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私、酸素拾います!  作者: メケ
ジェシカの章その1
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第三話 暇な私は訓練所に向かう

 白人層に戻った私は廊下を歩き、訓練所に向かった。


 大佐補佐として訓練生たちの訓練状況の視察も必要である。

 そう、私は暇なんだ。時間を潰さないと、私はただの置物にしかならない。


「お邪魔します」

 中に入ると軍人たちが器具を使って肉体を鍛え上げている。


 カースト制の廃止は決まったが、今のところ軍人は、ほぼ白人しかいない。

 その中で一際ひときわか細く、目立つ少女が一生懸命にダンベルを持っていた。


「レイ、調子はどう?」

 私は奴隷ちゃんにそう呼びかけた。


 カースト制度をなくすからと言って、翌日からカーストのたがえた者たちが笑顔で握手をする訳がない。奴隷ちゃんの身分が奴隷と言うことを知られたら袋だたきに遭う可能性だってある。

 だからこそ奴隷ちゃんと呼ばずに別の名前で呼ぶ事にした。


 私が呼び名を変えると言った時、奴隷ちゃんはとても反対した。

 当たり前の話だ。世間体は良くないが、奴隷ちゃんにとっては敬愛する隊長さんからもらった大事な名前だ。反対するのも無理はない。


 だが、隊長さんが、

「奴隷ちゃん、コードネームだ。スパイ映画を一緒に見たろ。それと同じだ」

 隊長さんの一言で、奴隷ちゃんは銃を構えるようなポーズを取った。


「そう、それだ」

「コードネーム欲しい! スパイごっこする」

 勇気隊長は、私の目を見てゆっくりと頷いた。


 なるほど。事が上手く進むように隊長さんが導いてくれたようだ。

「奴隷ちゃんって名前からあやかって、レイなんてどうかな?」

「それなら良いよ。可愛い、かっこいい!」

 そのような会話で、上手に奴隷ちゃんを納得させてくれた。


 

「あ! ジェシカお姉、少……大佐補佐」

 色々と間違えながら奴隷ちゃんは私を見て、満面の笑みを浮かべている。

 初等科の授業参観に親が来たかのような笑みに、私は少し懐かしく思った。


「あのね、今ね、筋トレしてるの……してます」

「うん、頑張ってるね」

「隊長さんは?」

「まだ具合悪そうだったよ」

「そっかぁ。私も頑張らないとな」

 奴隷ちゃんは寂しそうにとぼとぼ歩いて、トレーニングに戻ろうとしていた。


「食事の時間だ。さっさと食堂に集まれ!」

「ごはん!」

 先ほどとは打って変わって、奴隷ちゃんは目を輝かせながら食堂の方に向かって行った。


 悲嘆に暮れていても勇気隊長の状態が悪いことに変わりはない。

 ならば彼女のように、気分転換が出来る人間が一番効率的なのかもしれない。


 それにしても今日はずいぶん遅く来てしまったようだ。もっと早い時間に来たと思っていたのだが、まさかもう昼時とは驚いた。


「今日もっ、今日もっ、バッタの山盛りか~な?」

 奴隷ちゃんは呑気に歌いながら、歩を進めていく。


 彼女に他意が無いことは、彼女の恍惚とした顔から分かる。

「あ、そうだ! ジェシカお姉ちゃんも一緒に食べようよ」


 甘えた声を出して、奴隷ちゃんは遠くから私に手を振ってきた。

 相変わらず可愛らしい少女だ。

 私は奴隷ちゃんに近づいて頭をゆっくりと撫でた。


 ……髪の毛が傷んでいる。


「レイ、ジェシカ大佐補佐だ。ここでは口には気をつけろ」

 私の横に、体の引き締まった中年男性がやってきた。


 鬼軍曹と呼ばれるトーリ軍曹・三十七歳だ。

「はい、分かりました。ジェシカ大佐補佐、一緒に食べに行きましょう」

「初めてなんだけど、いいの?」

 戸惑う私に、

「お願いします。食べてやってください」

 と、一言だけ言ってトーリ軍曹は去って行った。


 許可は出た。


 だが、トーリ軍曹の言い方が非常に気になった。

 食べても良いですよではなく、

「お願いします。食べてやってください」

 と彼は言った。非常に含みがある言い方な気がする。


 何かあるな。


「レイ、困った事があったら教えてね」

「……大丈夫だよ。それより早く行こう」

 妙な間があった。やっぱり何かあるのかもしれない。ここは聞き出した方が良いだろう。


「ねえレイ。困った事があったら……」

「大丈夫だって言ってるでしょ!」

 奴隷ちゃんは目を大きく開いて私の手を振り払った。


「あ、う……」

 でもバツが悪そうにしどろもどろになる奴隷ちゃんに私は危機感を感じていた。

 今の奴隷ちゃんがどうしても過去の私と被って見えてしまう。


「ジェシカ大佐補佐。ごめんなさいです。ご飯を食べに行きましょう」

 奴隷ちゃんは私の手を取ったが、目は合わせてこない。


 私のアプローチは失敗に終わったようだ。これ以上の深追いは奴隷ちゃんの拒絶に繋がる可能性がある。

「お腹空いたね、レイ」


 私は奴隷ちゃんと手をつないで、軍人食堂に向かった。

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