第二話 チーム・ラグナロク第一分隊
満天の星空の下。砂と岩山しかない不毛な環境の中を俺たちは歩いていた。
映画の青空はしょせん空想。
なんて口では言うけど、輝かしい青い空の下、サバイバルウェアを着ないでどこまでも走ってみたいという夢はあった。
シェルターだったら走り続ければ、やがて壁にたどり着く。俺はどこまでも続く大地を裸足で走ってみたかった。
俺の夢は、俺の空想はそれだった。
そう、そんなことはあり得ない。また太陽が昇ることはきっと二度と無いんだ。
「おい、そういえば売店に新商品が入荷したらしいぞ」
俺がくさくさしている一方で、チーム・ラグナロク第一分隊の部隊員たちは日常会話を楽しんでいた。
「新商品って、どんな商品だ?」
「ケーキだってさ。めっちゃ高いの」
「ケーキってあれか。前に映画で見たお祝い事で食べる高脂肪分、高カロリーのやつだろ。知ってるぞ。歴史書に、炭水化物とタンパク質を徹底的に排除した後、ご褒美と称してケーキを食べるダイエットという奇妙な風習が流行ってたらしい。とても正気の沙汰とは思えない」
「マジかよ。ぶよぶよのおデブちゃんになるじゃん。そこまでして食いたいのか?」
「数量限定だが、美味いらしいぞ。ふわふわ、もふもふ、甘いってのが謳い文句らしい」
「本当に美味いのか?」
部隊員たちは、わいわい話ながら目的地の元沼地に向かっている。
俺はいつもの癖で黙って目的地に向かっていた。
ルルルカは輪に入れないのか、それとも聞き役に徹しているのか黙って歩を進めていた。
表情は少し緊張しているようにも見える。
仲間たちが多口型に殺されるのを目撃しても、こうやって外部行動に参加できるのは素晴らしい才能だ。仲間の死は外部行動員の心を容赦なくへし折る。
もちろん俺だって心は絶好調じゃない。たまにあの音が、あの声が夢に出てくるんだ。
「なあサイモン。この前ホットケーキ食ったんだって?」
「ん? ああ、そうだ」
副隊長の紅緑が俺に話を振ってきた。
外部行動員は娯楽に目がない奴らが多い。
死と隣り合わせの職場だからストレスも溜まりやすいのだろう。
酒、麻雀、映画、ポルノ、甘いもの。これが外部行動員のみんな大好きハッピーセットだ。
「サイモン、ホットケーキの味はどうだった?」
「美味かった。良い匂いがフガフガしてくる。甘くてな、きっと女の子の匂いってああいう匂いなんだろうな」
「そうか。俺も今度、食ってみるよ」
副隊長の紅緑と二人で和気藹々と話をしていると、
「じゃあさ、ルルルカちゃん。ルルルカちゃんはホットケーキみたいな匂いすんの?」
突然ルルルカに話しかけた外部行動員――確か名前は和人だったろうか。
和人は突拍子もないことを言い始めた。
「えっ……いや、食べたことないので分かりません」
ルルルカは緊張しているのか、律儀に答えている。
「匂い嗅がせてよ。ホットケーキの匂いがするかも」
「それはちょっと……」
「あはは。そうだよね。ねえ、彼氏いるの?」
「いませんけど……」
「俺なんかどう?」
「え?」
ルルルカは和人の猛烈なアピールに戸惑っていた。
おいたが過ぎるな。助け船を出してやるか。
そう思っていたのもつかの間、
「おい、抜け駆けすんじゃねえよ!」
「和人てめえセクハラしてんじゃねえよ! 何が臭いを嗅がせろだ。口も鼻も閉ざして殺すぞ!」
ルルルカに猛烈なアピールした部隊員・和人が他の部隊員たちから大バッシングを受けている。
和人は尻を蹴り上げられて、呻いていた。
「悪かったよぉ。俺だって恋人が欲しいんだよぉ」
泣き言を言いながら、和人は立ち上がった。
「ごめんね、ルルルカちゃん。こいつら女を見ただけでこんなにうれしくなっちまうんだ。せっかくの客人なのに粗相をした」
尾羽がルルルカの前に現れて、頭を下げている。
隊員の失態は隊長の責任でもある。隊長という仕事は大変だ。
「いえ、お気になさらず」
ルルルカは緊張を緩ませながら、少しため息交じりに笑顔を振りまいた。
「お前ら気が緩んでるぞ。死にたくないならサイモンのように周囲の状況を確認しろ」
尾羽の一喝が入り、部隊員たちは身を引き締めたようだ。
外部は死地だ。
人員不足にならないように訓練生には外部行動は楽しいことだと教えている。
気の緩みを鑑みると、この部隊は恐らく訓練生から昇格した新人が半数以上を占めているのだろう。
そのための比較的安全な元沼地が割り当てられたのに、この気の緩みを見れば、先が思いやられる。
尾羽の一喝も聞いたのか外部行動員たちは黙って目的地に向かって歩き始めた。
それから二十分ほど平坦な道を歩くと、
「着いたぞ」
尾羽がライトを照らすとそこには薄い青に輝く水面が現れた。
「風切隊長。どうして液体空気に光を当てるのですか? 光はエイリアンを寄せ付ける可能性があると聞きます」
ルルルカがさっそく尾羽に質問をしている。
ルルルカのやる気は十分にあるようだ。
「それはだな、液体空気の中にエイリアンが潜んでいることがある。酸素は薄青色で、この通り外部は暗い。だから水深が深いほど奴らの姿は見えない。だから近づく前に水面に光を当ててエイリアンがいないか確認するんだ。いれば動き始めるからな。ちなみにそれを怠って死んだ奴らが何名かいるから注意な」
「分かりました。勉強になります」
ルルルカは顔をぱっと明るくして喜んでいるようだ。
ルルルカも自分の目指す外部行動員に一歩近づけたと思っているのかもしれない。
「サイモン、この液体空気を見てどう思う?」
「ど、どうかって?」
ペンキを流し込んだ色みたいですね。
くそっ。ジェシカの言葉が頭から離れない。言っちゃダメだ。尾羽が聞きたいのはこういう意味じゃない。
「意外と量があるな」
「そうか」
尾羽はそう言って不敵な笑みを浮かべている。
一体どうしたと言うんだ。
「その言い方だと、さては未踏の岩山地帯にはかなりの液体空気があるな。余裕そうな印象を受けたよ」
尾羽はめざとく俺の心の内を把握してきた。
しばらく見ない間に外部行動員として腕を上げたようだ。
「まあな。だが危険度が高い」
「ああ、「星を見る者」だったか。巨大なエイリアンがいるんだろ?」
「……ああ」
そういえば勇気隊長の一族も「星を見る者」らしいし、あのバカでかいエイリアンも「星を見る者」だ。
何か関係があるのだろうか。まさか……な。
「サイモン、どうかしたのか」
「いや、何でもねえ」
急に俺の様子が変わったことを、尾羽は不審に思ったのだろう。
「ああ、マサルのことは残念だったな」
「え?」
俺は「星を見る者」と言う意味について考えていたが、尾羽は俺が参謀のことを考えていると思ったようだ。
「マサルのことは変な奴だと思って距離を置いていたけど、俺も真っ二つにされたあいつの死体を見たときは殺意がわいたよ」
尾羽は思わぬ事を口走った。
そうか。そもそも参謀はルルルカの情報を勇気隊長にでさえ隠していた。尾羽がこのように口走ったのも無理はない。
ルルルカの様子を伺うと、目が血走っていた。
通信機からルルルカの荒い息が聞こえる。
まずい。ルルルカが突飛な行動を起こす前に尾羽の口を塞がなければならない。
さあどうする。
「なあ尾羽。とりあえず液体空気を回収しようぜ。俺はその話はしたくねえ」
「悪かったな。そうしよう」
なんとか話を逸らすことは出来た。
ルルルカにはメンタルケアってやつが必要に思える。
誰に頼めば良いんだろう。隊長か? 今度、頼んでみるか。




