第四話 奴隷ちゃんとお食事
軍人食堂に行く道中で奴隷ちゃんはチラチラと背後に視線を向けている。
私も背後に視線を配ると、女性訓練生二人と目が合った。
わざとらしく二人は目をそらし、きな臭さを醸し出している。
その後、私たちは食堂に着いた。
私は自分で食器に食事を盛り、奴隷ちゃんの隣に着席した。
奴隷ちゃんは一足先に席に座ったままだ。テーブルの上には何ものせられていない。
「レイ、取ってこないの?」
「私のお盆は来るの……です」
やがて奴隷ちゃんの席に、給食のおばちゃんが配膳をしてきた。
バッタと粗末な雑草や雑穀が載ったお盆が奴隷ちゃんの本日のお昼ご飯だ。
他の軍人とは違い、粗末な食事は継続されているようだ。
他の軍人たちには肉だが、奴隷ちゃんはバッタが乗っている。
これはまずいぞ!
バッタは奴隷の食事だ。わざわざ身分を隠していたのにこんなところでバレるなんてあってはならない。
「いただきます……今日もおいしい!」
さっきは勇気隊長のことを憂いていた顔も、ご機嫌そうな笑顔に変わり食べていた。
奴隷ちゃんはおいしそうにバッタを食べるので、本当はおいしいんじゃないかと一口食べてみたくなった。
徐々に食堂に訓練生が入ってきて、席が埋まっていった。だが、私たちの目の前だけ中々埋まらなかった。
そして残った二人の軍人が席に着こうとせず、うろうろと食堂内を歩いている。
この二人は先ほど私たちの背後を歩いていた女性訓練生の二人組だ。
「向かい、失礼します」
二人は渋々と言った表情で席に座った。
私たちと目を合わせずに、二人は食事を取り始めている。
私も気にせずに食事を食べ始めた。
「ねえ、ジェシカ大佐補佐。バッタ食べますか?」
私の隣で奴隷ちゃんは目を輝かせて、箸でバッタを私の前に差し出してきた。
いざ食べるとなると、バッタが鮮明に見えてきた。
奴隷ちゃんが差し出しているのは揚げたバッタだ。形はしっかりあるし、足もしっかり残っている。
「これね、トノサマバッタだよ。こっちがね、コバネイナゴ。おいしいよ、食べてみて!」
早く食べてと言わんばかりに奴隷ちゃんは満面の笑みを振りまいてくる。
「うっ……」
対面していた二人は信じられないような物を見るかのように、顔を歪めている。
首を振りながら二人は自分の食器に目を落として、食事を摂り始めた。
たしかに皿いっぱいにバッタが盛られていたら気持ち悪いだろう。触角までしっかり残っているのが生々しい。
そして確信した。
奴隷ちゃんはいつも独りで食べている。
これは女の勘だが、トーリ軍曹が食べてやってくださいと私にお願いしたのも、奴隷ちゃんを見かねての事だろう。
「あ、あ~ん」
私は口を開くと、奴隷ちゃんはゆっくりと箸を近づけてきた。
ううっ、こんな物が私の中に入っちゃうんだ。
口の中にポトリとバッタが落ちる感触がした。
舌でなめると甲殻類の固い表皮が舌に当たる、
ああ、バッタだ。これ、バッタだよ……
仕方が無いので、私はゆっくり咀嚼し始めた。
パリ、パリ、モリ、モリと自分の咀嚼音が耳に響く。
あ~エビみたいな味だね。
「以外とおいしいね」
私の正直な感想はそれだ。
エビは農業層の田んぼの隣で養殖されているが、陸の生命体でそれに似た味がするとは思ってもみなかった。
「でしょ?」
奴隷ちゃんは得意そうに胸を張っている。
「もう一匹ちょうだい」
私はもう一匹バリバリとバッタを食べた。
塩こしょうが良い味を出している。
目の前に座る二人の訓練生は信じられないような顔をしている。
「おいしいよ、食べる?」
私は目の前で顔を歪めている二人に問いかけた。
「い、いえ。結構です」
二人は顔を引き攣らせながら遠慮している。
「よく一緒にご飯を食べてるの。可愛い妹みたいな子だから、良かったら仲良くしてあげて」
私は奴隷ちゃんの肩を抱いて引き寄せた。
私はこの二人が気に入らない。今まで人を虐めてきた人間の目つきだ。
虐げられていた私には、他人を虐げてきた者たちの目が分かる。
自分のことを獲物を探すオオカミと勘違いした犬っころにも劣る、畜生の眼光。
あの時は私は不甲斐なかった。
私の味方をしてくれたはずのみんなに、かえって迷惑を掛けてしまった。
一番大事な人たちだったのに、私はなぜか遠ざけてしまった。
そして、私を嫌おうとしている人たちに私は媚びへつらい、返ってきたの侮蔑と暴虐ばかりの散々な日常だった。
勇気隊長が渡してくれた本には、自分のことが嫌いな人に好かれるよりも、自分のことが好きな人にもっと好かれることが有意義で簡単なことです、と書いてあった。
まさにその通りだ。勇気隊長も私にもっと早く本を貸してくれれば……いや、私は仮に本を借りていたとしても、本の内容を軽んじただろう。何も信じられなかった。
それよりも私のことを好いている人から離れ、嫌われている人たちに好かれようとする狂ったような行動は、なおさら強化されていったかもしれない。
だからこそ、その闇から引きずり出してくれる強い存在が必要なのだ。
私を勇気づけ、正気に戻してくれたチーム・アポカリプスには感謝しっぱなしだ。
今度は私が、傷ついた誰かを守る番だ。
かといって脅すような真似はよしておこう。奴隷ちゃんの世間体もある。
「今日ね、ダンベル三キロ持てたんだよ。凄いでしょ?」
まるで自分の家族に今日起きたことを報告するかのように、奴隷ちゃんは私に笑顔を振りまいている。
勇気隊長がアヌビスに貫かれた時には敵意むき出しだった奴隷ちゃんが私にこうして優しく微笑みかけてくれるのは勇気隊長が奴隷ちゃんを説得したおかげだとサイモンさんは言っていた。
私が眠っている間に、勇気隊長は驚異的な回復力で目を覚まし、奴隷ちゃんに事の顛末を話したという。
奴隷ちゃんは勇気隊長の下半身が動かなくなっても隊長さんについて行くことを誓い、他の場所でも働くことを決めたという。
その後、少将が血相を変えて部屋にやってきて、カースト制度終了の宣言予定と仲直りの握手をしたいと勇気隊長に言ったそうだ。
少将は自分の孫娘が殺しを行っていたスナッフ動画が出回っていたため、立場が危うくなって焦っていたという。
少将の事情を事前に知っていたサイモンは勇気隊長にリリィ少佐のスナッフ動画の件を伝え、勇気隊長は落ち着いて少将と交渉をしたそうだ。
交渉の結果、奴隷ちゃんを軍にねじ込む約束を取り付けるという荒技に出たらしい。
奴隷ちゃんの面倒は私が見ることが更に条件として付けられた。
だが、少佐では地位が低いのでもっと発言力が上がるように適当に理由をでっち上げて昇進という形を取ったそうだ。
それが私が聖女と呼ばれるたくさんの理由の一つでもある。
即ち、私の昇進は様々な人間の思惑が交錯して、一番ちょうど良い役職が大佐補佐という役職だった。
「ダンベル三キロは凄いなあ。私もそれくらいが限界だよ」
「そうなの?」
「うん。頑張ればもっと重いダンベルが持てるようになるよ」
「楽しみだな。隊長さんみたいにムキムキになる。そしたらね、お世話がもっと簡単にできるんだよ。ゴロゴロってね」
奴隷ちゃんは勇気隊長の体位変換について述べているようだ。
体の大きな勇気隊長を奴隷ちゃんが一人で動かすのは、至難の業だ。
力のない奴隷ちゃんの腰と、病状が悪化した勇気隊長の肉体どちらにも負担が掛かる作業になる。
そのためにも奴隷ちゃんは筋肉を付けたいのだろう。
「私のお肉も食べて」
私はフォークとナイフで鶏肉を半分にして、私は奴隷ちゃんに与えた。
「いいの?」
「いいよ。早く体力を付けて、元気になったら隊長さんのお世話を頑張ろうね」
「うん」




