第六話 ホットケーキ
しくじったな。
俺は立ち去っていくジェシカの背中を見て思った。
「ん?」
刺すような視線を感じ、周囲を見渡した。
白人達が俺に非難の目線を向けている。
「なんだよ、俺が悪いことしたか?」
「ジェシカ大佐補佐の誘いを無碍に断るなんて、酷い!」
立ち上がったのは、女の白人だった。
「そうよ、やけくそに見えただけで、あなたの事が好きだったのかもしれない。大佐補佐から結婚の申し込みをいただくなんて普通はあり得ない」
「ジェシカ大佐補佐だって、込み上げる気持ちというものがあったはずだ」
それに続くように周囲の白人達から非難轟々の嵐が始まった。
「なんで俺が怒られなくちゃいけねえんだ。お前ら誰か結婚してやれよ。紹介でも良いからさ」
「……」
俺の一言で、その場は静まりかえった。
まあそうだろうな。ジェシカは聖女の皮を被ったテロリストだ。情勢が変われば夫婦もろとも火あぶりの刑にされる可能性がある。誰が結婚したいと言うだろうか。
「大佐補佐は……大佐補佐はお前を選んだんだ! 身分や立場の差を超え、お前を選んだんだ。惚れないのか?」
男の軍人が苦しそうに俺に熱弁してきた。
言ってる本人も俺の気持ちは分かっちゃいるのかもしれない。
「この顔の傷を見ろ。ジェシカに付けられたんだ。これで奴と夫婦になったらどうなる。この程度の怪我じゃすまないと思う。それよりお前らはどうなんだ。結婚してやれよ」
「俺には婚約者が……」
「いるのか?」
「これから現れる」
「いねえのかよ! 結婚してやれよ」
「いいか、人には誰しもが幸福を追求する権利がある」
「俺の前でよく言えたな。ジェシカの前でも言ってやれよ」
「恐れ多い」
「ったくこいつらは……」
会話が終わったところで、俺の前に見たこともない円形の茶色い物体がやってきた。
それは皿の上に載っていて頭が馬鹿になりそうな良い匂いがムンムンする。
「なんだこれは。食いもんか?」
「ホットケーキだ。食ったことないのか?」
「ないな。良い匂いだ」
大きく息を吸うと、香ばしい匂いが鼻腔を制圧してきた。
「甘い香りが食欲をそそるだろ」
これが甘い香りか。こんなに良い香りは初めて嗅いだかもしれない。
そういえば女の子の匂いって甘い匂いがするらしいが、ホットケーキの匂いのことだったのか。
一つ賢くなった俺はホットケーキを食べることにした。
「ん?」
ジェシカのいた席にもホットケーキがやってきた。
そうか、ジェシカは帰った。これは隊長に手土産として持って行ってやるか。
気を取り直して、ホットケーキを手づかみで食うと、鼻から甘い匂いが突き抜けていきやがった。
「ああ、甘い」
初めてだ。こんな美味いのを食ったのは。
奴らはこんな美味いものを毎日食ってたのか。こりゃあアパルトヘイトが進むわけだ。だって、うめえから、隠したくなる気持ちは分かる。
「おい、フォークとナイフがあるぞ」
男の軍人が俺の側に置かれたフォークとナイフを指さしている。
「フォークなんて使ったことがない。俺は基本的に箸を使う。ないなら手づかみだ」
店員が見かねたのか、箸を持ってきた。
俺はあまり気にならないんだが、どうやら向こうは嫌なようだ。
「ああ、すまねえな」
俺はホットケーキを箸で堪能し、ため息をついた。
また来よう。
俺は隊長のホットケーキを紙袋に包んで鷲づかみにし、立ち上がった。
「何をする気だ」
「帰る」
「帰るの?」
俺はホットケーキを持って、レジの所でジェシカから貰ったお金を払った。
店員が俺をぽかんとした表情で見ているが、俺は何かしたのだろうか。まあいい。
俺はこの階層に来て分かったことが二つある。
一つ目はホットケーキはめちゃくちゃ美味い。
そして二つ目は、
「やべえ奴だったな。あいつの名前はホットケーキにしようぜ。色もそっくりだ」
白人どもはあだ名を付けるのが好きだと言うことだ。




