第二話 リリィ少佐
走り始めて三分ほど経ったころに私たちは足を止めた。
「総員停止。星を見るものだ」
砂の中に紛れて巨大な黒い塊が埋まっていた。
穴のように見えるそれは目だけがぎょろぎょろと動いている。
思えば私たちが作戦時に見た動く穴も星を見る者だったのかもしれない。
だからアヌビスで列を組んで行進したとしてもエイリアンは星を見る者に怯えて襲撃してこなかったのだろう。
「少し迂回する」
迂回した私たちを、星を見る者は気にもせず、攻撃をしてこなかった。
「勇気隊長。聞きたいことがあります」
「なんだ」
「どうして私たちは縁から上がれたんですか。他の部隊は縁が崩れて蟻地獄に嵌まったアリのようでした」
「縁をよく見て、角度が緩やかなところから上り下りするんだ。適当なところから上り下りするとアヌビスでさえ戻れなくなる。砂地で崩れやすく、砂がどのような堅さかも見極めないと戻って来れない。そういう地形だ。それでも窪地の中を徘徊しているうちに、星を見る者を踏んで食われたって訳だ。大きな声で喚きながら死んでいったよ。ジェシカはよく生きてたな」
あの時の母の言葉がなければ私は死んでいたかもしれない。
寒気に襲われていると、一つ気になる事を思いついた。
隊長はエイリアンについて詳しいが、それは生態調査のおかげだという。
「隊長はエイリアンの生態調査が行われない現状をどう思いますか?」
「仕方ないさ、俺たちがやるしかないんだよ。発光するアヌビスでは目立ちすぎて生態調査は不可能だ。かといってサバイバルウェアを着た学者たちが外部行動員と一緒について行っても邪魔になるだけだ。パニックを起こして危険な方に行ったり、呼吸が乱れてサバイバルウェアの酸素を大量に使ったり……死なれたら俺たちが処罰を受ける。基地にエイリアンを運んでも、極端な寒暖差で血が沸騰して爆発する。だから研究が進まない気持ちは分かる」
エイリアンの血液組成は液体空気とほぼ一緒だ。
常温に運ぶと、一気に沸騰し始めるのも道理にかなっている。
「そうだったんですね」
「もういいか。あまり喋ると舌を噛むぞ」
隊長はそう言って歩を進めていく。
アヌビスで移動していたときとは違い、隊長たちは置いて行かれるんじゃないかと思うほど早かった。グレネードランチャーを持っているというのもあるが、それにしても私は遅かった。
鬼気迫るようなスピードに、それでも私は歯を食いしばりながら、追従するしかなかった。
その調子で、歩いて行くと光に照らされたシェルターのゲートが見えてきた。
「遅かったか」
隊長が心底悔しそうな震えた声で呟いた。
一体どういう意味なのかを考えつく内に
「ジェシカ。言っておくことがある」
隊長が重い口を開いた。
「何ですか」
「俺たちの遺書は俺の机の中だ。一番上の引き出しに入ってる」
何を言っているのか分からなかった。
頭が真っ白になった私に状況を理解させてくれたのは、目の前で青白く発光する犬型の鋼鉄製車両だった。
「アヌビスがなぜ……」
「お帰りなさいジェシカ。そしてお久しぶりチーム・アポカリプス」
声はリリィ少佐のものだった。
「ちっ。リリィか」
サイモンの苦々しい声が聞こえる。
「やあサイモン。相変わらず黒いわね。今から真っ赤に染めてあげる」
戦闘が始まりそうな雰囲気だ。ここは私がこの部隊の有用性を私が示さなければならない。
「リリィ少佐。勇気隊長のおかげで帰ってこられました。どうしてアヌビスに乗っているのですか」
「処分よ。その男たちを処分するの」
「どうしてですか。彼らは英雄です」
「そう。だから困るの」
リリィ少佐は、さも当たり前のことを言うように私に告げた。
レベッカの、リリィ少佐はイカレているという発言が頭をよぎった。
「人間は非常に愚かなの。自分より下がいないと許せない奴らばかり。だからこのシェルターにカースト制度が制定されたのよ。身分制度を作り出し、人の下に人を置く環境を整えた。スケープゴートを用いたみんなの心を満たす素晴らしい制度よ。それは同じカースト間にも言えることで、優秀な部隊と無能の部隊も用意してあげないと上手くいかないのよね」
「それでは立場の弱い有能な人間はどうするのです」
「立場が弱い人間において、仕事の能率という意味で有能か無能かはどうでも良いの。逆境に耐えられるどうかが、立場が弱い人間に対して私たちが求める能力なの。それを通り越してその三人は液体空気を三〇〇〇リットル回収し、要求されていない有能性を示した。更にあなたまで助けてくる始末。優秀すぎて邪魔なのよ。これは秩序を乱す行為と認定する」
「みんなで仲良くすれば良いじゃないですか。あなたを操っているのは大佐ですか」
「操られているわけじゃないわ。みんながそう思っているのは事実。私も中将の孫としてこのシェルターに貢献したい。私は私の意思と考えでここに来たの。でも中にはあなたみたいに平等を謳う軍人もいるみたい。仲間がいて良かったわね。私は違うけど」
「そんな……」
取り付く島がない。一体どうしたら良いんだろう。
「ねえジェシカ少佐。あなたは有能だったわ。これからも有能であって欲しいわね。幸せだったでしょ。ねえ、違うの?」
リリィ少佐の言う、私の有能とは、虐げられる無能の中で耐久性があるという意味だろう。
「もう虐められるのは嫌です」
「そう、残念ね。でも大丈夫。あなたは生かしてあげる。だって力で訴えればあなたは簡単に服従する。だって、いいおっぱいのカタチしてたじゃない?」
リリィ少佐のアヌビスが伏せて突撃の体勢を取った。
「総員迎え撃て。T形態から足を狙え。配線を切断するんだ。尻尾にも注意しろ。ジェシカ、バトルアックスを貸せ」
勇気隊長は私の背中からバトルアックスを持って行った。
「「「バトルアックス起動!」」」
三人はバトルアックスを起動し、臨戦態勢をとった。
「さようなら、チーム・アポカリプス!」
リリィ少佐を乗せたアヌビスがこちらに突撃してきた。
「うおらぁあああああああ!」
勇気隊長は私のバトルアックスを、リリィ少佐のいるコックピットめがけてぶん投げた。
「なに!?」
エイリアンの多数存在するこの荒野において、バトルアックスを投げる外部行動員など存在しない。なぜなら投擲すれば基本的に丸腰だからだ。
ましてや外部行動員とアヌビスが戦うなんて事は今までなかっただろう。
勇気隊長の投げたバトルアックスは回転しながらアヌビスのコックピットにぶち当たった。
「!」
アヌビスの頭部から水が噴き出した。
「水が沸騰する! 凍るっ!」
リリィ少佐が慌てふためく声が、通信機を通して聞こえてきた。
リリィ少佐の乗るアヌビスは排水が開始され、アヌビス内で体を固定するための水が地面に落ちていく。
「参謀、すぐに凍らないぞ。どうなってるんだ?」
「サイモン、訓練生時代の教官の話を聞いてなかったのか。今の大気にはわずかに存在する水素しか存在しない。真空下では熱を伝達する物質が少ないためにすぐには凍らない。気圧がないから水が沸騰し、沸騰によってエネルギーを奪われた部分の水が凍るんだ」
さすが参謀さん。この部隊の生き字引です。
人間もすぐには凍らないけど結局この環境には適応できない。気圧ゼロで、人間は容易に気絶する。その後は汗が蒸発し、凍り付いてしまうという段階を踏む。
「よくもやったな」
リリィ少佐のアヌビスが体勢を立て直した。
どうやら水なしでアヌビスを操縦するつもりのようだ。
アヌビスの最高速度は時速一五〇キロだ。
体を固定する水がないため、リリィ少佐はそのようなスピードは出せない。
この巨体を彼らはどうやって止めるのだろうか。
だがリリィ少佐には致命傷は与えられなかったものの、完全にイレギュラーな戦法をとる勇気隊長の攻撃はリリィ少佐に届いた。
もしかしたらこの三人なら倒せるかもしれない。
「アヌビスは外部行動員百人ぶんの力があるらしいな。お前のアヌビスは三人分以下の特別製か?」
自分のバトルアックスを起動した勇気隊長は、リリィ少佐をあおった。
「生意気な発言ね!」
リリィ少佐はアヌビスの爪を振るった。三人が回避したところを更に車体を半回転させながら尻尾を振り回し、参謀さんが吹き飛ばされた。
宙を何度も回転しながら、参謀さんは地面に墜落した。
「参謀、次が来る。回避しろ!」
「げぼっ。かっこ悪いとこ、見せちゃったな」
「まずは一匹目だああああああ!」
リリィ少佐は参謀さんに爪を突き刺し、真っ二つにした。
「参謀!」
二人の叫び声もむなしく、リリィ少佐は更に参謀さんの身体に何度も爪を突き立てて、バラバラに解体していく。
「ジェシカ。頭部グレネード!」
「はい!」
死を悼む暇なんてない。
私が遭難したせいで参謀さんが殺されてしまったんだ。この敵は私が討つ!
私はコックピットめがけてグレネードを射出した。
グレネード射出時の反動は思った以上に大きく、グレネードは遙か彼方に飛んでいった。
何事もなかったかのように勇気隊長たちはアヌビスの後方脚部めがけて攻撃していた。
サイモンは右脚部、勇気隊長は左脚部を狙い、金属の下を通っている配線を狙っているようだ。
「外しました!」
「想定通り!」
勇気隊長は語気を強めている。
怒っているのかもしれないけど、それは当たり前だ。
何やってんだ私。前に見た映画では一般人がグレネードランチャーで怪物を一発で仕留めていた。私にだってそれくらい出来るはずだ。確かに撃ったことはなかったけど、二発目からは初心者じゃない。プロだ!
「ジェシカ頭部を狙え!」
「いえ、今度は確実に当てます」
私は照準を変え、今度は胴体を狙った。
今度は頭じゃない。人を銃で撃つときに狙うのは頭じゃなくて面積の多い胴体だ。アヌビスにだってそれは通用するだろう。
私はもう一度アヌビスを目掛けて、グレネードランチャーを放った。
射出された弾は思ったより低い位置に向かっていき、後方脚部に近い右側腹部に命中した。
「ぐあああああああああああ!」
すぐ近くにいたサイモンが爆炎を浴びて、地面を転がった。
「たいちょ、なに、が……」
サイモンの声が徐々に小さくなっていく。
彼は緩やかな坂をゴロゴロ転がりながら、どこかに行ってしまった。
「サイモン! 応答しろ、サイモオオオオン!」
勇気隊長の絶叫が聞こえたあと、目の前が真っ暗になった。




