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私、酸素拾います!  作者: メケ
ジェシカの章・その1
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第三話 パワハラ部署

 司令部に戻ると、私は椅子に座った。

 みんなに聞こえない程度に溜め息をつき、机の上に乗った書類に目を通した。


 シェルターの外部に行き、液体空気を回収する役目が外部行動員だ。

 ではカースト最上級にいる軍人は何をやっているかというと、地下五キロの地下通路で、他のシェルターの人間と物資の交換や連絡をとったり、敵対するシェルターとの戦闘を行っている。

 資源の少ないこの環境では略奪が一番手っ取り早く資源を獲得する方法だ。敵は死ぬ気でこちらを攻撃してくる。


 カースト制度のあるこのシェルターを悪く言う人もいるが、このシェルターは、比較的マシな方だと思いたい。


 ちなみに私のようにアヌビスに乗って外部行動を行う軍人もいるがそれは少数派だ。

 出世街道からはだいぶ遠回りだと言っても過言ではないだろう。


「ジェシカ、戻って来たのか。こっちに来い」

 大佐は不機嫌そうに手招きをしている。


 私は歩いて大佐の机の前に立った。

 大佐は嫌だ。いつも怖い。なんでこんな怖い顔をしているのだろう。


「はい。行って来ました」

「報告しろよ。まったく使えないな。遊んできたんじゃないだろうな」

「ち、違います」

 舌打ちをしながら大佐はペンを手に取った。


 ペンを手に持つ大佐の指は白くなっている。

 頭にきているのか手に力が入っているようだ。

「で、どうだった?」

「どう、ですか?」

 どうと言われても何が聞きたいのか分からない。


「ファーストエスケーパーの隊長に会って、上手くやっていけるのか、雰囲気は良いのか悪いのか教えろ!」

 怒鳴られて、私は身が凍る思いだった。


 どうして私は少佐になったのだろう。大尉の方がまだ楽だった。

 みんなに邪魔者扱いはされるけど、少佐になればそういうこともなくなるだろうと思ったのに、事態は悪化の一途をたどっている。


「だ、だだ大丈夫です。いい人でした。雰囲気もきっと大丈夫です」

「そうか、もういい。仕事しろ」

 やっと終わった。


 机に戻る際に、

「大丈夫しか言えないとかオウム以下かよ」

 と大佐のぼやきが聞こえた。

 早く仕事を辞めたい。ただその一言に尽きる。


 仕事に戻ろうと思ったが、私の平時の仕事は、出撃する軍人の体調管理記録に判を押す係。

 ただそれだけだ。それ以上でもそれ以下ない。


 三十分で仕事を終え、私は椅子の上に座っていた。

 仕事がない。

 私以外の少佐やそれ以上の階級の人たちが黙々と作業をする中で、私はひたすらに座っていた。

 仕事がないのではなく、私に任せられる仕事がないと言うのが正しいだろう。それが分かった日の夜は泣いて過ごしたものだ。


 今では慣れたもので、私は長時間椅子に座っていてもお尻が痛くならない椅子座りの達人と化した。

 時計が十時を指したところで今日は一つ試みを実施してみよう。毎日が暇すぎて仕方が無いので、何か変化をもたらしたい。


「こ、コーヒー入れますけど誰か飲みますか」


 沈黙。静寂が広がった。

 紙を触る音も、息も聞こえなくなるくらい静かになった。


 ああ、やはり私では……

 その時、静寂を突き破るように司令部のドアが開けられた。

「よーし十時だ。コーヒー飲むぞ!」

 綺麗な茶髪を結った、いつも元気で評判のリリィ少佐がやってきた。

 私より一回り年上の彼女はいつも司令部の太陽のようだった。


「みんなも飲みますか?」

 リリィ少佐はバッチリ笑顔を決めると、

「頼むよリリィ」「俺もよろしく」「私も飲む」

 みんな息を吹き返したように、声を出し始める。


 リリィ少佐は味付けを聞かずにどんどんコーヒーを入れていった。

 彼女は、みんなが好きなコーヒーの味を覚えているらしく、分量を聞かずに次々と入れていく。


「ジェシカ。運んでよ」

 リリィ少佐は笑顔で手招きをしている。

「は、はい」

 やっともらえた仕事だ。少しずつ、少しずつ信頼を獲得しないと。


 リリィ少佐の入れたコーヒーを私はお盆に載せて、席に配っていった。

 幸いコーヒーカップには名前が書いてあるので、ちょっと仕事の出来ない私だって配ることが出来る。


 大佐の席に行くとき、

「ん!?」

 床に敷かれた配線に躓いて、私は大きく体勢を崩した。

 空を飛ぶ大佐のマグカップ。大佐の大きく口を開いた顔。全てがゆっくりに見えた。


 がしゃん。

 大佐のマグカップは割れ、床にコーヒーが撒かれた。


「あ、あ、あああ」

 想定外の出来事に対応するのが困難な私は、その場で戸惑う事しかできなかった。


「ジェシカ。ぞうきん」

「は、はい!」

 リリィ少佐は私にぞうきんを投げてくれた。


 拭いて片付ければ良い。

 その単純なことも最近の頭では考えられなくなってきている。こんなに私はバカだったろうか。


 リリィ少佐が投げてくれたぞうきんを顔でしっかりと受け止め、私は床のコーヒーを拭いた。

 大佐は甘党だ。しっかり拭かないと床が糖分でベトベトしてしまう。


「娘がくれたカップなんだぞ。そんなに床に這いつくばるのが好きか!」

 大佐の怒号とともに、私の顔に彼の蹴りが入った。

「うぶっ!」

 灼熱感の後、つつつと鼻の下を何かが伝った。

「コーヒーは要らない。カップを買ってくる。今度は壊れないやつをな!」

 大佐は不機嫌そうに出て行った。


「ジェシカ、大丈夫? 鼻血が出てるじゃん」

 リリィ少佐は私の鼻にハンカチを押し当ててきた。

「あとやっとくよ。ほらティッシュ」

 まるで私の母親かのように面倒を見てくれるリリィ少佐に申し訳なく、情けなく思った。

「調子悪いんじゃない。止血がてら、ちょっとトイレに座ってきたら」

「……はい」

 私は司令部を出て、近くのトイレに入った。


 個室に入り深呼吸をし、声を押し殺した。

 怒りと悲しみと情けなさが胸を貫く。

「どうして、どうして私は……」


 何もかも上手くいかない。リリィ少佐がせっかく機会をくれたのに、簡単な仕事ですら失敗してしまった。

 次は頼まれるだろうか。無理だろう。

 リリィ少佐の顔に泥を塗ってしまった。

 嫌われたかもしれない。今ここに居ても向こうでは悪口を言ってるかも。リリィ少佐も悪口を言ってるかもしれない。

だめだ、だめだ。悪いように考えてはいけない。落ち着けジェシカ。私は大丈夫だ。私は大丈夫だ。


 ゆっくりと立ち上がり、トイレに付属した鏡で鼻血の付いているところを確認しながら拭いた。

 目の周りが少し赤いかもしれないけど、みんな気にしないはずだ。


 私はトイレから司令室に向かった。

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