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私、酸素拾います!  作者: メケ
ジェシカの章・その2
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ジェシカの章・その2 第一話 従順な大佐補佐

 サイモンと別れた私は、外部行動員の司令部に向かった。


 左官たちは相も変わらず書類とにらめっこをしている。小声で酸素が足りないだの他のシェルターから来た物資の融通ゆうづう依頼など眉間にしわを寄せながら見ていた。

 レベッカもジョナサン大佐もいない。

 おそらく裁判中なのだろう。


 私は三十分ほど掃除をしながら時間を潰した。


 するとレベッカとジョナサン大佐とライス中佐が戻ってきた。


 レベッカは席に着くと、涼しい顔をしながら仕事をし始めた。

「?」

 向こうも私に気付いたようで、笑っている。


「ううっ、うう~」

 ライス中佐の様子がおかしい。自分の机の前で泣きながら、段ボール箱に自分の私物を詰めている。非常に気になるが、なんとなく関わってはいけない気がする。


 私はレベッカに手を振って笑い返した後、私は大佐の席の前に立った。


「ん、どうした?」

 席に着いた大佐は不思議そうな顔をしながら、私の方を見上げている。

 物腰柔らかで何でも聞くよと言わんばかりの態度のジョナサン大佐に相談すれば、何でもお願いを聞いてもらえそうだ。よし言ってみよう。


「勇気隊長の薬を取りに行くために、第六十七番シェルターに遠征させてください」

「……」

 それまでの表情とは打って変わって、大佐の表情は厳しいものとなった。


「勇気隊長か。確か、議長の息子だったな」

「はい」

「ダメだ」

「どうしてですか」

 私は食い下がる他なかった。


 勇気隊長が治れば、この胸につかえた気持ちも収まるだろう。

 私のせいでチーム・アポカリプスが崩壊したんだ。ならばせめてもの罪滅ぼしで、勇気隊長の体を治療したいこの気持ちの何がいけないと言うんだ。

 私は大佐の次の言葉を待った。


「いいか。知っているかと思うが、お前は外部行動員たちのジャンヌ・ダルクだ。第六十七番シェルターに行って、死んでもしたら割を食らうのは白人たちだ。宗教というものは恐ろしく、弱い人間にこそ特に根付く。今のお前に死なれたら、聖女のための聖戦を狂信者たちが行い、このシェルターに混沌が満ちるだろう。お願いだから諦めてくれないか」

「では代わりに誰かが行くというですか」

「それは後で決める」

「後っていつですか。私は勇気隊長に命を救われたんです。こうしている間にも勇気隊長の体は廃用症候群はいようしょうこうぐんが進んで……」

「上官の命令は絶対だ。いつから口が出せるほど偉くなった?」

「んっ……」

 私は口を閉ざした。


 大佐補佐と言えど、所詮しょせんは有って無いような肩書きだ。

「すみませんでした、大佐」

 仕方ない。肩書きじゃんけんでは私よりも大佐の方に軍配が上がる。

 別な作戦を考えよう。


「ジェシカ大佐補佐。そんなに仕事が欲しいなら便所掃除でもしてこい」

「はい」

 私は仕方が無いので、便所掃除のためにトイレに向かった。


 男子トイレの中に入り、鏡に向かうと自分の顔を見つめた。

 泣いてばかりだったあの頃と比べれば、今の生活は、いかに穏やかなことだろうか。

 スティーブン大佐に顔を蹴られて、泣いていたあの日のことが少し懐かしく思えた。


 蹴られたあの時に鼻血が出たのは、鼻の中に傷が付いて、出血したからだ。

 では現在、出血していないのは何故か。


 答えは単純、傷が治ったからだ。


 そう、人は傷を癒やせる。肉体的外傷も心的外傷もある程度は治るものだ。

 チーム・アポカリプスに対する、この喪失感とも無念とも言えない重苦しい気持ちも、時間の経過とともに消えていくだろう。そう、治るのだ。


 それでいいのか。

 今の自分なら。そう、現在の自分なら、確実に良くないと言える。


 しかし、このまま時間が経って、今の気持ちでい続けられるかと言われれば、答えは違うだろう。


 いずれ、私は勇気隊長の部屋に顔を出せなくなる。

 せっかく命を救われたのに、大佐一人を説得できない無能だ。時間が経てば経つほど、勇気隊長の部屋へ訪問するには敷居が高くなっていくのは間違いない。


「さて、次の一手はどうするか」

 私は外部遠征が出来ない。ならば他の人にさせれば良い。


 目をつむり、浮かんできたのは屈託くったくのない笑顔の少女だった。

 奴隷ちゃんか。彼女なら私の指示が通る。

 勇気隊長のおかげで私が奴隷ちゃんを管理し、教育し、命令することが出来る。

 彼女ならやってくれるだろう。まずは遠征のために作戦を練らなくてはならない。


「さて、始めますか」

 作戦が練り上がるまでは従順で行こう。勘付かれないように私の権利を最大限行使して、勇気隊長を治療するんだ。


 男子便器の中にこびりついた黄ばみが中々とれず、私は頬を膨らませていた。


 確かトイレの改修は十年くらい前に行われたらしいので、この便器は十年以上使っているはず。

 シールを見ると十二年前に交換されていると記されていた。


 黄ばんでいても仕方が無いのだろうけど、もうちょっときれいな方が使う側も気持ちいいだろう。


 便器職人が少ないので、需要に対して供給が追いついていないのが実情だ。

 汚くなった便器を取り外し、新しい便器に取り替えるまでが便器職人の仕事内容らしい。


 不衛生な場所で不衛生な作業を行うので、やりたがる人は居ない。だがそれこそチャンスではないか?

 もし、軍人を辞めたらその道も悪くはないかもしれない。


「大佐補佐、何やってるんですか?」

「?」

 振り向くと、中年の男性軍人が立っていた。ジャック少尉だ。


 目尻に皺が寄っているのはいつもよく笑っているからなのだろう。


「掃除です」

「はあ。大佐補佐が?」

「はい。ジョナサン大佐を怒らせてしまったので」

「それで……トイレ掃除ですか。大佐補佐が?」

「はい」


 その後、事情を話すと、ジャック少尉は神妙そうな顔をしていた。


「勇気隊長のために薬が欲しいんです。でも大佐からは許可が出なくて……もう諦めた方が良いのでしょうか」

「若いうちは無理をするのも仕事ですよ。ただし、みんなに迷惑はかけてはいけません。私も若い頃は無理をしました」

「え、ジャック少尉がですか?」

「はい、楽しかったですよ」

「何をやったんですか。穏やかなジャック少尉が無茶をした話、すごく気になります」

「ははははは。また今度で良いですか。おしっこしたいので」

「あ、はい」


 私は顔を赤らめて、トイレから一時離れた。


 私は従順に見える大佐補佐の一環として、私はトイレ掃除を始めた。

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