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私、酸素拾います!  作者: メケ
樟木勇気の章・その2
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樟木勇気の章・その2 第一話 三〇〇〇リットル分の報酬

 俺たちの部隊が三〇〇〇リットルという大量の液体空気をシェルターに運び入れたのは、その日のうちにたちまち噂になった。


「ファーストエスケーパーが死神のジェシカと一緒に行って液体空気を三〇〇〇リットル持ってきたらしいぞ」

「マジかよ。あの死神のジェシカとファーストエスケーパーだぞ。どういう理屈だ」

「たぶんあれだ。数学でマイナスとマイナスをかけ算するとプラスになるだろ」

「なるほど。納得しかけたが無理があるだろ」

 食堂で昼食を取っていた俺は聞こえてきた評判を心地よく聞いていた。


 探索地図を描き終える前に、ここまで評判になるとは思わなかった。

 見下していた相手に虚を突かれ、慌てふためく他の部隊員を見ていると、ざまあみろと言ってやりたくなったがここは我慢だ。


「なあ隊長。今日の飯は豪華だな」

「ああ、乾パン二個が嘘のようだ」

 鶏ガラだしにキャベツとニンジン、鶏肉の入ったスープをレンゲでゆっくりと混ぜた。

 良い味を出してる。

 主菜の肉は甘辛く煮付けられた拳ほどの鶏肉の塊が二つ。副菜にほうれん草やアスパラガスのサラダ。主食は大盛りの米だ。更にキュウリと白菜、ニンジンに昆布でだしを取った漬物まで付いてきている。


「ああ、あったけえ」

「おいしいね兄ちゃん」

 サイモンは連れてきた弟と一緒にご飯を食べている。


 大量の液体空気をシェルターに搬入できると、臨時でボーナスが下りる。

 そのお金でサイモンは弟にいつもより豪華な食事を食べさせているのだ。


「兄ちゃん。こんなに肉を食ったことねえよ!」

 サイモンの弟も興奮した様子でご飯を食べている。

 有色人種市民が牛肉を食べるのは一ヶ月に一度までと決まっている。それもあくまで食べられる場合の話だ。牛肉は高く、滅多に口にすることは出来ない。


 一方、奴隷層は、雑草と野菜とバッタを混ぜた炒め物、玄米に味噌汁で暮らしている。

 本来なら昆虫も玄米も栄養価が非常に高い食事なのだが、食事の足りない奴隷層以外は食べたがらないので奴隷層の人たちが食べている。奴隷層からはたまに肉が食いたいと不満が出るが、食事の質に関しては奴隷層が一番健康だという話もある。


「兄ちゃんバッタ食ったことある?」

「もちろんだ。栄養価が高い。キチン質を含む最高の食品だ。俺もバッタを食ってここまで大きくなった」

「そっか。今度、兄ちゃんの部屋に持ってくるね」

「いいねそれ。私も隊長さんの部屋に持っていく」

 サイモンの弟に賛同したのは、俺の横で目を輝かせながらご飯を食べている奴隷ちゃんだった。


「ああ、それにしても隊長さん。こんなにおいしいご飯をありがとう」

 奴隷ちゃんも満足そうに、小さな口へ次から次へと食事を詰め込んでいく。

「いいさ。今度、バッタに合う調味料を売店で探してみるよ」

「楽しみだなぁ」

 奴隷ちゃんは心底幸せそうにしていた。


「みなさん来てましたね」

 護衛を連れて、ジェシカがやってきた。

 配給された食事は俺たちの食事と同等の物だ。

 本来ならもう少し肉や野菜が皿の上に載るべきなのだろうが、彼女なりの配慮だろうか。


「あ、前に隊長さんの部屋に来た白人のお姉ちゃんだ。この人がジェシカだよね?」

「奴隷ちゃん、ジェシカは偉い人だ。ジェシカ少佐と呼ぶように」

「兄ちゃんたちは良いの?」

「俺たちは仲間だからオーケー」

「ずるーい」

 奴隷ちゃんはずるいずるいと連呼している。


 ジェシカも見かねたのか、

「ジェシカお姉ちゃんで良いよ」

 そのように提案している。


「わかった。ジェシカお姉ちゃんだ。私ね、一番上なの。だからお姉ちゃんもお兄ちゃんもいないんだよ。これで私もお姉ちゃんができた」

 にかっと無邪気に笑う奴隷ちゃんに、ジェシカも微笑み返している。


「そういえば奴隷ちゃんの名前って何?」

「名前? 奴隷ちゃんだよ」

「え?」

 ジェシカは目をかっぴらいたまま奴隷ちゃんを見つめている。


「そうなんですか隊長さん」

 ジェシカは驚いたようにして、俺に尋ねてきた。


 奴隷ちゃんには家族から「コトハ」と呼ばれているのは知っている。しかし、奴隷の名前は卑しい名前なので、隊長に就いたときに隊長から新しく名前を与えられる。隊長の前では与えられた名前で生きるのが鉄則だ。


「奴隷ちゃんって安直すぎないですか。犬の名前に犬と名付けるような物ですよ」

 ジェシカは信じられないものを見るような目つきで俺を睨んでくる。


 かつて自分に就いた奴隷に卑猥な名前を付けさせて、そう呼んでいた隊長もいた。

 すぐに求心力を失って外部行動員をやめた後、有色人種市民層に戻っていった隊長もいる。

 奴隷に名付ける名前はその隊長の人格を表す指標となる非常に重要な物だ。下手な名前は絶対に付けられない。


 因みにその隊長は有色人種市民層で袋だたきに遭って行方不明になったそうだ。


「まあそう言うな。奴隷ちゃんは嫌がってないだろ」

「そうなんですか」

 ジェシカは顔をしかめている。ジェシカは、もっと別な名付けてやれば良いのに、と言った表情だ。


「ジェシカお姉ちゃん、別に良いんだよ。隊長さんが私に名前を付けるときにね、君の親が君のことを大事に思って名付けてくれた名前があるのに、規則上それを口に出来なくてごめんな。名付け親のようになるつもりはないし、あだ名のような名前で呼ぶよ。俺が君を呼ぶとき俺は心の中で君の本当の名前を呼ぶ。今から付ける名前に悪い意味は無いけど変えて欲しかったら言ってくれ。君の名は奴隷ちゃんだ。って言ったの。なんかね、私は変な子だって言われててさ。親もあまり私のこと好きじゃ無いみたいなの。だけどこんなに優しく思ってくれる人に出会えるなんてうれしくて、これからずっと生きていっても一生、出会えないなって思ったの。だから私はこれからも隊長さんに就いていくの」

 ジェシカは奴隷ちゃんの長い語りに目を落とした。


「大丈夫だよ奴隷ちゃん。そんなに自分を貶めちゃだめだよ。この程度ならこれから生きてても会えるよ!」

「「「「……」」」

 周りの部隊のやつらも聞いていたのだろう。食堂は気まずい雰囲気に覆われた。

 一方ジェシカは奴隷ちゃんを笑顔で見ている。


「ああ、うん。この程度なら……そう、だ、ね?」

 奴隷ちゃんも返事をしないといけないと思ったのか、顔を引き攣らせながらそのようなことを言っている。


 可哀想に。十一歳の子にここまで気を遣わせるなんて。

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