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私、酸素拾います!  作者: メケ
サイモンの章・その1
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サイモンの章・その1 第一話 サイモンと勇気隊長

「う~ん」

 俺は腹の底からうなり声を上げた。


チーム・アポカリプス。

 ネームプレートが掛けられた部屋の前に俺は立っていた。


 ビーズと一生懸命に書いたミミズみたいな字。

 だがそれも味わい深く、いつ見ても可愛らしいネームプレートだ。


 これは勇気隊長と奴隷ちゃんが手持ちの素材だけで、装飾した一つの作品だ。

 貧乏揺すりをしながら俺はあごに手のひらを当て、中々覚悟が決まらなかった。


 正直この部屋には来たくなかった。それが俺の正直な感想だ。

 だが、今日も勇気隊長の体の向きを変える時間だ。


 やっておかないと勇気隊長のケツに圧迫性の穴が開く。

 ケツに開いている穴は一つで良いのに、神様は寝たきり患者に対しては一個だけじゃ満足してくれないようだ。


 ノックをしてから、俺は部屋に入った。

「失礼するぜ、隊長」

「サイモンか。いつもすまないな」

「熱はどうだ?」

「まだ具合が悪いかな」

 俺は隊長に許可を取ってから、隊長に被せていた布団を取った。

 浴衣のような形の寝巻きは介護をするにはうってつけの形状をしている。前を開くだけで、隊長の履いているオムツが簡単に露出させられた。


 隊長が下半身不随になってから二ヶ月が経った。

 隊長の足は痩せ始め、徐々に病人の体つきを呈してきた。


 隊長の股間からは管が伸びていて、下半身麻痺によって排泄できなくなった尿を取るためのハルーンバッグに繋がっている。


 ハルーンバッグの中には、隊長の腎臓が生成した尿が貯まっていた。尿を観察すると濁っており、カスが浮かんでいる。


 ハルーンバッグの管は尿道口から膀胱まで繋がっており、膀胱の入り口でバルーンを膨らまして固定する。すなわち本来なら無菌状態の膀胱に管を入れるので、無菌空間が外界と繋がってしまう。そのため細菌が管を通って逆行感染を起こしてしまうそうだ。


 通常はハルーンバッグを留置してからほぼ一ヶ月で全員が感染するが、症状の出る人と出ない人が居る。顕性けんせい感染と非顕性感染というやつだ。

 ジェシカがそんな事を言ってた。


 そんなわけで、現在、隊長は尿路感染症で体調が良くない。

 発熱があり、気怠けだるそうにしていた。

 一ヶ月前はダンベルを持って腕の筋トレを行っていたが、今は横になっていることが多くなってきた。


「隊長。オムツの中を見せてくれ」

「ああ」

 隊長のオムツを確認すると、クソはなかった。


「傷を見せてくれ」

 隊長はゆっくりと体を動かして、俺にケツを見せた。


 今まで普通に動けていた人間が、他人にケツを向けて世話になる。

 普通じゃ考えられない状況が今ここで起きている。

 誰であっても屈辱くつじょく的な格好だろう。


 隊長の尾てい骨にはフィルムが貼ってあり、そこからうみと悪臭がしている。


 俺はジェシカと一緒に四時間毎の体位変換を行っていたが、上手くいかないらしく隊長のケツには二つ目の穴が開いた。


 医療用語で言うと、この穴は褥瘡じょくそうと言うらしい。一般的には床ずれと言うらしいが俺はどっちも聞いたことがねえ。


 褥瘡ってのは、寝たきりの人がずっと同じ態勢を取っていると、接地面に圧力がずっと掛かりっぱなしになる。すると血流が阻害され、壊死が始まる。これが褥瘡だ。


 壊死が酷いと、皮膚、筋肉、それを通り越して骨まで到達する。


 隊長みたいに若い人は組織がみずみずしく、張りがあるため褥瘡は発生しづらい。


 だが、筋肉というのは酸素を大量に消費する。そのため老人と比べると筋肉量の多い若い人が褥瘡を発生すると、重度の褥瘡に移行しやすい。


 隊長の褥瘡は、最初、赤くなっている程度だった。

 それが、どんどん掘れていき、今では穴の周囲に白い壊死組織が張り付いている。そこから悪臭がただよい、俺は顔をしかめたくなった。


 こういう時はデブリードマントという手技を行ってもらう必要がある。

 壊死組織は再生しないので、壊死組織をメスで切り取り、新しい肉芽組織を表出さることで、回復を促すというものだ。


 最初に医者が隊長にこの手技をやった時はずいぶん痛かったんだろう。

 隊長はうめき声を一つもあげなかったが、シーツを手が白くなるまで握っていた。


 下半身麻痺なのに中途半端に痛覚はあるみたいだ。隊長も難儀なんぎな体になっちまった。


 俺は隊長のケツに張り付いたガーゼを取り、褥瘡じょくそうの処置を始めた。

 隊長の褥瘡は酷く、筋肉まで到達している。


 医者の話では治るのに相当な時間が掛かるみたいだ。

 隊長に必要なのは、薬。そして、三時間から四時間の間に体の向きを変えて、圧力を除いてやる必要がある。

 それをしないと隊長の褥瘡が悪化したり、今度はケツに三つ目の穴が開く。


「隊長、湯をかける。しみるぜ」

「ああ」

 俺は隊長のケツに湯を掛けた。

 隊長の上半身が小刻みに震えている。

「痛かったか?」

「大丈夫だ」


 俺は弱酸性の石けんで洗い流してから褥瘡用の塗り薬を塗った。

 この弱酸性の石けんは、かつて参謀が生成していたものだ。

 レシピも俺がしっかり持っていた。


 参謀が死ぬ前に俺にコピーを渡してきたのは今でも鮮明に覚えている。


 原本は参謀の妹に、コピーは俺に渡すと言っていた。

 死ぬ奴は急に身の回りの整理を始めると言うが、まさか本当に死んじまうなんてな。

 物思いに感傷に浸りながら、俺は隊長の患部にフィルムを当てて、オムツを履かせた。


「隊長。向きたい方向はあるか?」

「右かな」


 俺は隊長を右に向かせ、体に三角の枕を敷いた。

 更に服を整えて、服のずれを正した。


 服がずれていると、服のせいで圧力が掛かり、褥瘡の発生原因になってしまう。

 はっきり言って神経の使う仕事だ。俺には向いてねえ。


 俺が介護士のまねごとをしているのは隊長に恩義があるし、奴隷ちゃんの体力面もある。


 奴隷ちゃんは、アヌビスの乗り手となるために訓練と勉強が始まり、寝る時間を削って勉強している。

 そこに隊長の介護、となると、幼い奴隷ちゃんには負担が大きかったみたいだ。

 過労で一度倒れちまったから、俺とジェシカが主に隊長の面倒を見ることにしている。


「よし、隊長。終わりだ」

「ありがとうサイモン」

「何か飲みたいのあるか?」

「いや、いい」

「そうか」

 俺は隊長の部屋を出て行こうとした。


「ん?」

 そのとき視界にピンク色のコップが入った。

 隊長のベッド脇に置かれた消灯台、そのうえに隊長のピンクのコップは鎮座ちんざしていた。

 中身が入っているのか、コップに影が見える。


「ちょっと待て。昨日俺が置いていった水、飲んだか」

「少し」

 消灯台の上に載ったコップを持ち上げてみると、水がたっぷり入っていた。


「隊長、本当に飲んでるのか?」

「飲み終えた。いっぱい入ってるのはジェシカに持ってきてもらったからだよ」

「……そうか。じゃ、元気でな」

「ああ」


 俺は横目でハルーンバッグに入った隊長の尿量を確認した。

 そろそろ尿量計測の時間だが八〇〇ミリしか入っていない。

 点滴までしてるのにこの程度の尿量か。

 前は二リットルほど出てたのにな。隊長、水を飲んでねえな。


 俺はなんとも寂しい気持ちになってから部屋を出た。


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