第二話 夜伽とお化け騒動
トイレ掃除を終え、私は司令部に戻った。
「大佐、トイレ掃除が終わりました」
「ご苦労だった」
ジョナサン大佐はむつくれたまま椅子に座っている。
私からも機嫌を取るためのアプローチは特にせずに、書類に私の判子を押していた。
こんな仕事は些末な書類だ。手は抜かないが、いつも通りの書類だし、書いてあることはいつも変わらない。
それも終わると、私は司令部を出て、訓練室に向かった。
今日から奴隷ちゃんには特別メニューだ。
外部行動における上級者プログラム。外部遠征の指導を行う。
私は訓練室に早歩きで訓練室に向かった。
昨日の雰囲気からして虐められていなければ良いのだが。一応釘は刺したが、良い方向に向かっていることを願う。
訓練室のドアを開けると、黄色い声が聞こえてきた。
「それでね、それでね、ぎゅっと抱きしめてくれたんだよ!」
奴隷ちゃんが頬を赤らめて、見たことのない女性訓練生二人と恥ずかしそうに話をしている。
「え~マジ? ヤバ~い!」
「ちょちょちょ! いい人思ってたんですけど、引いちゃう自分もいるかな」
なんだろう。奴隷ちゃんと女性訓練生との年齢はかなり離れているようだが、凄く盛り上がっているようだ。
「ねえねえ。私は魅力的かな? 魅力的じゃないと待っている間に他の人に取られるかも」
奴隷ちゃんは凄く悲しそうな顔をしている。
なんだろう、恋愛話かな?
「どうして? どこが魅力的でないって思うの?」
女性訓練生の一人が悲しそうに小首をかしげている。
「私、お姉ちゃんたちみたいに、おっぱい大きくないもん」
「大丈夫よ。しっかり食べてればそのうち大きくなるから。それにね、男たちって、大きいのが良いって言ったり、小さい方が良いって言ってたりするでしょ」
「そうなの?」
「そうよ。結局の所、好みの個人差はあるけど男はみんなおっぱいが大好きなの。気にしなくて良いと思うわ。ねえ、みんなもそう思うでしょう!」
「貧乳最高!」「まな板上等!」
男性訓練生が手を上げて反応している。
なんだなんだ。みんな仲良くしてるように見えるぞ。この前の忠告が役に立ったのだろうか。
「ほらね、男なんてこんなもんよ。大丈夫、ベンチプレスしてればおっぱいなんて大きくなるわ」
「そうなんだ。でも私、ベンチプレスできない」
「大丈夫。ダンベルがあるから。ほら、効果的な訓練方法を教えてあげる」
奴隷ちゃんは女性訓練生たちに囲まれながら楽しそうに訓練している。
何故だ。何故あんなに仲良く出来るんだ。私は友達がなかなか出来ないのに、数日でこんなに年の離れた友達を作るとは奴隷ちゃん恐るべし。
悔しくなったが、確かに奴隷ちゃんは明るく可愛らしい。
私の忠告が入れば、好かれない方がおかしいだろう。
どうしよう。今入っても良いのだろうか。私、邪魔じゃないだろうか。
子供たちが遊んでいる最中に親が来て、宿題をやれと、言った時のような静寂が広がりそうな気がする。
しかし、勇気隊長の復活は私たちチーム・アポカリプスと奴隷ちゃんの悲願である。体調の良くない隊長さんが、彼岸に逝く前に悲願を達成させなければならない。
私は意を決して、訓練室に入った。
訓練生たちは驚いた様子で、身を正し始めている。
「ジェシカ大佐補佐。お疲れ様です」
「こんにちは」
私も笑顔で、みんなに対応をした。
「あ、ジェシカお姉ちゃ……大佐補佐」
「今日はね、レイに話があるの」
「どうしたの?」
「ちょっとこっち来て」
声が聞こえないように、奴隷ちゃんを訓練室の隅に私は呼び出した。
「あのね、アヌビスに乗ってもらいたいの。数日以内に遠征に行ってもらいたいの」
「え、もう? まだ乗ったことないよ」
奴隷ちゃんは戸惑うばかりだった。
アヌビスに乗ったことのない人間が、いきなり外部遠征という上級ミッションを行えと言われたら困惑するのも当然だろう。
「だから私が来たの。隊長さんの薬が欲しいでしょ」
「治せるの?」
「ええ、その薬が他のシェルターにあるの」
「本当? ジェシカお姉ちゃんが取りに行くの?」
私が首を横に振ると、奴隷ちゃんは、はっとした表情をしている。
そしてすぐさま私に敬礼をした。
「失礼しましたジェシカ大佐補佐。行ってらっしゃいませ!」
違う、そうじゃない。
奴隷ちゃんが礼儀正しくないから行かない、とかそういうつもりじゃない。
「あのね、奴隷ちゃん。お願いがあるの。私は他のお偉いさんに睨まれて、遠征に行けないの。サイモンと一緒に行ってもらえる?」
「酸素が足りるかな? サイモン死んじゃうよ」
「任せておいて。外部遠征用のアヌビスがあるからそれを使う。そのための訓練をするわ」
「私がアヌビスに乗っていいの? みんなずるいって言わないかな?」
「大丈夫よ。大佐補佐の地位は伊達じゃないわ。日程を組むからその間に心の準備をしてね」
「うん、分かった」
奴隷ちゃんに心づもりをさせると、奴隷ちゃんは首を縦にぶんぶんと音が鳴るくらいに振っている。
「じゃあ、この後私は筋トレをするから。明日からにしましょう」
「うん。ねえ、ジェシカお姉ちゃん」
「なあに?」
奴隷ちゃんは小首をかしげて、凄く不思議そうにしている。
「夜伽ってなに?」
「はえっ!?」
なんてことを聞くんだ。
ちなみに夜伽とは、二つ意味があり、一つ目の意味は死人に添い寝をする人のことを指す。
もう一つの意味は、夜中に性的な奉仕をする女性のことを指す。
奴隷ちゃんは恐らく後者の意味で言われているのだろう。
「それはね……エッチな意味よ!」
「え、本当? どんな意味?」
「それは……」
まあ、確かに勇気隊長とそういう関係になっていたかもしれない。
奴隷で可愛らしいから、有無を言わせず、あんなことやこんなことを……ああっ、うらやましいっ! 私も勇気隊長と、ベッドの上でご一緒したい!
「それにしてもそんな言葉、誰から聞いたの?」
「他の訓練生が、私はジェシカ大佐補佐の夜伽だから、私が優遇されるのは仕方がないって言ってたよ」
疑惑のネタは私かい!
みんなの私に対する印象は、他人の奴隷を寝取る鬼畜レズビアンだって事?
事態が悪化する前に対処しないとならないだろう。
「ちなみに誰が言ったの?」
「アンナだよ」
「そうか、じゃあお姉ちゃん、事の真相を尋ねてみるね」
私は奴隷ちゃんの立ち会いの下、女性訓練生のアンナと会った。
「初めましてアンナ。忙しい所ごめんね」
「い、いえ。大佐補佐が私のような訓練生に話しかけていただけるなんて光栄です。何のご用ですか」
何のご用ですかと言える時点でこの子は相当図太いか、もしくは白だろう。
「レイに夜伽という言葉を聞かせたらしいけど本当?」
「い、いえ、直接は言ってません。ですが噂にはなってます。レイが大佐補佐の部屋で、裸の女性が出てくると言ってました。きっとジェシカ大佐補佐に性的暴行を受けているから白昼夢でも見ているのではないかとみんなで話題になってました」
「んなっ。そんな噂が……レイ、裸の女の人を見たの?」
「見たよ。なんかね、見たことがある人だったけど、誰だか分からない。でもみんなには見えなくて私にしか見えないの。私、頭おかしいのかな?」
不安そうに奴隷ちゃんは眉毛を下げている。
「大丈夫よ。レイのことは私が信じてるわ。でもどうして私に言ってくれなかったの?」
奴隷ちゃんに尋ねると、奴隷ちゃんは申し訳なさそうに両手を前で組んで、身をよじっている。
「だってお化けが見えるって言ったら気味が悪いって言われるもん。だから言わなかったの」
確かにその通りだ。
「そっか。ありがとう」
「ジェシカお姉ちゃんが部屋に居た時にもその人居たよ」
「ええっ!?」
なにそれ。本格的に怖いんですけど。
「と、とと、とりあえず、居たら教えてちょうだい」
「うん、分かった」
心臓の拍動に顔をしかめながら、私はトレーニング器具の前に立った。
気のせいだ。奴隷ちゃんも疲れがたまっているんだろう。
私は恐怖を運動することで塗りつぶしてしまうことにした。




