第三話 一世一代の告白
翌日。奴隷ちゃんに起こされて、俺は目を覚ました。
「見て欲しいものがあるの」
ずいぶん真剣そうな顔に、奴隷ちゃんも食事以外でそういう顔をするのだなと感心してしまった。
「うんしょっと」
奴隷ちゃんは急に服を脱ぎだした。
「え?」
突如のことに俺は戸惑った。
急いで服を着るように促さなければ。
いや、まだだ。
もしかしたら向こうの階で虐待されて傷が出来たのかもしれない。それを見て欲しいのかもしれない。それが致命傷になったら全てが無駄になる。
しかし、思いは届かず、奴隷ちゃんは最後には一糸まとわぬ姿になって、手を広げた。
彼女の身体は心窩部に痣が出来ていた。少し浮き出たあばらの骨が印象的だった。
「どう?」
「痣が出来てる。痛いのか?」
「違うよ!」
奴隷ちゃんは俺の手を掴んで、自分の胸に押し当てた。
「どう?」
俺の手は奴隷ちゃんの平たい胸に押し当てられている。
俺は夢を見ているのだろうか。何が起きているのかさっぱり分からなかった。
どうって一体なにを言っているのだろう。
まるで奴隷ちゃんの皮を被った何かと対面しているようで、全身が泡立つだけだった。
すっかり呆けていただろう俺の顔を見て、奴隷ちゃんは目を伏せながら悲しそうな顔をしていた。
服を来て、
「ごめんなさい」
そう謝ったあと、部屋を出て行った。
俺は奴隷ちゃんを追いかける気にはならなかった。
眠っている間に誰かが入れ替わったのではないかと思ってしまうほど、奴隷ちゃんは真剣そうな顔をして、俺に全てをさらけ出した。
この奇妙なことを誰かに話したくて、俺は参謀とサイモンのいる部屋を訪ねた。
二人は俺の顔を見るとすぐに駆け寄ってきて、肩を掴んだ。
「どうした隊長。顔が青いぞ」
二人の驚愕した顔を見続けながら、俺は先ほどあったことを説明した。
話を進めるごとに二人の顔色は曇っていく。
「参謀。これは……」
「サイモン、言ってやろう。勇気隊長はショックが大きすぎて状況が理解できていない。一番しっかりしなくちゃいけないのは俺たちじゃなくて隊長なんだよ」
二人はピンと来るものがあったようで、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「俺は言えねえよ。とてもじゃねえが無理だ」
サイモンは顔を覆って部屋の隅に行った。サイモンは、うううと呻きながら身体を震わせている。
「いいか隊長。落ち着いてくれ。多分だけど、奴隷ちゃんは性的被害に遭った」
「え?」
せいてきひがい? せいてき、ひがい?
「おい隊長。しっかり気を持て。隊長! 隊長!」
目の前が霞み、参謀の声が遠くに聞こえた。
目を覚ますとベッドの上に寝ていた。
サイモンと参謀が椅子に座って俺を見つめている。
「落ち着いたか隊長」
サイモンは低い声で言った。
「永遠に眠っていたかったよ」
「落ち着け。確信に近いだけで、まだ決まったわけじゃない」
「……そうだな」
俺はベッドから立ち上がって、ゆっくり息を吐いた。
まだ決まったわけじゃない。
奴隷ちゃんが急に痴女に目覚めた可能性もある。それも、急に……な。
「隊長はどうするつもりなの?」
参謀は心配そうにこちらを見ている。
「心理学の本に書いてあったんだが、子供が幽霊を怖がるのは、親が怖がるからと言う話があった。性的被害に関しては親が動揺すると、子供も動揺するので、親がしっかりしないといけないと読んだ気がする」
「そっか。何に関しても保護者が、しっかりしないとね」
「ひとまず奴隷ちゃんに会ってくるよ」
サイモンと参謀の目を見ていうと、二人はにっこりと笑った。
「分かった。行ってらっしゃい」
「踏ん張りどころだ。行け、隊長」
参謀は手を振って、サイモンはサムズアップして健闘を祈ってくれたようだ。
「ああ、戸惑ってしまてすまない。行ってくる」
俺は部屋を出て、隊長室の並んでいる廊下に戻った。
出来れば来たくなかった。
現実はいつも無慈悲で残酷だ。
だけど俺はこの足が動く限り、進まなければならない。
そうでなければ、現実は更に非情を纏って襲いかかってくる。
深呼吸をしてから、自室の前にある奴隷ちゃんの部屋をノックした。
「奴隷ちゃん」
声を掛けたが反応はない。
「奴隷ちゃん。話がしたい」
ゆっくりと扉が開けられ、隙間から奴隷ちゃんの目が見えた。
怒っているのだろうか。
「隊長さん。怒ってる?」
こちらが思っていたことを先に言われて、一瞬、呆けてしまった。
「怒ってないよ。俺も奴隷ちゃんのことを怒らせちゃったかと思った」
「私も怒ってないよ。入る?」
「ああ」
奴隷ちゃんの部屋に入ると、奴隷ちゃんはベッドの上に座った。
奴隷ちゃんの隣に座ると、奴隷ちゃんは上目遣いに俺を見ている。
会話の切り口を待っているのだろうか。俺からこの部屋に来たからには、俺から話をすべきだろう。
「向こうに行っている間、何があったのか気になって。嫌なら言わなくても良いけど、出来れば教えてくれないか」
奴隷ちゃんは首を縦に何度も振った。
そして急に泣き出して、俺の胸に顔を埋めた。
もしかして、やはり何かされたのか。
はやる鼓動を押さえようと、俺も奴隷ちゃんを抱きしめた。
何が起きたのかを想像するだけで胸が締め付けられる思いだった。
奴隷ちゃんを抱きしめ、奴隷ちゃんの身体に顔を押しつけ、匂いを嗅いだ。
嗅覚、触覚に神経を集中させて、未だ想像の域である「奴隷ちゃんが受けた性的被害」から必死に逃げだそうと俺はもがいていた。
自分が触れている奴隷ちゃんの身体。奴隷ちゃんが俺の身体に触れている触覚。奴隷ちゃんの泣き声と息づかい。全てに意識を集中させて、俺は正気を保っていた。
それから少し経って、奴隷ちゃんはゆっくり俺から手を離した。
「聞いて欲しいことがあるの。えっとね……」
それから奴隷ちゃんは、大佐に殴られたこと。服を脱がされそうになったこと。ジェシカが服を脱いだこと。怖いじじい(恐らく少将)が助けてくれたこと。あの空間にいたことがとても嫌だったこと。
などなどを弱々しい声で呟いた。
俺は取り乱すことはなく、じっくりと聞くことが出来た。
どんなことを言われても奴隷ちゃんを受け止めようと思っていた。
「裸をね、見られそうになったの。お母ちゃんがね、女の裸は医者と好きな男以外に見せるなって言ってたの」
「教えてくれてありがとう。奴隷ちゃんは悪くないよ。守ってやれなくてすまなかった」
奴隷ちゃんの肩を抱き寄せた。
奴隷ちゃんも頭を俺に預けて、腰に手を回してきた。
「だからね、隊長さんに見て貰いたかったの。私の裸! 好きだから見て貰いたかった!」
「奴隷ちゃん……」
「あんな人たちに見られる前に、一番好きで、いつも感謝してる隊長さんに見て貰いたかった。隊長さんの事が好きなの。私はっ、奴隷だからっ、絶対無理だと思うけど、それでも隊長さんの事が好きなんだぁああああああ!」
絶叫。
半ばヤケクソだったのか奴隷ちゃんの告白は狭い部屋によく響いた。
何歳だろうと女は女。
一世一代の熱烈な告白に、俺は一切、はぐらかすつもりはなかった。
これを聞いたからには、もう二度と、奴隷と外部行動員の隊長という関係には戻れないだろう。
断れば奴隷ちゃんは必ず去って二度と現れないという確信が持てた。
「分かった。奴隷ちゃんの気持ちは分かったよ。今まで献身的に掃除や俺の愚痴を聞いてくれたし感謝している」
奴隷ちゃんの頬には大粒の涙が伝っている。
「正直言うと、奴隷ちゃんは今は子供だ。子供が産める年齢に達していないのは分かるね」
奴隷ちゃんに確認を促すと、何度も頷いている。
「それに俺も貧乏だ。外部行動員としては上手くいっていないことも分かるだろ」
再び確認を促すと、奴隷ちゃんは苦しそうに頷いている。
「そこで、今から三年後。奴隷ちゃんが十四歳になったら今よりも身体が大きくなるはずだ。その時には俺も外部行動員として給料がもっともらえるように頑張る。もし、三年後に奴隷ちゃんが俺のことを好きだったら結婚しよう」
「けっ、けけけけけっ!?」
「そうだ。結婚だ。もちろんその頃には……」
奴隷ちゃんは天にも昇るような笑顔のまま、後ろ向きにベッドに倒れ込んだ。
「おい、奴隷ちゃん。奴隷ちゃん……」
気絶してやがる。




