第四話 最期の仕事
「隊長さん死んじゃうの?」
奴隷ちゃんは目を潤ませて私に聞いてきた。
それ程までに勇気隊長の容態は悪い。
私たちは白人層の緊急治療室に来ていた。
手術が終わり、手術室から緊急治療室に移送された勇気隊長は人工呼吸器を付けられて、眠っていた。
脊椎損傷とその付近にあった太い静脈の損傷。普通なら死んでいてもおかしくなかった。
だが、アヌビスの尻尾を隊長から引き抜かなかったことで、彼は臓器に若干の凍傷を受けながらも、今のところ生きていた。
大量の管が付けられて、点滴のシャンデリアに囲まれた彼の心電図は非常に弱い。
「大丈夫よ。きっと大丈夫だから」
人工呼吸器で自動的に呼吸を行われている隊長は、今にも呼吸が止まりそうだった。
「ねえ、触って良い?」
奴隷ちゃんは看護師に尋ねたが、予断を許さない状況のため触らせてもらえなかった。
「隊長さん。起きて」
奴隷ちゃんが呼びかけたその時だった。
ピピピピ! ピピピピ! ピピピピ!
スタッフたちが大慌てで勇気隊長に駆け寄り、
「心停止。電気ショック! ボスミンも!」
必要な処置を医師が指示していく。
三方活栓から薬液が勇気隊長に投与され、電気ショックを医師が行った。
しかし、心臓は動かずに、室内に心停止を伝えるアラームが鳴り続けた。
モニターは赤く発光し、勇気隊長の危機的状況を伝えている。
「ぎゃああああああああ!」
「うるさいぞ、追い出せ!」
奴隷ちゃんが泣き叫び始めたため、私たちは医師に緊急治療室を追い出された。
緊急治療室は少しの刺激で心電図の波形が変わる。叫ぶのも御法度だ。
他の患者に影響が出るため、私たちが追い出されたのは仕方がなかった。
「奴隷ちゃん」
「いやぁああああああ!」
廊下には奴隷ちゃんの絶叫が木霊した。
暗い廊下に奴隷ちゃんの声が吸い込まれているようだった。
「お前だ! お前のせいだ! お前が隊長さんから地図を奪ったから。お前が隊長さんを殺したんだ!」
「ど、奴隷ちゃん……」
「あっちいけ! いけぇえええええ!」
その時、奴隷ちゃんを見下すような顔をしながら、白人の看護師が現れた。
「ジェシカ少佐。こちらに来てください」
私は看護師に連れられて、別室に移された。
「ジェシカ少佐。どこか具合の悪いところはありますか?」
看護師の問いに私は首を振った。
「勇気隊長は亡くなったんですね」
「それを判断するのは医師です。怪我は無いですか?」
看護師の事務的な対応に、私は悲しむ暇も無く答えていった。
「レントゲンも大丈夫でしたよ。今日は部屋に帰ってゆっくり休んでください」
「はい」
薄暗い廊下を私はひたすら歩いた。
胸にぽっかりと穴が開いたような感覚で、チーム・アポカリプスに所属したことも全て夢なんじゃないかと思えるほど、現実感が無かった。
足はなんだかふわふわと浮き立つような感覚で、歩行が定まらない。
その足でなんとか自室までたどり着き、ベッドに座った。
脱ぎ散らかしたサバイバルウェアの上に、自決用の拳銃と手榴弾が載っている。
手榴弾二個をよけて、私は銃を手に取った。
拳銃はひんやりとしていて、ここが現実の世界であることを嫌でも受け入れさせてくる。
「勇気隊長、サイモン、参謀さん……」
みんな死んだのだ。貴い犠牲なんて、とても軽い言い方など出来ない。
有能な彼らが死んで、なぜ私が生きているのか理解できなかった。
それでも明日は来る。
「どうしたら良かったの。死ねば良かったていうの?」
死ねば楽になる。死ねば楽になる。死ねば……
銃口を口に咥えて、ベッドに横たわった。
引き金を引けば死ねる。さあ逝けジェシカ。この無能。役立たず。死神!
「ふうっ、ふうっ、ふうっ」
自分をなじって引き金を引こうとしたが、怖くて引けなかった。
脳幹を撃てば即死だ。でもたぶん痛い。即死に至る時間は無限に感じるのではないか。
自殺者は神の国には行けない。きっとそうだろう。
撃てるのか。撃てないのか。
私はゆっくりと、銃をベッドに下ろした。
「この臆病者。死ぬことさえ出来ない役立たず!」
私はベッドの上で蹲った。
翌日。
私は軍服を着て、いつも通り司令部に顔を出した。
「おかげさまで救助されました」
司令部のみんなに挨拶をすると、私の挨拶に拍手が起こった。
「いやぁ~良かった。外部行動は失敗に終わり、アヌビスの乗り手も三人死んだ。とても悲しい状況だが、救出には大した犠牲が出なくて良かったよ。ジェシカ少佐、今後の健闘を祈る」
大佐は満面の笑みで喜んでいる。
救出は自分の手柄だと思っているのだろうか。
そもそも外部行動が失敗に終わったのに、どうして喜んでいられるのだろうか。
彼にとって外部行動員三名の犠牲は大した犠牲では無いというのだろう。笑わせてくれる。
「ジェシカ少佐。今回、案内役の責任が不十分だったとして追及されるかもしれないが、この外部行動員の司令部が全力で君を援護する。安心してくれたまえ」
ああそうか。大佐がこんなに笑顔なのは、私に全責任をなすりつけてやろうって事か。
周囲の左官たちも口角を上げて、蔑むように私を見ていた。
「そうですね。頑張ります」
私と大佐は微笑み握手を交わした。
「後で報告書を作ってくれ。それより、リリィ少佐が見えないが。ジェシカ、何か知ら……」
「皆さんに渡したいものがあるんです」
「お、やけに気が利くなあ。この前はまんじゅう持ってこなかったもんな」
大佐は気が利くなあと言いながらにこやかだ。
「待っててくださいね」
私は入り口付近に立ち、二つの手榴弾のピンに手を掛けた。
「おい、何の冗談……」
私は思いっきりピンを引き抜いた。
大佐は、目がこぼれ落ちそうなほど目を見開いて、驚愕している。
「みんなが死んだのはお前らのせいだ。死ねええええええええ!」
私は大佐に向かって手榴弾を投げつけた。
手榴弾は空中で爆発し、爆発の近くにいた大佐は床の上をバク転するように回転しながら吹き飛んでいった。
手榴弾の破片が周囲に飛散し、近くの左官たちは破片を浴びて倒れていく。
私の体を何かが突き抜けたような気がしたが、私の衝動はとどまることを知らなかった。
さらに自決用の銃で生き残った佐官たちを射殺し、その場を血の海にした。
「何で私が自殺しなきゃいけないんだ! 死ぬべきはお前らだ。やってやった。あはははははははは!」
やけに呼吸が苦しい。
「ごほっ」
口から真っ赤な血を私は吐き出した。
鮮血色で、花のようにきれいな色をしていた。この色は肺からの出血だ。
「あ、ああ……」
軍服の右胸部分が黒く変色していた。
触ってみると手が赤く染まり、自分の血だということを嫌でも理解させてくれた。
「はあっ」
私はうっすらと笑い、ため息をついた。
神様。これは自殺に入りますか?
「みん……な、私も、逝くね」
全身の力が抜け、そこから私は記憶がなかった。




