第五話 本当の怪物
「と言うわけだ」
俺は隊長の部屋に戻り、オムツ交換をしながら隊長に事の顛末を話した。
「さすがだサイモン。詐欺師の才能がありそうだな」
「あぁ? どういう意味だ」
幾ら隊長とはいえ、詐欺師とは聞き捨てならない。
「詐欺師は相手の決断を迫らせるときに、あえて時間がないことを告げる。サイモンは、俺のオムツ交換があるから後は俺と話せと言って部屋を出ようとした。隊長になれるほどの頭があれば、今回の条件を考えて、もしかして液体空気の回収がチーム・ラグナロクの分隊には不可能と俺が考えて、条件を変更したのではないか、と考えることも出来るはずだ。だが時間がない尾羽は深く考える前に結論を出した。サイモン、見事だよ。素でやったのか論理づくめでやったのかは知らないが、素質があるよ」
「そんな責めないでくれ」
「責めてない。感服しているんだ」
隊長は意地悪そうに笑っていた。
「さ、隊長。オムツ交換は終わりだぜ。早くチンコについた管が抜けると良いな」
俺は隊長の肩を叩き、終了の合図とした。
「助かる。後でお礼する」
「いいのか? じゃあ大金が手に入ったら祝勝会だ。隊長の金でよろしく頼む」
俺はポケットから尾羽と交わした書類を取り出した。
「ひとまず、これが尾羽との契約書だ。受け取ってくれ」
俺は書類を隊長に手渡した。
隊長は書類を眺め、頷くと俺に返してきた。
「サイモンが持っててくれ」
「どうしてだ」
「俺は一人で動けない。治るまでサイモンたちに世話をして貰わないといけないんだ。入り口のドアは開けておかなくちゃいけない。寝ている間に盗られるかもしれないから、それならばサイモンが持っていた方が確実だ」
「確かにな。用心に越したことはない」
「頼むぞ、サイモン」
「ああ」
俺は書類をポケットに入れて、部屋を出た。
廊下の冷たい空気を感じながら俺は足早に歩いた。
さっさと部屋に戻ろう。
俺は足早に自室に戻った。
外部遠征も終わったことだし、俺はそろそろ隊長室から一般外部行動員の部屋に戻る必要が出てくるだろう。
別に問題はないが、引っ越すのが面倒。ただそれだけだ。
「さてと。隊長も元気そうだし、これで筋トレに励めるな」
俺はダンベルを持って、愛しの筋肉ちゃんを虐めることにした。
今日は上半身の日だ。徹底的にやってやる。
「確かに調子が良さそうだったな。お尻が可哀想なことになっているが完治すると良いな」
何もないところから、急に女性の声が聞こえてきた。
「エセフェルか。今も裸か?」
「裸だよ。触手で衣服を隠せれば着ていても良いんだが、あいにく、発見されるリスクは負いたくないのでね」
「そうか。風邪引くなよ」
「ご心配には及ばないさ。私たちは体温が高いからいつも暖かい。ほら、目の前にいるから君のそのグローブのような手で触れてみてくれ」
俺は手をゆっくり前に伸ばし、エセフェルに触れた。
熱い湯船に浸かったような暖かで柔らかな感覚が俺の右手を包み込んだ。
姿形は見えないけれど、エセフェルが確かにそこにいる。
とても暖かくて、自分の体が冷えていることに俺は気付いた。
「暖かいな。ちなみに俺はどこを触ってるんだ」
「おっぱいだ」
「!?」
俺は思わず手を引っ込めた。
「わ、わりい。そんなつもりは……」
「安心してくれ。君のことは非常に高く評価している。おっぱいの一つや二つくらい、大したことないさ」
エセフェルは快活に笑っている。
「そうか。気にしないのか?」
柔らかかったので、もう少しというか、もう一度触らせて貰おうと思ったそのとき――
「ああ、もちろん気にしないさ。なんせ私のおっぱいは十個ある」
「……じゅ、十個?」
俺の思考はそこで停止した。
十個って何が?
「ああ。私のおっぱいは五対で計十個ある。ブラジャーなんて付けようがないな。大きいから垂れてしまいそうなので困ったものだよ」
「そ、そうか。じゃあ体の前面は全部おっぱい?」
「物わかりが良いじゃないかサイモンくん。ほとんどおっぱいだ。見てみるかね?」
なにそれグロそう。おっぱいが十個あるタコ人間とかカオスすぎる。そろそろ食事の時間だからやめておこう。
「やめておくよ」
「そう言うと思った。もちろん君が頷いても見せるつもりはなかったがね。私にも恥じらいというものがある。自分の欲に抗えるとはさすがだサイモンくん」
「そ、そうか。あは、あはははは……」
恥じらいってお前、触らせただろ。
「ちなみに今触ったのは他人に触らせる用だ。恋人に触らせる用と、将来子供が出来たときに授乳するためのおっぱいは分けてあるから安心してくれたまえ」
「知らねえよ!」
「カリカリするな。樟木勇気のためにとっておいているんだ。彼は「星を見る者」だからな。私と彼が結婚すれば仲間の身の安全も確保されよう」
「……」
俺はその言い方に違和感を覚えた。
「勇気隊長のことは好きじゃないのか?」
俺の問いにエセフェルは沈黙した。
「ハハハ、アハハハハハ!」
俺の問いにエセフェルは笑い声を上げている。
こいつ、一体何なんだ?
「何がおかしい」
「私は発情期の雌じゃない。まだ会って話をしたこともない男を好きになると思うかね?」
「恋は突然にって言うだろ?」
「ハハハハハ!」
またエセフェルに笑われた。エセフェルは笑い上戸なのだろうか。
笑う声は聞こえるが、しょせん声だけだ。エセフェルの姿が見えず、どこか寂しい気持ちになってきた。
「いやぁ、すまない。サイモンくんは以外とロマンチストのようだね」
「そうでも無い。俺のこと馬鹿にしてんのか?」
「違う違う。これは政略結婚さ。それもあくまで向こうが気に入ってくれればだが……果たしてどうなるか」
ため息交じりにエセフェルは話している。
エセフェルが見えない以上、仕草や表情なんてのは絶対に見えない。
だから俺は言葉とその抑揚でエセフェルのすべてを理解しなければならなくなる。
俺は今までどれほど視覚に頼っちまっていたんだろうか。極めて難しい作業だ。
だが吉田博士は、表情ではなく言葉で相手を理解しろと言っていた。
奴は敵だが、学ぶべき事もたくさんあるだろう。
「なあ、エセフェル。自分に自信がないのか?」
エセフェルの話しっぷりを聞いて、俺はエセフェルに問いかけた。
「自信も何もこんな姿で私のことを愛してくれる物好きはいるかね?」
エセフェルは超擬態を解いて、俺にその姿を見せた。
頭から垂れる長い触手で体幹は見えない。
だが、体に散りばめられたいくつもの目は俺をじっと見つめ、うねうねと動く触手を見れば、エセフェルが人間ではないと言う人が大半だろう。
「この姿を見て私が人間だと思うか?」
エセフェルの真剣なまなざしを見て、俺はため息をついた。
「確かにお前は人の形はしてねえよ」
「……そうか」
エセフェルはとても寂しそうに項垂れた。
「だがな、人かどうかは姿や形の問題じゃねえ。俺の勇気隊長は人の形をした悪魔に下半身不随にさせられた。そして俺の大事な仲間が殺された。なあエセフェル。お前も人間の形をした悪魔にそんな姿にさせられたんじゃないか?」
「……」
エセフェルは黙ったまま立ち尽くしている。
俺の話を聞いてエセフェルは怒らなかったので、言葉を更に紡いでいくことにした。
「確かにお前の姿は絵本で読んだ「カエルの王子様」のようにキスすりゃ治るってわけじゃないのは俺にだって分かる。だが、今の自分の姿に捉えられて、心まで醜くなったらダメだ。本物の怪物になっちまう」
「ふむ……」
エセフェルは納得したのか分からないが、一言だけ呟いた。
もう少し押すべきだろうか。
「近所にやけどで顔が崩れた少女がいたんだ。そしてこの前、色男と結婚したんだ。女なら誰もがうらやむほどの色男だったが、なぜかその男はやけどの少女を選んだ。結婚した理由は、一緒にいて楽しいし、笑顔が可愛いから、だそうだ。俺はよく分かんねえけど人の姿が違うように、人の評価尺度なんて人それぞれだ。なあ、エセフェル。もし、自分に不安なら自分を愛してくれる奴を一生懸命愛してやれ。その方が簡単らしいぞ。勇気隊長がそんなことを言ってた。俺にアドバイス出来るのはそれくらいだ」
俺の言葉を聞いたエセフェルは満足そうにふふふと笑っている。
「君は優しい人だ」
「そうでもねえ。ただのビビりだ」
「ビビりと優しさは関係ない。君は優しい」
エセフェルは全身の目を細めてニコニコしている。
褒められて俺はうれしく感じたが、自分の感情を知られると恥ずかしい気がしたので俺は表情を変えないように努力した。
「……とりあえず隊長に紹介する。言っておくが隊長には婚約者がいるぞ。だが、仲良くしておくのは大事なことだ。好かれるも嫌われるもそれからだ」
「なんと婚約者がいたのか。まあいい。では行こうか」
エセフェルは超擬態を使い、透明状態になった。
相変わらずそこにいるのかも分からない完璧な擬態だ。
俺はエセフェルの手を引いて、入り口から出た。




