第三話 営み
痣だらけの身体を私は写真に撮られた。
それだけで済んで良かったね、と言う人はどれくらいいるだろうか。
体中痛くて、心も痛くて、私は服を着ながら泣いた。
「泣いてる暇は無い。さっさと地図を取ってこい。それとも写真をみんなに見て貰いたいというなら話は別だ」
「……行って来ます」
分かっている。一介の少佐如きでは大佐に立ち向かうことは出来ない。
大佐は恐らく司令部を掌握している。
私は大佐の部屋を出て、エレベーターへ向かった。
少佐が立ち向かえないのに、外部行動員の隊長である勇気隊長が大佐に立ち向かえるか。
みなに聞けば口をそろえて言うだろう。不可能だ。
外部行動員たちにとって、探索地図と、探索し終えた区域は命の次に大事なものだ。探索地図も命と同等の価値を発揮する。その両方を差し出せというのはあまりにも酷だ。
しかし大佐がこの決定を可能にしたのはシェルターに住む全ての住民のためという大義名分と、ファーストエスケーパーという立場の弱い部隊が相手だからだ。
普通の部隊に対してここまでやったら他の部隊の外部行動員たちも巻き込んだ騒動になるだろう。
今回は勇気隊長に探索地図の作成の遅れという落ち度もあって、他の外部行動員は口を出さないと大佐は踏んだのだろう。
エレベータを起動し、私は隊長のいる階層に上がった。
「お疲れ様です」
エレベーターが開くと、笑顔のジャック少尉がこちらに敬礼をしてきた。
すぐさま青ざめたように彼は顔をこわばらせた。
「どうしたんです少佐。誰がやったんです?」
「行きましょう、ジャック少尉」
「ええっ!?」
ジャック少尉の顔は引き攣っていた。
今ならジャック少尉の気持ちが分かる。昇進などしないで犬に餌を与える生活がどれほど尊いかを。
高鳴る心臓に、顔が歪む。胸が張り裂けそうなほど痛い。体中も痛い。
私はこれから勇気隊長の前で、命の次に大事なものを差し出せ、と言うのだ。
大佐も意地が悪い人だ。わざわざ私を使うところがひねくれている。
もう仕事なんてしたくない。
チーム・アポカリプス。
隊長室の前にぶら下げられた、表札にゆっくりと触れた。
事を起こせば私も、所詮は白人の仲間なのだ、と軽蔑されるだろう。もう、ここに来ることはないのかもしれない。
だが、隊長なら何か策を考えてくれる可能性もある。よし、行こう。
震える自分を鼓舞し、ドアノブに手を掛けた。
その時、ドアの奥からベッドのきしむ音が聞こえる。
「隊長さん気持ちいいですか?」
「……あぁ」
えええええええええええええええ!
奴隷ちゃんと隊長の声に別の意味で手が震えてきた。
そういう対象として見ていない、との発言は何だったのか。まさかの営みタイムか!
ジャック少尉の方を見ると、
「ノックです。ジェシカ少佐」
ジャック少尉は私の肩に手を乗せてきた。
やっとアヌビスの乗り手として、上手くいくと思っていたのに、今日は困難ばかり降り注いでくる。
私は入り口の扉をノックした。
「どうぞ~」
奴隷ちゃんの声が聞こえる。
入れるわけ無いだろ!
ジャック少尉の顔色を窺うと、大丈夫みたいですねと笑顔で笑っている。
じゃあ、お前が行け!
ああいけない。今日は人生最悪の日で、非常にイライラしているんだ。軍人に必要なのは私情ではない。
冷静になるために私は一呼吸置いた。
「失礼します」
扉を開けると、隊長さんの上に奴隷ちゃんが乗っていた。
一生懸命に奴隷ちゃんが、隊長さんを足で踏みつけているが、これは新手の営みか。
「少佐。大丈夫でしたね」
ジャック少尉は一安心といった様子だ。
大丈夫なのか、これ。
勇気隊長は気持ちよさそうにウトウトしている。
「奴隷ちゃん、何やってるの?」
「マッサージ」
おかしいな。私の知るマッサージはそんなに被虐的ではなかった気がする。
「隊長さん、ジェシカお姉ちゃんが来たよ。なんかジェシカお姉ちゃん変だよ」
「ん……ん?」
隊長さんは涎を拭いて、ゆっくりと起き上がった。
「いったいどうし……ボコボコじゃねえか! 本当にどうした!?」
「お姉ちゃんかわいそう。イジメだイジメ」
二人は私のことを心配してくれている。
申し訳なくて、私は涙を流しながら口を開いた。
「お願いがあってきました」
「復讐か。任せろ!」
勇気隊長は目をぎらつかせて、腕まくりをした。
「で、どの部隊の奴にやられた? 半殺しと行方不明。どっちがいい?」
「そうではなくて探索地図をください。あの区域はこれから軍人が液体空気を回収することになりました」
「……はぁ?」
勇気隊長は目をこすりながら、俺はまだ寝てるのか、と小声で言った。
「非常に申し訳ないですが、大佐からの命令です」
「ああ、大佐かよ。これはまた厄介な……で、俺たちの部隊はどうなる」
「わかりません。私の任務は地図を貰ってくることです」
「ノコノコ俺が渡すと思ったか。俺の一存じゃ決められない」
「その通りですね。帰ります」
こんなの無理に決まっている。
二人で多口型一匹を討伐して普通なのに、一人で何匹も殺せる怪物を相手にしても無意味だ。今から部屋に帰って自殺しよう。もう疲れた。何も考えられない。
踵を返して帰ろうとしたとき、
「だが渡して貰わんと困るな」
我が物顔で、悠然と部屋に入ってきたのはスティーブン大佐だった。




