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私、酸素拾います!  作者: メケ
樟木勇気の章・その1
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第六話 儀式

 用を足し終えトイレの外に出ると、掃除機を持った茶髪の少女がいた。

 くりくりとした瞳をこちらに向けて微笑んでいる。ゆらゆらと腰まで伸びる長い髪は痛んでおり、毛先が分かれていた。女性になりきれていない細身の体は彼女の年齢と栄養状態を如実に表していた。


「あ。隊長さん、こんにちは。作戦会議終わった?」

 少し乾燥した肌で彼女は頭を下げてきた。


「おう、来たか。今日もよろしくな」

 奴隷ちゃんが掃除に来たようだ。隊長には奴隷が一人就くことになっている。

 掃除をしたり、家族のいない俺の話し相手になってくれたりと奴隷ちゃんには感謝しっぱなしだ。この前、年齢を尋ねたら十一歳と言っていた。


 そんな奴隷ちゃんの頭頂部のアホ毛は、いつも通り天を目指してまっすぐ立っている。

「埃が溜まっていたからじっくり頼む」

「わかりました。しっかりやる」

「よろしくな。俺は買い物に行ってくる」

「買い物!?」

 奴隷ちゃんは目を輝かせてこちらを見ている。


 奴隷のカーストに位置する人たちは、満足に栄養が取れない状況にある。配給量が少ない上に、子供を産む数が多すぎるのが問題だ。現に奴隷ちゃんは長女で、下に七人の弟と妹がいる。


 俺が買い物に行くと言ったら、彼女は何か買ってくれるかと期待して、その大きな目を輝かせるのは当然だ。


「ふあっ!」

 奴隷ちゃんは自分のはしたない視線に気付いたのだろう。

 咳払いをしてから、掃除をしますと掃除機をコンセントにつないだ。


「なあ。キャンディ食べ……」

「食べます! コーラ味!」

 言い切る前に奴隷ちゃんは即答してきた。よほど食べたかったのだろう。


 俺が奴隷ちゃんの胸中を察したことを、奴隷ちゃんは察したようで、恥ずかしそうに顔を赤らめている。

「おなか、空いた~」

 降参したのか奴隷ちゃんは、正直に胸中を告げた。

 手をもじもじさせる姿がまた愛らしい。


「コーラな」

 何度も頷く奴隷ちゃんに手を振って、俺は財布を持って売店に向かった。

 売店には主に雑貨や嗜好品、牛乳やおにぎりなどが売っている。


 嗜好品の一番人気はキャンディだ。滅多に腐らないし、なにより甘い。


 たばこは栄養にもならない上に空気を汚すということで、高価な嗜好品として扱われる。

たばこ一箱でキャンディが一ダース買える。なのでみんなはキャンディを買う。


 一方、酒は二日酔いなど外部行動の妨げになるので、外部行動員は特別な日に飲むことになっている。

 たばこは一度吸わせてもらったことがあるが、手と口が便所臭くなる汚物を嗜好品として販売するのは詐欺だと思う。


「おばちゃん。キャンディと牛乳」

「あらファーストエスケイパーさん。いらっしゃい」

 おばちゃんはキャンディと瓶牛乳を冷蔵庫から取り出して俺に渡した。


 ファーストエスケイパーは蔑称だが、おばちゃんからは邪気を感じない。

 おそらくファーストエスケイパーという名が、二つ名のような物だと思っているのだろう。


「あんたは優秀だねえ。そんな隊長さんに利用して貰って本当にうれしいよ」

 余韻に浸るように首をかしげらながら、おばちゃんは話している。


 俺が上層部から思うような成果を上げられていないと知ったら、彼女はなんと言うだろうか。

 嫌な考えを振り払って、おばちゃんに笑顔でお金を払った。


 売店の出入り口に向かうと、出入り口から他の部隊の隊員たちが入ってきた。

 男二名に女一名。非常に楽しそうにしている。


「お、ファーストエスケーパー。ご立派に嗜好品でも買ってるのか。大して成果も上げられずに安給料で大変だな」

 安田の率いるチーム・アルマゲドンの隊員の一人だ。たしか名前は大成だったか。立派な名前で、筋肉質だが、人格は小物だ。


 俺たちのことを良く言う奴らはいないし、気にしていたら精神を病んでしまう。ここは無視だ。

 隊員たちの合間をすり抜けて店を出ると、肩口を掴まれた。


「無視すんなよ。てめえ隊長だからって調子に乗ってんじゃねえぞ」

 どう返して欲しかったのかは知らないが、相手は無視されたとだいぶご立腹だ。


 怒りという感情は目的があるために発生する。

 なぜなら人間は相手に怒らなくても自分の意思を伝えられるからである。

 即ち怒りは目的を達成させるための手段である。


 この前読んだ心理学の本にそう書いてあった。

 さてこの男。なぜ怒っているのだろう。


「離してくれ。両手が塞がってるんだ。牛乳を落としたらどうする。安給料の人間にとっては安くない買い物だ」

「役立たずが生意気に口を利くんじゃねえ」

 この手の輩は一度こちらの存在を認識させなければいけない。なぜなら向こうはこちらのことを役にも立たない劣等種。人間とさえ思われていないだろう。


 売店のおばちゃんが慌てふためき、女性の隊員はうれしそうな顔でこちらを見ている。

 この女は他の部隊の隊長に文句の言える人、かっこいい。とでも思っているのだろうか。


「おらあっ!」

 大成はこちらに向けて腕を振り上げた。

 なんという大振り。やたら好戦的なところを見ると、弱い奴しか相手したことないな。

 大成の拳に合わせて、俺は肘を向けた。


 大成の拳は俺の肘に見事に命中し、拳の勢いが止まった。

「あぐぉっ……」

 大成は苦悶の表情を浮かべている。


 肘の骨はとても硬い。下手をしたら外部行動で使うはずの大事な手を痛めてしまう。

 苦悶の大成の目に未だ燃ゆる闘志を確認し、俺は大成の顎に肘打ちを食らわせた。

 痛めた手に注意が向いている大成は為す術無く俺の肘を顎に受け、昏倒した。


 大成の顎からは出血が見られて、立ち上がる様子も見られない。

 顎に肘打ちは死ぬ可能性もある危険な技なのであまり使いたくなかったが、両手が塞がっているので致し方ない。


「隊長と名乗るからには最低限の武術は心得ている。さあ、お前も掛かってくるか?」

 もう一人の男の隊員に尋ねると、男は首を振った。

 後始末をすると言って、大成に駆け寄っている。

 大成は糞便を漏らしながら、隊員と近くを通りがかった他の部隊員たちによって運ばれていった。


 こういう厄介事は他の部隊にも良くあることだ。武器を持っての殺傷沙汰にならない限りあまり問題事にはならない。ましてや最底辺のファーストエスケーパーの部隊にやられたなど口が裂けても言えないだろう。部隊の沽券に関わることだ。


「よっわ。なにそれ最悪」

 女性の隊員は悪態をつきながら一人で買い物を始めていた。

 彼が意識を失ったことは非常に幸運だ。認めて貰おうとした女性にあんなことを言われたら精神が持たないだろう。これも部隊における女性問題が表在化した結果だろうか。


 その後、売店から自室に戻り、ドアを開けた。

 もちろん掃除をしていた奴隷ちゃんはすぐさま振り向いて、目を輝かせている。

「ほら、キャンディだ」

「うわぁ!」

 奴隷ちゃんは俺の手からキャンディを受け取って、天にかざしている。

 角度を変え、向きを変え、まるで宝物を見るかのように恍惚としている。


 俺はベッドに座り、牛乳を消灯台に置いた。

 隊長に回ってくる些末な書類が枕元に溜まっていた。

 部下の気遣い方だの、円満に過ごせる部隊の作り方だの文字だらけで嫌になってきた。


 一方、毎度のこと。奴隷ちゃんはキャンディを眺めている。

 こうなるとあと数分はこのままだ。俺はこの行動のことを儀式と呼んでいる。


 書類を枕元に戻して、俺は机に向かった。

 俺の様子を見てか、奴隷ちゃんはキャンディを咥えながら掃除を再開する。

 ある程度の探索地図を書き上げたところで、今度はパソコンにどんなエイリアンがいるかを書き込まなければならない。

 敵種報告書、行動時平均酸素使用量、液体空気推定貯留量、その他報告しておくべき重要事項、などなど多彩な資料を添付しないと探索地図としては認められない。


「隊長さんって、絵が上手いね」

 俺の地図を見て奴隷ちゃんはにこりと笑った。


 奴隷ちゃんの父親は外部行動員だった。奴隷ちゃんが五歳の時に、外部へ行ったきりだそうだ。まあつまりは、外で骸となって朽ち果てていると考えるのが自然だろう。


「わかりやすく書かないといけないからな。隊長はみんな絵が上手いよ」

「私も書いてみたいな」

「やってみるか」

 奴隷ちゃんを膝の上に乗せると、彼女の手を支え、後ろからゆっくりと曲線を描いていった。


「ここなに?」

「山だ。多口型のエイリアンの巣の上にあるから近づくときは投石で攻撃できる」

「とうせき?」

 奴隷ちゃんはこちらを向いて目を丸くしている。


「石を投げることだ。外はほぼ真空状態だから空気抵抗を受けずに石が下に落ちる」

 話が難しかったようで、奴隷ちゃんはきょとんとしていた。


「いずれ分かるさ」

「分かるかな?」

「もちろんだ」

 奴隷ちゃんは膝の上から降りると、

「酸素を拾うより、掃除の方が簡単だ」

 そう言って掃除を始めた。


 一生懸命に掃除を手伝う彼女を手伝いたかったが、掃除は彼女の仕事だ。俺が手伝うことは許されない。


 敵種報告書の下書きが出来上がった頃に、奴隷ちゃんは笑顔で掃除の終わりを告げた。

 ほんの一瞬。気をつけなければ見逃してしまうような隙だったが、彼女の目は俺の机に乗っていた牛乳を捉えていた。


「牛乳」

 俺の一言に奴隷ちゃんはゴクンと喉を鳴らした。

「飲むか?」

 空に煌めく流れ星のように奴隷ちゃんは目を輝かせて、ぶんぶん音が鳴るくらいに首を縦に振っている。それと同時に彼女の頭頂部のアホ毛もぶんぶん動く。


「いただきます」

 奴隷ちゃんは喉を鳴らしながら、牛乳を一気飲みした。

 ここまで食欲があると、飲ませ甲斐がある。


「おいしかったです」

 ハンカチで奴隷ちゃんの口の周りに出来た白い髭を拭いてやると、また奴隷ちゃんは顔を赤らめた。

 アホ毛をゆらゆら揺らしながら、小さな声でごめんなさい、そう呟いた。


「気にすんな。奴隷ちゃんは妹みたいなもんだ」

「妹……なんだかうれしいなぁ」

 奴隷ちゃんはこちらを振り向かずに、そのまま部屋の出入り口に向かった。


「また仕事の日になったら来るね。じゃあね」

 いつもなら笑顔で立ち去るのだが、今日は顔をこちらに向けずに部屋を出て行った。

 いつもと違う様子に思考を巡らせた。


 奴隷ちゃんの心を考えれば良いことも悪いことも良いことも思いつく。

 もらえた牛乳が少なくて気分を害したとか、何か用事があって急いでいたとかそんなとこだろう。


 奴隷ちゃんの変化は感じれど、奴隷ちゃんが何を思っているかなど、そんなことを考えていても意味が無いことだ。その答えを知っているのは奴隷ちゃんに他ならない。


 綺麗になった部屋で俺はベッドに飛び込んだ。


 明日の外部行動でも生き残れるように、天に祈って俺は目を閉じた。

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