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私、酸素拾います!  作者: メケ
樟木勇気の章・その1
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樟木勇気の章・その1 第一話 死神のジェシカ

 全てが凍てつく寒空の下。

 俺の部隊・総勢三名の外部行動員は任務を終えたところだった。


 満天の星空に吹くそよ風は、宇宙服なしでは生きていられないほどの冷気を帯びている。

 氷点下二〇〇度以下は伊達じゃない。この冷気は一瞬で肺を凍らせるほど冷たい。


 俺たちが着ている黒い宇宙服は、より行動しやすく、より強靱に作られたサバイバルウェアという名称で呼ばれている。

 穴なんて、転んだ程度では開かないが、もし穴が開いたら気圧の急激な変化で意識を喪失してしまう。

 遙か昔、この地球がサバイバルウェアなしで生活できていたというのが信じられないほど今の環境は暗く、寒く、そして過酷だ。


「白人どもに吸わせる空気を回収するだなんてアホらしい。またアーセナルでボヤを起こして尻拭いは俺たちだ」

 口の悪い、黒人のサイモンはサバイバルウェアの奥で口を尖らせているようだ。

「仕方が無い。反乱を起こされた今、抵抗できる手段がない」

 サイモンを落ち着けるために俺はサイモンに声を掛けたが、サイモンの機嫌は直らない。


「勇気隊長。俺たちにこんな危険な仕事を押しつけて、狭い部屋のクソ待遇。アパルトヘイトはここに極まれりだな」

「あの寒い空間はどうにかして欲しいな。最近、奴隷の方が待遇が良いんじゃないかと錯覚してしまいそうだよ」

「その通りだ。外部行動員やめて奴隷やろうぜ。エイリアンに会うこともない」

「サイモンに同意だ。任務中はオムツをするなんて僕の美的センスが許さない仕事だ」

 三人で白人たちの悪口を言っていると、いつの間にかゲートに到着した。


「隊長。お願いします」

 美形の参謀が、にこやかに俺に敬礼をしている。

 相変わらずいい男だ。

 ナルシストなところがなければ最高の外部行動員なのだが、天は完璧な人間を作らない。


 ゲートに隊長である俺のカードキーを照合させると、ゲートが一メートルほど開いた。

 中に全員が入ったのを確認してから、俺はゲートを閉めた。


「ところで戦果は? パッケージの中身の量を教えてくれ」

「回収できた空気の量はゼロだよ」「すまない。ゼロだ」

「……」

 こいつらあれだけ文句を言って、回収量がゼロだと。


「一人でいるときに多口型の大群に見つかったんだからしょうがないだろ。三体ぶっ殺すので精一杯だった。それに今回は回収が目的じゃない。それにしてもあのヒトデ野郎マジで早いよな」

 サイモンに反省の色はない。このままでは酸素を無駄に使用したと上から怒られる。

 空気を回収したやつはいないのか。


「ところで隊長はどれほど回収したの?」

 参謀は怪訝そうな顔をしてこちらに聞いてくる。

「ふっ。聞いて驚くなよ。ゼロだ」




 司令部はとても暖かく、自分の住んでいる階層とは全く違うのだということを改めて痛感させられた。

 はやる心臓を押さえるために、普段なら興味も無い勲章や、おぞましいエイリアンの剥製に視線を移した。


「勇気隊長。今日もお疲れ様でした」

 不敵な笑みを浮かべた白人の男が俺の前に立った。

 華奢な体格だが、顔には性格の悪さが如実に表れている。

 腰にホルスターをひっさげており、いかにも権力を象徴したかのような男だ。

 ホルスターの中には黒く光るオートマチックピストルが顔を見せていた。


「スティーブン大佐。本日はすみませんでした」

「勇気隊長。それは語弊があるだろ。正確には、本日も、だ」

「はい」

 確かに前回の出撃時もエイリアンの襲撃のため回収はゼロだ。


「その前は確か五リットルだったな。全部で二十リットル入るはずのタンクがそれぞれのサバイバルウェアに付属しているのにたった五リットルか。勇気隊長は少々算数が苦手のようだ」

 他の部隊は二十名ほどで編隊されており、回収量は平均で二百リットルをゆうに超える。

 それで換算すれば、我が部隊も三十リットルほど回収すべきなのだが、現状はその十分の一以下だ。


「すみません」

 形式上、俺は大佐に頭を下げたが、そもそもこんなの謝る必要は無い話だ。

 わざわざ少人数である俺の部隊をエイリアンの巣のような未踏の地に送り込み、空気を回収するなど愚の骨頂。

 きちんと装備の拡充された部隊が行くのが筋だ。

「まあ安心したまえ。君たちの部隊は人数も少ない。無用な戦闘は避けるべきだと判断したのだろう。君は前議長の息子で、聡明で知略に長け、観測力や判断力は他の追随を許さない。そして誰よりも逃げ足が速い。ファーストエスケーパーの異名は伊達じゃないな」

 大佐は後ろで手を組みながら司令部を歩き始めた。

 何か悪いことでも考えているのだろう。

 白目で彼を見たくなったが、俺は所属部隊員の安全のために反抗的な態度を我慢した。


「ふむ、ではこうしよう。もう一度だけチャンスをやる」

 もう一度だけ。つまり次に失敗すれば銃殺刑か、サバイバルウェアを着ないまま外を散歩する権利をくれるようだ。


「と、言いますと」

「サラヴァンティア中将の娘がアヌビスの乗り手だ。生憎、彼女と組みたがる部隊がいなくてね」

 アヌビスとは大型輸送機も兼ねる対エイリアン用・戦闘車両だ。犬の形をしていて、爪や尻尾、牙で噛みついての攻撃が出来、胴部には食料や救難信号の装置がついたパニックルーム、液体空気の貯蔵庫など幅広い装備が搭載されている。


「昨日、会いました。挨拶も済ませています」

「そうか。だが彼女には時間があるんだよ。とても有り余っている。もう一度挨拶をしても良いだろう」

 大佐は面倒なことをする奴だと前から思っていたが、何か意図はあるのだろうか。


「はい。挨拶は良いことですね」

 昨日のジェシカはとてもたどたどしかった。

 もしかしたら入隊を拒んでいるのかもしれない。

 それで大佐はこんな回りくどいことをしているのか?


「期待しているよ。これで君たちも、装備の整った部隊だ」

 粘り気のある笑顔で、大佐は俺の肩に手を置いた。


 なんてことだ。アヌビスの乗り手を俺の部隊に寄越したのは、部隊の装備が整っていないという逃げ道を塞ぐためか。このゴミクズ白豚野郎。マジで許せねえ。


「では、入りたまえ」

「はい」

 勢いのある返事で、司令部の入り口から金髪の少女が現れた。

 戦場にはあるまじき、白百合のような少女だ。色素の薄い肌、巻き癖のある金髪。

本人は笑っているつもりなのだろうが、疲労感たっぷりの疲れた薄笑いをしている。口から八重歯を覗かせていた。

 目は少しつり上がっていて気の強そうにも見えるが、顔には相変わらず生気が無い。


「アヌビス一七一号に搭乗のジェシカ・サラヴァンティア。齢は十六歳です。勇気隊長、名前の通り、勇気のある方だと存じております。よろしくお願いします」

 昨日とは打って変わって自己紹介が丁寧だ。頭を強く打ったか、よっぽど練習してきたのだろう。外部行動さえしてくれれば良いのに、そういう熱意は要らない。


「あ、あの……」

 握手を求めているのだろう。ジェシカはそう言って手を差し伸べてきた。


「う……」

 俺は握手をしかねていた。もちろん彼女を部隊に入れれば、言い訳が出来なくなる事はもちろんのこと、もう一つ躊躇う理由があった。


 彼女が帰ったあと、部下たちとジェシカの入隊について話し合った。

 部下たちからジェシカの入隊に対してものすごく反対された。


 死神のジェシカ。


 彼女はそう呼ばれている。

 ジェシカは対エイリアン用犬型車両アヌビスの乗り手だが、一緒に行った部隊の外部行動員が次々死ぬためにそう呼ばれている。


 他にも、敵の味方のジェシカ、エイリアンの餌付け人、ジェシカも歩けば人が死ぬ、ジェシカにアヌビス、タカがジェシカを産む、ジェシカの後知恵、誤射の達人など、様々な異名を持っていると情報通の参謀は話していた。


 こんな曰く付きの少女を我が部隊に入れても良いのだろうか。

 とは思案するものの、中将の娘が入隊すると言っているのだ。

 返事はイエスか、はいの二つしか無い。


「よろしくジェシカ。隊長の樟木勇気だ。歳は十八になる」

 俺はジェシカと握手をした。

「隊長さんの手って堅いんですね」

 ジェシカはニコニコ笑っている。褒めているのだろうか。

 ならばこちらも褒めないと行けないだろう。

「ジェシカの手は柔らかいな」

 彼女の手は女性らしい柔らかさだった。


「おほん。中将の娘だ。くれぐれも身分をわきまえるように」

「承知しています。スティーブン大佐」

「ジェシカは少佐だ。呼ぶときはジェシカ少佐と呼ぶように」

「いえ、これからは仲間ですから呼び捨てで構いません。以降お見知りおきを」

「……勝手にしろ。用事は以上だ」

 大佐は険しい顔をして席に戻っていった。


「はい、退席させていただきます」

 俺は踵を返して、司令部を出た。

「まずい。まずいことになったぞ」




作戦室と俺の部屋を兼ねた狭い部屋に、俺の部隊の隊員たちは集まっていた。

 基本的に外部行動員は男しかいない。

 男ならいくら死んでも良いが、子を産める女が死ぬのは困るというのが上層部の考えだ。


 女性が所属している部隊もあるが、別に腕っ節が立つわけではない。

 男ばかりだと気が立ってケンカが起きやすい。

 そこに顔立ちの良い女性を入れると、男は女の前で良い格好をしたくなる。そのためケンカはやめるし、多少危険な行動も笑顔でやってのける。

 男はアホなのか、扱いやすいのかは、捉え方次第だ。


 そしてついに俺たちの部隊にもジェシカが来た。

 俺たちの士気を上げると言うより、尻に火をたきつける役割だろう。


「というわけで、死神のジェシカが俺たちの部隊に入隊することになった」

「正気かよ。味方殺しのジェシカだろ。死神よりもタチがわりぃ」

 サイモンは腕を組んで溜め息をついている。


「ジェシカ少佐は間違ってアヌビスで人間を真っ二つにしたらしいからね」

 参謀は手鏡を見ながら自分の前髪を整えている。

 相変わらず自分が大好きだ。


 部隊の雰囲気は最悪。

 俺以外の隊員が顔に皺を寄せ、サイモンは泣きそうになっていた。

「マサル。参謀として何か助言は?」

 リーダーとして、メンバーの意見はもとより参謀の意見も聞いておかなければならない。

「マサルと言うな。僕を呼ぶときは参謀と呼んでくれ」

「そうだったな参謀。で、どうする」

 愚問と言わんばかりの表情で参謀は立ち上がった。


「全員、次の出撃までに遺書を書け。以上だ」

「名案だ参謀。あわよくば開封しないで済むことを祈ろう」

 俺が遺書用の紙を引き出しから取り出すと、

「なあおかしいだろ。そもそも何で断らなかったんだ」

 サイモンが両手を顔の横まで挙げて、まるで意味がわからねえとポーズをしている。


「中将からのお願いだよ。中将の娘がジェシカって訳だ。それに俺たちに後はない。今度失敗すれば銃殺刑か、寒空の中をハイキングする権利が与えられる」

「クールだな。それで白人のお姫様がお供に付いてきてくれるって? 何かの冗談かよ」

「すでに刑は執行されているのかもしれないな」

「クソが。なあ隊長、せめて俺たちが死なねえように頼むわ。俺たちも頑張るからよ」

 サイモンは手で目元を覆っていた。


 サイモンには年端もいかぬ弟がいる。

 弟のためにサイモンは死ぬわけにはいかないのだ。


「最善は尽くす。まずは腹ごしらえに食堂に行こう」

 奴隷ちゃんにも声を掛けて、俺たちは食堂に向かった。

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