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私、酸素拾います!  作者: メケ
ジェシカの章・その3
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ジェシカの章・その3 第一話 奴隷ちゃんの部屋

 奴隷ちゃんと一緒に私は勇気隊長の部屋を出た。


 そのまま奴隷ちゃんと一緒にエレベーターに乗ろうと思っていたが、奴隷ちゃんは隊長が使用できる物置の扉の前に立っている。


 この物置は隊長一人につき一部屋支給され、隊長の部屋と対面になるように設置されているのだが、彼女は一体何のためにそこで立ち止まっているのだろうか。


 奴隷ちゃんはその前でポケットの中を漁っていた。

「奴隷ちゃん。帰るよ」

「私の部屋はここだよ?」

「!」


 奴隷ちゃんは鍵を取り出して、物置部屋の扉に鍵を差し込んだ。

 まさか勇気隊長。奴隷ちゃんに部屋まで与えているの?

 ここまで来たら擁護は出来ない。職権の乱用と上層部に認識されたら勇気隊長は元より奴隷ちゃんも手酷い目に遭うだろう。


「ジェシカお姉ちゃんも入る?」

「あ、ああ……」


 興味はあるが、知っていて報告しなかったら私にも責任が波及する。それだけは避けたい。

しかし、他の部隊の隊長も通るこの廊下で、堂々と隊長の物置を開けているということは公然の秘密なのかもしれない。


「入らないの? もしかして嫌?」

 奴隷ちゃんは眉尻を下げている。

 潤んだ瞳の上目遣いという犯罪級の可愛らしさでこちらを見つめてきた。

 ええい、どうしてこんなに可愛いんだ。


「入って、みようかな」

「どうぞ!」

 奴隷ちゃんに招かれて、私は物置部屋に入った。


 中は案の定狭く、ベッドとタンスしかない。元々物置なのだから仕方が無いが、よくこの環境で住んでいられるなと感心してしまう。広さは二畳ほどで、天井の換気扇のためか重低音が響いている。


 必要な物はどのように収納しているのか部屋に目を配った。

 天井付近に、戸棚が釘で打ち付けられていた。そこにはお掃除の仕方全集。おいしい雑草の食べ方など、家庭的な本が並んでいる。


「ジェシカお姉ちゃんには特別に私の宝物を見せてあげる」

 得意そうに奴隷ちゃんは満面の笑みを見せている。

 奴隷ちゃんの宝物とは一体何だろうか。

 発言内容からして先ほどの櫛ではないことは確かだ。


「これ!」

 奴隷ちゃんが見せてくれたのはすり切れて、端が欠けた写真だった。

 写真には満面の笑みの勇気隊長が写っていた。


「隊長さんがね、写真を撮らせてくれるのは珍しいんだよ。あとこれ。隊長さんが怒った顔。隊長さんは滅多に怒らないんだよ。本気で怒った時は怖いんだ。でもね、珍しいから写真で撮ったの。私も後で怒られた」

 とってもうれしそうにする奴隷ちゃんは、まさに恋する乙女だった。


 彼女の世界にはおそらく勇気隊長しかいない。この部屋のように彼女の世界は狭い世界かもしれない。だからこそ彼女の太陽と言える勇気隊長が光り輝くのだろう。

 奴隷ちゃんの笑みが眩しすぎて、私は目がくらんでしまいそうだった。


「勇気隊長って怒らないんだ。もし怒ったらどうなるのかな」

 私が軽はずみで聞いた言葉に、奴隷ちゃんの表情は一瞬曇った。

「どうなるのかな。分かんない」

 奴隷ちゃんは写真を抱きしめて、怯えるように目を瞑った。

 聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。


「変なこと聞いちゃったかな。ごめんね」

「ほんとだよ。ジェシカお姉ちゃん」

 奴隷ちゃんは頬を膨らませている。

 怒らせてしまったようだ。話題を変えよう。


「他にも写真があるの?」

「隊長さんのはないよ」

「ってことは他の隊員の写真かな?」

「そうそう。参謀の写真」

 奴隷ちゃんは写真の分厚い束をタンスの中から取りだした。


 隊長よりも遙かに多い量に、ひょっとして参謀さんの事が好きなのだろうかと勘ぐってしまった。

「隊長さんがね、ここに置いといてくれって言ってたの」


 奴隷ちゃんが広げた参謀さんの写真は、ヌード写真だった。


 これがイジメでないのは参謀さんの自信満々な表情から見て分かる。

 一つ一つの写真においてポーズ、表情が全て異なっている。


 悲しそうな表情で、人差し指を口に咥えているヌード写真には吐きそうになった。


「これ、隊長さんが撮ったの?」

「最初はサイモンが撮ってたけど、最近は隊長さんが撮ってるよ。二人とも勘弁して欲しいって言ってた」


 三人で仲良くしているように見えるが、蓋を開けると人間関係の縮図が待っていた。

 行き場を失った写真はなぜか奴隷ちゃんのタンスに行く。

 この現実に私はどう対処したら良いのか分からなかった。


「この写真面白いよね。一生懸命さが伝わってくるから」

 奴隷ちゃんはケラケラと笑っている。

 この写真の何処が良いのだろう。見る人が変われば、評価も変わるということだろうか。


「ジェシカお姉ちゃんにこの面白い写真を半分あげる」

「ふえっ?」

「この写真、あげる!」

 奴隷ちゃんは束の半分をこちらに差し出してきた。

 いっ、いらねえええええええええええええええええ!

 自信満々のナルシストの写真をなぜ私に渡そうとするんだ。どう処分しろと言うのだ。こんな物を所有しているのを他の人に見られたら私のあだ名がまた増える。

 受け取りたくない。絶対に受け取りたくない。


「ジェシカお姉ちゃんどうしたの。もしかして要らないの?」

 奴隷ちゃんにとっては面白い写真を私に寄贈する善意なのだろう。だが私にとっては迷惑な話だ。奴隷ちゃんが持って置いた方がいいと言うべきだろうか。


 奴隷ちゃんの表情を窺うと、奴隷ちゃんは疑わしそうな表情でこちらを見ている。

 奴隷ちゃんも女だ。私の微細な表情の変化で、私の心情を読み取ってくる可能性がある。

 もし、奴隷ちゃんの信頼を失えば、勇気隊長との関係が悪化することもある。

 それだけはなんともしても避けなければいけない。


「貰っちゃおうかな。それにしてもこの写真は受け取って良いの? 参謀さんが見たいって言ったら困らない?」

「大丈夫だよ。半年前からあるけどそんなことなかった」

 なるほど。参謀さんの写真はタンスの中でじっくり熟成されていた訳か。


「どうぞお姉ちゃん」

「ありがとう」

 私は参謀さんのヌード写真を受け取り、ポケットにしまった。

 ああ、受け取ってしまった。何処に捨てよう。でも、返して欲しいって言われたら困るなあ。持っておくしかないのか。

 覚悟を決めたとき、腕のデバイスが震動し始めた。


「はい、ジェシカ少佐です」

 声で応答すると、

「ジェシカか。こちらスティーブン大佐だ。聞きたいことがある。昼食を取り終わったら司令部に来てくれ」

「分かりました」

 私はデバイスを切ったあと、溜め息をついた。

 またお説教だろうか。面倒だな。


「ごめんね奴隷ちゃん。呼ばれちゃった」

「いいよ、お仕事でしょ。楽しかったよ」

 奴隷ちゃんは笑顔で手を振っている。


「ごめんね」

「気にしなくて良いよ。隊長さんも忙しくて遊んでくれないから慣れてる。酸素を拾うのは大変だもん。私も我慢しなきゃ」

 奴隷ちゃんは笑顔で手を振った。

 その後ベッドの上で立ち上がり、戸棚の上からおいしい雑草の食べ方の本を取り出した。

「自分で食べるの?」

「隊長さんと食べるんだよ。いつもおいしいって言ってくれる」

 くしゃくしゃに笑う奴隷ちゃんはとてもうれしそうだった。


「そっか。あとで私にも食べさせてよ」

「いいよ!」

「約束だよ。じゃあね」

 私は奴隷ちゃんの部屋から出て司令部に向かった。

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