第二話 レベッカ
勇気隊長の下に奴隷ちゃんが帰ってから三日が経った。
私はその間、勇気隊長の部屋に行く勇気が無かった。
何も出来ないままベッドに伏せて、経過した三日間は最悪の気分の三日間だった。
「時間か」
定刻になり、私は全裸になった。
おむつを装着し、サバイバルウェアを装着した。
本日は勇気隊長の探索した開拓地・未踏の岩山区域において大規模な液体空気の回収を行う。目標は一五〇〇〇リットル。出撃するアヌビスは五機、指揮官は未踏の岩山区域に遠征済みの私だ。
外部行動員はチーム・カリユガ、チーム・アルマゲドンが行くことになった。他のチームは二部隊いればいいという上層部の判断で、突如はしごを外され、だいぶお冠のようだ。
この作戦で戦果を上げられれば、私の評価が変わると少将は語っていた。私の汚名をそそぐことが出来れば、私が父の顔に塗り続けていた泥も洗い流すことが出来るだろう。
上層部は早くも勝ち誇った顔をしている。
上層部曰く、無能の部隊でも三〇〇〇リットル回収できるパラダイスだ、と。
私の、危険な区域であるという提言にも耳を貸さず、
「ジェシカ少佐。君の功績は十分に、いや、十二分に分かっている」
と言い放った。
要するに、苦労したふりをしてもっと功績を貰いたいのか、この欲張り、といった言葉を投げかけられた。
もっとも、私を辱めたこの組織にもはや興味は無い。この遠征が終わったら早く引退したいので、父に掛け合おう。どんなに粘られても、粘り強く辞意を表明してやる。
私は外部連絡室からアヌビスに搭乗して、ゲートに移動させる昇降機を起動させた。
大佐は絶対に許せない。
「ジェシカ少佐はいつもミスをして腹が立っていた。罰を与えるべきだと思ってやった。チーム・アポカリプスから地図を奪おうとしたのはこのシェルターに対する愛、忠誠として行った行為だった。行き過ぎた行為だったと思うが、どうか許していただきたい」
少将に歯を折られた大佐は謝罪で許された。
許してやって欲しいと他の軍人たち嘆願されて、私の除隊するべきという意見は事実上封殺された。
そのあと、他の軍人たちは大佐の地位を狙うために大佐の悪口を言っていると私を一切信用しなかった。
「大佐は優秀な部下を、その地位を奪われたくないがために様々な方法で蹴散らしてきた。お前も気をつけろ」
と、少将は警告してくれた。
この組織には愛想が尽きたを通り越して、殺意さえ湧いてきた。それと同時に恐怖を感じている。早くこの組織から逃げなければ私の命もないだろう。
私は未踏の岩山区域までの道案内を役割として今回の外部行動に参加したが、まさか指揮官まで任命されるとは思わなかった。
正直に言うと、向こうの状況については一切説明するつもりはない。みんな死ねば良い!
悶々としているうちに昇降機が止まり、ゲートが開いた。
相変わらず外は暗く、アヌビスの光だけが眩しかった。
ゲートから出ると、私はアヌビス四機と外部行動員の二部隊を待つ必要がある。
いつもより十分ほど早く出撃したが、他の部隊の影どころかアヌビスさえ見当たらない。
勇気隊長の率いるチーム・アポカリプスだったらちょうど良い頃合いだったかもしれないが、他の部隊にとっては早すぎたのかもしれない。
五分後に幼なじみのレベッカが、ゲートから出てきた。
ずいぶん気合いが入ってるね、と気を利かせて無線で話しかけてくれた。
「レベッカ。ありがとう」
本当なら一緒に行きたくなかった。
しかし、陰口を言う人とも仲良くするのが仕事だ。レベッカと一緒にいるのも残り僅かな時間だ。ここは笑顔で終わろう。
「あのさあ、あんたの話聞いたんだけど、隊長のとこから奴隷を誘拐したって本当?」
レベッカから突如、とんでもない発言が出てきて、度肝を抜かれた。
「ち、違う。大佐がスタンガンで勇気隊長と奴隷ちゃんを動かなくさせたんだよ。それに私は裸の写真を撮られて脅されてたの。ボコボコに殴られたあとにね」
あ、私は何を喋ってるのだろう。
裸を見られた話なんてしたくなかったのに弁明したいがために余計なことまで喋ってしまった。
「え!? それ聞いてないんだけど、私たち幼なじみでしょ。どうして言ってくれなかったの?」
信頼してなかったとは口が裂けても言えなかった。
私は無言を通すしかなかった。
「あのさあ、上司からもホウレンソウをしっかりしろって言われてるでしょ。あんたはいつも自分で抱え込んで、対処できなくて失敗する。はっきり言って軍人どころか一般職も厳しいわ。私のことがそんなに信頼できない?」
「恥ずかしいし、言えないよ」
「大佐は精神的にも肉体的にも相手を屈服させるタイプよ。私が少佐になれなくて負い目を感じてるのかもしれないけど、はっきり言ってもう私に昇進欲求は無いわ」
「え!?」
私に取り繕って昇進しようとしていたと話では聞いていたが、それは一体何だったのだろう。
「だって、佐官になったら司令部行きでしょ。はっきり言ってあのクソ大佐と一緒に仕事をするなんて無理。男女構わずぶん殴って裸の写真を撮るイカレた奴よ。寒気がする。とりあえず、何かあったら私に言いなさい」
「ああ、うん」
私はレベッカにどういう印象を抱いたらいいか分からなくなっていた。
「あと、あの司令部はいじめの対象になると、あなたの悪口をあなたの友達が言っていたと嘘を言って関係を悪化させる。そして友達と縁が切れてから今度は司令部内で孤立させるように仕向けて、誰にも相談できないようにしてから徹底的にイジメるのよ。最近あんたの私に対する態度も薄っぺらくなってたし、きっとあんたもそんな感じじゃ無いかなって思ってたのよ。当たりでしょ」
「……うん」
バッチリ見抜かれていた。やはり彼女は私のことを見抜いてくる。
一方、彼女のことを見抜けなかった私はとんだピエロだった。
「虐められてると正常な判断が出来なくなるのは分かるわ。だけど私のことは信じなさいよ。次は見損なわせないでね」
「うん。ごめんね」
彼女は私のことを許してくれるようだ。
「でもね、いい人もいるんだよ。リリィ少佐は素敵な先輩なんだ」
「え? あの人相当イカレてるって聞いてたけど。本当にいい人なの?」
「そう言われると不安になる」
「あんた人の言葉に左右されすぎ」
「うっ」
返す言葉も無い。
「まあ自分で決めなさい。やっと他のアヌビスが来そうよ」
そのあと、続々とアヌビスがゲートから出てきて、全機が何時でも出撃できるようになった。
しかし、外部行動員が来ない。
五分後、チーム・カリユガとチーム・アルマゲドンの部隊の姿が見えた。
こちらから見えているのだから向こうからもこちらが見えているはずだ。
アヌビス全機が集結しているにもかかわらず、外部行動員たちは無線で呑気な話をしながらこちらまで歩いてこようとしてる。
「さっさと走れウスノロども!」
外部行動員の副総括をいつも担っている中佐の一喝で、外部行動員たちは若干小走りになった。そして三分後に出撃する部隊が到着した。
「お前らは気が抜けている。今回は地形と空気貯留池しか書いていない探索地図での外部行動だぞ。気を引き締めろ!」
「大丈夫ですよ。三人しかいないファーストエスケーパーでも三〇〇〇リットル回収できたんですから、今回は楽勝だと思いますが」
チーム・カリユガの部隊長は中佐に無線で話しかけた。
チーム・カリユガとチーム・アルマゲドンはシェルターから近くの区域で液体空気を回収している。
シェルター近くの区域は、エイリアン殺しを主目的とする外部行動員によって、討伐が行われているため、かなり安全に液体空気を回収することが出来る。
最近は回収量が少なくなってきていたため、新しい区域を探索することが必要となっていた彼らには棚からぼた餅と言ったところだろう。明らかに気が緩んでいる。
「まあ、そうだな。今日はピクニックとしゃれ込むか」
中佐は言い返すのも面倒になったのか、アヌビスで移動し始めた。
「ピクニックじゃねえんだぞ」
サイモンの声が聞こえた気がしたが、私はそれを振り払った。
もう、私は仲間じゃない。私が裏切ったのだから、私は彼らに顔向けできない。
頭の中で後悔が渦巻いていたが、あの時どうしたら良かったのか私にも分からなかった。
「ジェシカ。先頭を行け」
中佐の指示で私は先頭を歩くことになった。




