第二話 帰還
穏やかで有名なジャック少尉とともに階下に降りて、軍人のいる階層に降りた。
ジャック少尉に連れられて、少将の部屋に着くと、机の前に奴隷ちゃんとチャールズ少将が座っていた。
チャールズ少将の周りには護衛が八人いて、無表情で立っている。
少将の印象は髭を蓄えた好々爺というのが第一印象だろうか。
少将と言うからには権力者なのだろう。
味方にしなくて良いから、せめて敵には回したくないところだ。
奴隷ちゃんと目が合うと、こっちに向かって走ってきた。
「隊長さん! 会いだかったぁ!」
めそめそと奴隷ちゃんは俺の腰元で泣いている。
「待たせたな」
「待ったよ!」
奴隷ちゃんの頭をなでて、顔を近づけた。
「ううっ、ううっ」
奴隷ちゃんは俺の服に顔を近づけながらすぅすぅと鼻で息を吸っている。
一体何をしているのだろう。俺が臭うのか?
奴隷ちゃんが落ち着くまで少将は話し合いを進めなかった。
ただひたすらに何も言わず立って待っていてくれた。
奴隷ちゃんが俺に寄りかかりながら、ウトウトし始めたところで少将が口を開いた。
「君が勇気隊長か。初めまして」
「こんにちは少将。初めまして」
互いに表面上の挨拶をして、椅子に座った。
「君には申し訳ないが、探索地図を頂きたい」
「それが奴隷ちゃんを開放するための条件ですか?」
少将は頷いたのか、それともただ頭を下げたのか頭を前方に傾けた。
「今回の件は大佐の暴走だ。寛容な気持ちを持って欲しい」
「探索地図が完成したら奴隷ちゃんに立派な服を着せてやりたかった。だが規則上、探索地図を途中で取り上げたら我が部隊には名誉も報酬も残らない。俺たちがなんて呼ばれてるか知ってるますか。ファーストエスケーパー、さっさと逃げる奴、ですよ」
「すまないが特例は認められない。それが軍規だ。君の作成に手間取ったのも原因はある。私もな、孫娘が三人いるんだ。目に入れても痛くないほど可愛い孫だ。だからこそ君の気持ちは分かる。その静かな瞳の奥で強烈な怒りが湧き上がっていることもだ。現在シェルターの酸素濃度は心許ない量だ。酸素生成器が一機壊れ、機能していないからな。もし、酸素量が少なくなったら奴隷の階層から順に酸素供給量を減らしていくことになる。言っている意味は分かるね」
「地図を渡して欲しいということですね。分かりました」
要約すればそう言うことだ。罪悪感をかき消すためにいろいろ理由を付けているが、あくまで軍隊という中の一個人に過ぎない。この男は大きな流れの中で抗いきれず、申し訳ないと顔を悲しそうに歪めながら他人の功績を略奪していく悪党だ。
「こちらにも事情があると言うことを分かって欲しい。最大限出来る特例として次回の外部行動は休んで良い。ゆっくり、その……奴隷ちゃんと過ごしてやってくれ」
善人ぶるのは気持ちいいか? 自分は悪くないと言いたいのだろう?
「分かりました。しっかり彼女を癒やしてあげます。途中ですが受け取ってください」
俺は立ち上がって、少将の所へ直接地図を私に行こうとした。
俺が近づくにつれて、少将の顔が歪んでいく。
顔が歪んでいく少将を護衛は見ていたのか、俺の前に立ちはだかり、両手を差し出してきた。
「勇気隊長、ご苦労様です。これは大事に私たちが有効活用させていただきます」
恐ろしく気の利く護衛だ。軍人が外部行動員に謝意を示すことはあまり無い。
しかし、言われた外部行動員は悪い気はしないだろう。
自然な流れでこの護衛は俺を少将に近づけさせなかった。
少将は有能な部下をお持ちのようだ。刺激しないで帰るのが一番良いだろう。
「よろしくお願いします」
言葉の表面しか捉えられない間抜けのように、俺はうれしそうな笑顔で振る舞った。
「あ、少将。報告すべき重要事項について口頭で報告しますか」
「い、いや、いいよ。疲れたろう。ゆっくり休んでくれ。奴隷ちゃんも眠っているぞ」
少将はとびきりの笑顔で、トロトロと眠る奴隷ちゃんを指している。
少将の顔はなんと苦悶を浮かべた笑みだろう。そんなに有色人種と話すが嫌なのか。
「そうですね。早く連れて帰ります」
作戦完了。有色人種嫌いの間抜けで助かった。
俺たちは奴隷ちゃんを抱えて会議室を出た。
自分たちの階層に戻ると、俺は奴隷ちゃんをベッドに寝せた。
無事に奴隷ちゃんが帰ってきたことで、俺と参謀は二人で溜め息をついた。
「何事もなかったね隊長」
「ああ。側にいてくれただけで心強かったよ。ありがとう参謀」
「礼なんて良いさ。隊長の力が無きゃ、あの未踏の岩山区域では生きて帰って来られなかった。いつもそう思ってたよ。こっちこそありがとう」
俺たちは緊張が解けたのか笑い合った。
「それにしてもあの少将は馬鹿なのかな?」
「だろうな。トップの人間でさえ俺たちのことを見くびっている。普通なら重要事項くらい聞くはずだ。あれは怠慢だ」
「少将が聞かないなら他の階級の人たちは聞きたくても聞けないだろうからね」
「動向を見守ろう。参謀はここにいてくれ。部屋でサイモンが待っているはずだ。呼びに行ってくるよ」
俺が立ち上がると、参謀は俺を制止した。
「隊長はここにいなよ。奴隷ちゃんが目を覚まして隊長がいなかったら大変なことになる」
「分かった。待ってる」
俺は奴隷ちゃんの隣に横たわった。
正直なところ奴隷ちゃんのことが気になってこの三日間ロクに眠れなかった。
奴隷ちゃんが戻ってきてくれて本当に良かった。
頭をゆっくりなでると、奴隷ちゃんがふと目を覚ました。
「隊長さんどうしたの。どこか痛いの?」
「な、何でも無いよ。お帰り」
頬を拭いて、奴隷ちゃんを抱きしめた。
「隊長さん。これからも一緒だよ」
「ああ。約束する」
奴隷ちゃんの小さな手を俺はゆっくりと握った。
奴隷ちゃんの感触、匂いを確かめて、確かにここに奴隷ちゃんがいるということを実感した。
無事に帰ってきてくれて、うれしいという言葉では表し切れない心情だ。
「隊長、奴隷ちゃんは戻ってきたか」
サイモンが参謀と一緒に部屋に入ってきた。
「サイモン。おかげで戻ってきたよ」
「あ……それは良かった。よし参謀、帰るぞ」
泣いていたのがバレたのか、サイモンは参謀を連れて嵐のように帰っていった。
二人は本当に良い奴らだ。仲間で本当に良かったと思う。
俺の頬にゆっくりと手が伸びてきた。
「ねえ隊長さん。お願いがあるの」
くすぐったそうに奴隷ちゃんは笑っている。
「一緒に寝てちょうだい。今日だけでも良いから」
「分かった。俺も昨日は眠れなかったんだ」
奴隷ちゃんの隣に潜り込むと、奴隷ちゃんは俺の腕を持ち上げた。
「枕」
奴隷ちゃんは俺の腕枕をご所望のようだ。
「ちょっとだけだぞ。他の部隊で彼女に腕枕をして、腕が麻痺した隊員がいるからな」
「うん。分かった」
それでも奴隷ちゃんはうれしそうに微笑むのだった。




