第四話 ジェシカ生存の理由
ジェシカを白人層の医務室に運ぶと、医者が驚いたような顔をしていた。
「ジェシカ大佐補佐に何かあったのか?」
「いやあ、転んじまって頭を強く打ったんだ。診てもらいたい」
「なんだって? ジェシカ大佐補佐、忙しいのは分かりますが、もう少し落ち着きましょう」
「私は暇です。忙しくなんかありません!」
ジェシカは何が悪かったのか、怒っている。
医者はどこが地雷だったのか分からないようで、軽く咳払いをした。
「……元気そうですが、ひとまず診ますよ」
医者はジェシカに問診をし、呼吸音を聴診器で確認。指の本数を数えさせてから、CT室に連れて行った。
CTが終わるまで時間がかかるだろう。
診察室を出ると、俺はため息をついて待合室の椅子に座った。
何もなければ良いが……ジェシカが来たのはおそらく勇気隊長の話だろう。せっかく勇気隊長の下半身麻痺を治す特効薬の話が聞けるってのに、余計な邪魔が入った。
十分後、ジェシカが出てきたので、一緒に検査の結果を教えてもらった。
「今のところ特に問題はありません。しかし時間の経過とともに歩行障害や、痺れが出てきたら教えてください」
結果を聞き終えた俺たちは診察室を出て、俺はジェシカとともに廊下を歩いた。
正直言って有色人種の俺が白人層を歩く日が来るとは思わなかった。
これも勇気隊長のお陰だ。
勇気隊長が書いた探索地図は白人たちの手に渡った。
人の手柄で成果を立てようとしたスティーブン大佐は外部行動で二部隊が壊滅するという大失態を起こした。
作戦決行の翌日に杜撰な作戦だったことが発覚し、残された部隊の外部行動員たちも失意と悲嘆に暮れていた。部隊はこの時点でスティーブン大佐に任せていたら消耗品以下の扱いで殺されてしまうということに気づき始めた。
そこから白人にレイプされただの、実は大佐に裸の写真を撮られたなど訴えが一時間以内のうちにたくさん出てきた。
外部行動員たちは半ばヒステリーのような状況になり、喚き、怒声をあげながら今後の方針について話し合っていた。
外部行動員たちの怒りが煮立ってきたとき、計ってか計らずか、俺たち三人がリリィ少佐によって襲撃された音声付き動画は何者かによってシェルターの全パソコンに送り込まれた。
リリィ少佐の有色人種に対する憎しみがこもった発言と、参謀が無残に殺されるシーンが外部行動員を奮起させた。
いや、奮起という言葉は正しくない。激高させた。
翌日には反乱を起こすと作戦がまとまり、外部行動員層は異様な殺気に包まれていた。
まさしくシェルターの危機が訪れたとき、仲裁者が現れた。
それがジェシカだ。
ジェシカは手榴弾を司令部に投げて、銃を乱射した。
外部行動員たちの間では腐りきっていた司令部を浄化したと評価が急上昇していた。
混乱に乗じて、クーデターを行う作戦も考えられたが、ジェシカ少佐の襲撃で白人たちも武装しているだろうから、いったん様子を見る形となった。
しかし、その話を聞いていた俺は内心焦っていた。ジェシカの行動はどう考えてもテロ行為として裁かれると俺は思っていた。
だが天はジェシカに味方した。
そう、スティーブン大佐の部屋に調査が入ったのだ。
部屋から出てくる大量の裸の写真に、調査していた白人たちは絶句していたそうだ。
これらの情報は他のチームの隊長たちがハッキングして入手した文章に書かれていたそうだ。
スティーブン大佐の部屋には当然のごとくジェシカの裸の写真もあり、中将の娘で左官であるジェシカにまで手を出していた事が火に油を注ぐがごとく大問題になったらしい。
混沌とするシェルター情勢だったが、白人層には多数の性的被害者の一人であるジェシカ少佐が敵討ちとしてスティーブン大佐と司令部に巣食う大佐一派を殺害した。
有色人種層には、チーム・アポカリプスで指揮を執っていた白人のジェシカ少佐が有色人種である隊員たちの敵討ちをした、と写真付きでパソコンにアップされた。
もちろんジェシカが大佐一派に属さない無関係の左官を殺した事はノータッチだ。
刷新した新しい左官の情報もご丁寧にメールに載せて、「これから皆さんと平等でやっていきます。白人層に遊びに来てください」との触れ込みだった。
もともと白人は平等を謳う穏健派とカーストを重んじる治安維持派に分かれていた。
二つの派閥は正反対の立場なので、お互いにいい顔はしてないらしい。
そしてジェシカはあの通りの穏健派だった。本人は自覚などないだろうがどう見ても穏健派だ。
今回のジェシカ襲撃事件で、外部行動員司令部のほとんどを占めていたスティーブン大佐一派、すなわち治安維持派の左官が死亡した。もちろん治安維持派は大打撃を受けた。
となると穏健派と治安維持派の熾烈な戦いが始まりそうな状況にもなっていた。
だがここで二つの白人派閥は手を取りあった。
有色人種が我々白人を敵視している。今は争うべきでは無い。
そう考えた二つの派閥は既に死んだ大佐を悪とし、ジェシカを白人、そして有色人種共通の聖女として担ぎ上げた。
これが今回の騒動の顛末だ。
穏健派のジェシカが聖女となった以上、表向きだけでも徐々にカースト制度は形骸化、もしくは廃止しなければならないだろう。
だがそれもあくまでジェシカが今後も殺されずに生き続けていられればの話だ。
今は平等を謳っているが、リリィ少佐の襲撃に端を発したこの一連の事件がなければ今も俺はこの白人区域を歩くことなどなかっただろう。
俺は目線を隣のジェシカに移した。
白人層に住んでいるジェシカに、白人には気をつけろとは言えないが、ひとまずルルルカからは距離を取らせよう。




