第二話 縷々瑠華――ルルルカ
「はぁ~」
部屋から出た俺はゆっくりとため息をついた。
隊長の表情から死にたい雰囲気が滲み出ていて、一緒に居るのが辛い。
だが、俺もあんな風になっちまったら、同じ気持ちになるだろう。
隊長が今の地位でいられるのは、それなりに培った経験を生かし、俺たち外部行動員にアドバイスをくれるからだ。
チーム・アポカリプスは崩壊し、五体満足で生き残った俺はチーム・カリユガ分隊の教官隊長として新人達を教育している。
復帰と同時に教育隊に配属されたが、俺は教官になるためのカリキュラムなんて学んでいない。
俺が訓練生だったときの教官たちも、カリキュラムなど存在しないと言っていた。
俺にやっていけるのだろうか。
そもそもこんなことになったのは、チーム・カリユガとチーム・アルマゲドンはジェシカとともに外部行動に行き、部隊がエイリアンどもに全員殺されたからだ。
二つの部隊が崩壊した今、残された部隊の価値は相対的に大きく向上した。
その結果、勇気隊長しか所属していないチーム・アポカリプスは形式上残っている。
勇気隊長は今までの経験を生かして前向きに生きるのかと思えば、寂しそうな顔をして言葉数が少ない。
うつ病にでもなっちまったんだろうか。
俺は少し歩いて、自室の前に立った。
チーム・カリユガ教官隊長室。
ネームプレートが掛けられた隊長室に俺は入った。
ここが俺の部屋だ。
勇気隊長の意志を継ぎ、俺もこの部屋を自室兼、作戦会議室にしている。
だが今思うと、それは失敗だった。
自分の部屋という感覚がない。
勇気隊長。陰でどう思っていたかは知らねえが、自室を会議室にしても一言も文句の言わなかったあんたはマジでレジェンドだぜ。尊敬するよ。
俺はドアノブをひねり、中に入った。
「サイモン隊長、待ってました!」
俺の部屋の中には、つややかな黒髪の少女がふっくらとした柔らかそうな唇を光らせて笑っている。肌はきめ細やかで、アトピー性の疾患を持っているとはとても思えない。
腕が飛んでいきそうなほど手をぶんぶん振っているが、俺はよほど歓迎されているようだ。
唯一気になるのは彼女の目の下にできたクマだろうか。
この少女の年齢は十五歳。参謀の妹で名前はルルルカだ。漢字で書くと縷々瑠華になる。書くのがめんどくさいので、こいつの名前を書類に書くときはいつもカタカナで書いている。
参謀は、皮膚の弱かった妹に石けんや化粧水を開発するほど優しかった。そしてひたむきに存在を隠していた。
ルルルカが入隊したのは、参謀の両親たちが娘が精神的におかしいと気づき、俺のところにやってきた。
何でも、俺のところに連れてきたら治るんじゃないか、と言ってきた。
黙って医者に行けや。
妹の存在を勇気隊長に隠していた事には驚いたが、奴隷ちゃんが連れ去られた事を考えると正しい判断だったのかもしれない。
「来てたのか」
「はい。そろそろ、私のことを参謀と呼んで欲しいんです。私は訓練生の中でも一番頑張っているじゃないですか」
「まだ早い。所詮、訓練生だ。隊員じゃない」
「そんなこと言わないでください。参謀って呼ばれたいんです」
「……」
一見するとルルルカは普通だ。
「あ、そうだ。ここにマサルさんの裸の写真があります。私も裸になったら参謀って呼んでくれますか?」
「それは……」
マサルは参謀の本名だ。
兄妹なのになぜ名前をさん付けで呼ぶのか、最初は不思議で仕方が無かった。
「お兄さんの写真か?」
「サイモン隊長、しつこいですよ。私に兄は居ません」
ルルルカは兄が居た事が記憶からちぐはぐに抜け落ちてしまっている。
表面上はすごく元気な女の子に見えるが、家族の話では、
「物静かだった娘のテンションが高すぎて怖い。かと思えばマサルの名前を呼んで泣き叫んだりしている。マサルと同じ外部行動をすれば良くなるかもしれないから、世話をして欲しい」
との事だそうだ。
外部行動で死んだらどうすると反論したが、それは神の与えた宿命だから仕方が無いとかほざいていた。
ここは精神科病棟じゃない。どちらかというと霊安室だ。
ルルルカを見ていると不満が沸々(ふつふつ)と浮かんでくるが、ここは我慢だ。
落ち着け。何より訓練生になれたという事は、訓練生たる資質があってここに送り込まれたという事だ。
参謀の裸の写真を怪訝そうに見ている怪しい少女だが、それなりに能力はあると思っていた方が良い。
「こんな人が親族だったらびっくりしますよ」
ルルルカは目が痛くなるような参謀の裸体写真を俺に見せつけてきた。
今なら分かる。日光やニンニクが苦手な吸血鬼の気持ちが。
「サイモン隊長。あなたの気持ちはよく分かります」
「どういう意味だ?」
ルルルカは寂しそうな顔をしている。
「サイモン隊長は親友である参謀さんが居なくなって悲しいんですよね。大丈夫です、私が相談相手になりますから」
「……」
その前にお前の兄だろ?
言いかけたが、俺は押し黙った。




