第二話 ジェシカの早とちり
「失礼します」
勇気隊長の部屋の中に入ると、勇気隊長はやつれた顔をこちらに向けて微笑んできた。
「こんにちは。勇気隊長」
「お……ジェシカか? いつもすまないな」
勇気隊長の動作が緩慢だ。以前より明らかに弱っていた。
「いえ、勇気隊長が私を守ってくださったから今の私がいます」
「ふふ、照れるな」
弱々しく彼は笑っている。
私は医療用の手袋をしてから点滴のミキシングを行い、勇気隊長に接続された点滴の交換を行った。
水分と、電解質が入った点滴だ。他にも糖分の入った点滴も行っているが、成人男性の必要摂取カロリーには到底達しない。
更に抗生剤を点滴スタンドに吊して、側管から投与し始めた。
資格は持っていないが、これくらいなら私にだって出来る。
「何か食べたいものはありませんか?」
「……ないな」
勇気隊長は何か言いたそうだったが、取りやめてからそう呟いた。
もしかしたら奴隷ちゃんの作ったパスタと言いたかったのかもしれない。
だが奴隷ちゃんを彼と会わせることは出来ない。
奴隷ちゃんには休息が必要だ。
奴隷ちゃんに勇気隊長の世話をさせたら、また倒れるまで尽くすだろう。少し時間をおく必要がある。
「分かりました。勇気隊長に話したいことがあるんです」
「なんだ? もしかしてサイモンが言っていたことか?」
「!?」
あれ? サイモンは先ほどレストランにいたような気がするけど、もしかして先に戻っていたのだろうか。
勇気隊長は目を開き、期待した顔をしている。
もしかして、私と結婚したいのかな?
有色人種が嫌いな父の前では、勇気隊長が好きで結婚したいとは言えなかったけど、興味がないわけじゃない。私だって本当は人並みに恋をして結ばれたい。
サイモンはいつの間にか私を越して勇気隊長に結婚の話を聞きに行ってくれたみたいだ。サイモンって以外と面倒見が良いところがあるんだなと私はサイモンを少しだけ見直した。
私は意を決して、半ば心に余裕を持ちながら勇気隊長の前に立った。
「そうなんですよ勇気隊長さん。話っていうのは……どうか、私と結婚してください!」
「……は?」
「結婚、してください!」
「…………はぁ~」
勇気隊長はため息をつき、顔を覆った。
あれ、なにこの反応? 結婚したかったんじゃないの?
「俺はな、足が動かないんだ。それに勃たない。不能なんだよ。こんな状況で結婚だなんて考えられないだろ」
「あ、ああ……」
私は二の句が継げず、震えることしか出来なかった。
墓穴を掘り、そこに地雷を撒いてタップダンスしているような気分になってきた。
「とりあえず、聞かなかったことにする」
勇気隊長は頭まで布団を被ってしまった。
どうしよう。怒らせてしまった。
「おう、隊長。たった今ジェシカに珍しいモンを食わせてもらったぜ」
サイモンが笑顔で部屋に入ってきた。
勇気隊長は布団から顔を出して、誰が来たのかとかと顔を歪めている。
「サイモンか。よく来たな」
少し困った顔をして、気怠げに隊長は笑っていた。
「お、ジェシカここにいたのか?」
サイモンが手を挙げてにこやかに挨拶してきた。
「え?」
そうか、私は早とちりをしていた。
時系列を考えれば、サイモンが下のお店でホットケーキを食べていたのに、私より先にこの部屋に来るはずがない。私は馬鹿だ。
「これ食ってくれよ。ホットケーキだ。ちょっと冷めてるけど美味いぞ」
「分かった。一口だけ」
「全部食えよ。まあいい、食えるだけな」
サイモンは笑顔で勇気隊長にホットケーキを食べさせている。
勇気隊長は弱々しく咀嚼をしていた。
「おいしいよ」
「だろ? 良い匂いが、フガフガするだろ?」
サイモンは満面の笑みで隊長に笑いかけている。
「おい、ジェシカ。そういえば例の薬の件はどうなった」
サイモンは振り向いて私の方を見ている。
勇気隊長も、少し睨み加減に私を見つめていた。
ああ、そうか。やっぱり話ってそっちの方だよね。私、完全に舞い上がってたわ。
「分子標的薬のことですか?」
「ああ、そうだ」
一般的に神経細胞は再生しない。
それは神経の末端に特殊な化合物が結びつき、神経の再生を抑制するからである。
勇気隊長に適している治療法として他には細胞療法がある。
しかし、ES細胞やiPS細胞を代表とする細胞療法は、この施設で実施するには設備が不十分だ。
そのため、勇気隊長をアヌビスのパニックルームに乗せて、他のシェルターへ運ぶ作戦も考えられた。
だが、勇気隊長の体力が持たないので、辞めた方が良いと医師からは説明されている。
そして残った手段が薬だった。
神経の再生を阻害する化合物の排除を行えるこの薬は勇気隊長にとって最適である。
だが、その薬の製造方法は他のシェルター・第六十七番シェルターが持っている。
「第六十七番シェルターに連絡はしましたが、繋がりません。三ヶ月ほど前からずっとこの状態です」
「どうしてだ。エイリアンに施設を破壊されたのか?」
サイモンがいらだちを隠せないでいる。
「偵察部隊が行きましたが、施設に損壊は見られません」
「侵略された可能性が高いな」
「いえ、第六十七番シェルターの付近は穏やかなシェルターしかないです」
「じゃあどういうことだ」
サイモンの問いに私たちは沈黙してしまった。
「上層部に隣のシェルターまで遠征するように掛け合ってみます。薬が滞って上層部もかなり気になっているようです」
「気になってるって程度の問題じゃねえだろ?」
「そうなんですけど外部行動員が少なく、司令部も刷新したばかりで、てんやわんやみたいです」
つまりはスティーブン大佐と私のせいである。
サイモンは腕を組んだまま、表情を変えずに突っ立ている。
「そうか……そうか……」
失意と落胆の混じったような声だった。
ゆっくりと頷いたサイモンは怒っているのだろうか。
「直接話を付けてやろうぜ。俺たちが出向いてやろう」
至って彼は冷静に、今後の方針について話し始めた。
動揺して、怒鳴り喚き散らすかと思えば普通に会話が出来る。
彼なりに進歩しているところはあるのかもしれない。
「何だジェシカ。そのほくそ笑んだような顔は」
「はえっ!」
見抜かれた。少しは進歩したんだなって思ってたら見透かされた!
「そういうわけではなくて……サイモンさん。他のシェルターに行くには地下通路を通るか、地上から遠征して行くしかないですよ」
私は話を進めて、誤魔化す事にした。
「じゃあ地下から行けば良い。エイリアンがいないんだろ?」
「かなり暑いですし、軍人たちが戦闘を行っています。それに私は所属が外部行動員司令室の大佐補佐なので、地下に出れるかどうか分かりません。下手に階級も上がってしまいました」
「そこはジェシカお嬢が頑張ることだ。軍人じゃない俺には出来ることはない」
「掛け合ってみます。では失礼しました」
私は勇気隊長の部屋を出て、深呼吸をした。
廊下の冷たい空気が私の肺を満たし、熱気掛かった自分の気持ちを少し落ち着かせてくれた。
ここは踏ん張りどころだ。
「ジェシカ大佐補佐。勇気隊長はどうでした?」
廊下にいたジャック少尉が心配そうに聞いてきた。
「弱ってました。おしっこも濁ってました」
「ハルーンバッグの入れ替えでもしますか?」
カテーテルを抜いて、ハルーンバッグを交換すれば少しは良くなるかもしれない。
だがそれはあくまでも姑息的な手段に過ぎない。勇気隊長の尿路感染症状が治まらない限りまた濁るだろう。
「根本的なところを治さないと勇気隊長は良くなりません。ハルーンバッグも数には限りが有りますから変えるのは難しいでしょう。それよりも早く薬を入手しないと」
「応答が来るまで待ちましょう。勝手な行動をして目を付けられても良いことはないです」
「もう少しは待ちます。あくまでもう少しだけですが」
「ええ、その方が良いです」
私はジャック少尉に連れられてエレベーターに戻った。




