?」

 奴隷ちゃんの乗っているアヌビスの足下には小さな多口型のエイリアンが触手を使って移動していた。


 多口型は口が付いた触手でアヌビスの足に触れると、足をまさぐっている。

 幼体ながら、可食部分はないものかとアヌビスに探りを入れているのかもしれない。


「奴隷ちゃん、その足下に居るエイリアンを踏み潰して」

「え、ちっちゃいよ。子供だよ」


 奴隷ちゃんの気持ちはもっともだ。私はエイリアンの子供を殺せと言ったのだ。

 抵抗があるのは当たり前だ。


「奴隷ちゃん。アヌビスは鋼鉄の城とも呼ばれるわ。でも、隊長さんたちみたいな外部行動員にとってはその子供のエイリアンでさえも十分な脅威なの」

「でも、ちっちゃいと可哀想だよ」

「そのエイリアンの子供もね、いずれ大きくなるのよ。大人になったら今よりもっと凶暴になるのよ」

「凶暴……大佐みたいに?」

「うん、まあ、うん」

 奴隷ちゃんの中ではスティーブン大佐が凶暴の基準のようだ。


 まあ確かにスティーブン大佐は凶暴だし、イカレていた。そのおかげで私の貞操は守られたが、手酷い目にも遭った。私としては記憶の奥底に沈めていたかったが、そのすべを持たない奴隷ちゃんはその声音こわねからも分かるように今も苦しんでいるようだった。


「ごめんね」

 奴隷ちゃんは、幼体のエイリアンを踏み潰した。

 無残に潰れた多口型のエイリアンは触手を震わせながら、息を引き取った。


「ねえ、ジェシカお姉ちゃん……」

「なあに、奴隷ちゃん」

 聞き返したが、そこから奴隷ちゃんは語らなかった。奴隷ちゃんの乗るアヌビスも身じろぎもせず、静止している。


 私は押し黙って奴隷ちゃんの口から出るであろう言葉を待った。

 子供だからこそ、思いを言葉として表現するのに時間が掛かっても不思議ではない。

 ここは待つべきだろうと私はじっと耐えた。


「ちっちゃいエイリアンでも凶暴なんだよね。だから大佐だと思って踏み潰したんだけどすっきりしないなって。どうしてだろう」

「傷ついているからよ。私だって怖かった」

「うん」

 奴隷ちゃんはモニター越しに私の意見を肯定している。


「だから嫌なことを忘れるために、おいしいものを食べて、好きな人に会って、忘れるの。嫌な人のことばかり気に掛けてると、自分の人生が嫌な人ばかりを思い出す嫌な人生になってしまうわ。だから気分転換よ」

「気分……転換」

「そうよ。嫌なことを忘れたいのなら、好きなことをするのが一番よ。奴隷ちゃんの好きな事って何かな?」

「……私、隊長さんが好きなの。雑草パスタ、また食べてもらいたい」

 短い願いだったが、奴隷ちゃんの願いはしっかりと聞くことが出来た。


「勇気隊長も体が動くようになれば、きっと奴隷ちゃんのパスタを食べてくれるわ」

「うん……うん……」

 奴隷ちゃんはモニター越しに泣いていた。


 ヘルメットの中で籠もれる嗚咽おえつに、私の心は痛みながらもある覚悟を決めた。

 必ず勇気隊長の下半身不随を治す。

 そうすれば奴隷ちゃんも隊長さんも幸せ。くすぶっているサイモンは勇気隊長の部下に戻って幸せ。


 私は……どうなんだろうな。隊長さんのことは好きだけど奴隷ちゃんのことも好きだ。

 私は奴隷ちゃんを応援したいけど、応援し切れていない。


 ポンコツな私を受け入れつつ、しかもエイリアンが蔓延はびこる窮地から脱出できたのは勇気隊長が率いたチームアポカリプスのおかげだ。


 勇気隊長はとりわけ優しく、私に対して庇うような態度を見せてくれた。


 私は勇気隊長が好きだった。大好きだ。その気持ちは今も変わらない。


 でも彼は背中を貫かれ、生死の境目を揺蕩たゆたって、こっち側に戻ってきた彼を待ち受けていたのは下半身不随だった。

 それでも私は彼に思いを打ち明けたいと思う一方で、奴隷ちゃんのことも気に掛けている。


 今、彼に告白したらなんと言うだろうか。

 この前はそれどころじゃないと言っていたけど、もう少し体調が良くて機嫌も良かったらなんて言ってくれただろうか。


「同情しているのか。それとも責任を感じているのか。大丈夫だ、俺はこの通りな」

 彼は強がりながら、光の入らぬ虚ろな目つきでそう答えるかもしれない。


 そうだ、サイモンがぼやいていた。

 最近は勇気隊長が死にたがっているように見えて辛い、と。


 足掻あがいてあらがって、それでも終わりなき苦痛が見えた時、人には死が桃源郷のごとき救いに見えるそうだ。

 私も虐められていた時には死んだ方がマシだと思っていた。


 徐々にすり減る精神のわだちに流れ込んだ涙が三途の川となる。


「はあっ」

 私は小さくため息をついた。


 この状況をどうにか出来るのは私たちだけだ。

 やるしかないんだ。


「奴隷ちゃん、今日は帰ろう。もちろん他の訓練生にあまり見つからないようにね」

「分かった」

「今日は頑張ったから、すぐ上達するわよ」

「本当?」

「本当よ。あくまでもサイモンさんが乗るからゆっくり歩くのよ」

「うん、分かった。隊長さんのために頑張る」


 奴隷ちゃんは自信に満ちた目で私に志を示した。

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