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私、酸素拾います!  作者: メケ
第一部・序章
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序章

「優秀な者はただ歩むだけで、皆の目を引きつけるのよ。お前もそのような逸材になりなさい」

 お母さんが生きていたときによく聞かされた言葉だ。

 だが、目の前で異形の怪物に体をへし折られていく外部行動員たちを見て、私はそのような傑物ではないことを心底思い知らされた。


 絶対零度に近い荒野の中で、私は無力と辛酸を味わっている。

「多口型の数が多い。撤退だ。早くうわあああああ!」

 指示を出した外部行動員の男は、ヒトデ型の大きな怪物に覆い被さられた。


 全幅二メートル近いその怪物に押しつぶされて、立ち上がった外部行動員はいない。

「やめろ、やめてくれ! やぎげえっ、ごっ、うえっ、げっ、げげっ……」

 犬型の鋼鉄の装甲車両・アヌビス。

 その車内でも通信機を通して外部行動員たちの骨がきしみながら折れていく音が響いた。

 絶叫、血のあぶくを吐き出す音。目眩がするほど聞いたときには私の戦意はすでに喪失していた。指揮官として指示を出すことも出来ず、絶対に安全と言われるパニックルーム内でうずくまっていた。


 百人分以上の戦力となる対エイリアン用犬型車両アヌビスも故障すればただの鉄の塊、もしくは棺桶だ。


 そのような状況下で、まぶたの裏に映るのは三人の男たちの笑顔だった。

 かつて私の仲間であった彼らから奪い取った手柄で、私と父の汚名を濯ぐつもりだった。そして惜しまれながらの円満な退職。私の理想は手が届くこともなく死という暗闇に消えていきそうだった。

 冷静な判断が出来ていれば恥の上塗りと考えられただろうに、なぜ私は彼らの努力を、功績を最大限の脅しで奪略してしまったのか。


「ジェシカ少佐! 多口型が巣から大量に来ま、ごええええっ!」

 通信機からまた一人の断末魔が聞こえた。


 宇宙服を改造したサバイバルウェアは打撃には無類の強さを誇るが、関節技には脆い。

 折られたり捻られたりすれば、服は強靱であろうとも中身の人間はねじ切れてしまう。

 今の地位を捨て、これからの安寧を失いたくないために多くを得ようとして、更に多くを失った。そして今も失い続けている。

 そんな私をかつて仲間だった彼らは嘲笑うだろうか。いや、笑わないだろう。興味も無く、目も合わせず、まるでそこに居ないかのように扱う。そうに違いない。


 彼らは無能と呼ばれた少数精鋭。そのことに気がついた今となっては全てが遅かった。


「お願いしますジェシカ少佐。アヌビスのパニックルームを開放してください。妻が死にそうなんです」

 モニターには一人の男性が、腕のねじ切れた女性の隊員を抱きかかえていた。

 そのすぐ後方に多口型のエイリアンが触手を動かしながら移動してきている。

 今ここで開放のボタンを押せば私も絶好の餌となるかもしれない。


 ここまでしたのにエイリアンに殺されるなんて願い下げだ。

「ごめんなさい」

「少佐ぁああああああ! 助けてくれ。お願いだ、お願うごっ。なんだ、やめろ、やめっおごごぉおおおおおおお! おごおおおおおおおおおおおおおおっ!

 目の前の鉄壁一枚。その先がどうなっているか見たくもなかったし、想像さえしたくなかった。

 それから聞こえてくる断末魔、断末魔、断末魔、断末魔。


 数分、それとも数時間が経っただろうか。今度はやけに静かになった。


「ジェシカ。生きてるか」

「!」

「おい、死んでんのか。返事しろ」

 幻聴ではないようだ。外部行動員でかつて仲間だった勇気隊長の声が聞こえる。


「ゆ、勇気隊長」

 無線に声を掛けると

「おお、やっぱり生きてたか。調子はどうだ」

 声が帰って来た。極限下における幻聴ではなかったようだ。


 心強い声に私は泣き声を聞かれまいと、必死に声を奮い立たせた。

「死にそうです。応援部隊もおそらく死に絶えました」

「だろうな。お前らの言う中途半端な地図、それは役に立ったか?」

「……」

 まだ怒っているようだ。彼らが命をかけて作った地図を私たちは、脅して奪い取った。

 私は命令された立場だが、彼らにとっては私も敵だ。

 白人と有色人種はもはや、相容れないのだろうか。


 人質を取り、地図を奪おうとしたとき、普段から穏やかで冷静な隊長も目を大きく開いて殺気を纏っていた。

 今回の外部行動は稚拙な判断から、大失敗になった歴史に残る出来事だろう。


 エイリアンが跋扈ばっこする今の地球環境において、たった三人で目的地にたどり着き、地図を書き上げた彼らの評価は、酷いものだった。

 エイリアンの居ない、幸運な土地の探索に当てられた間抜け。逃げるのが最優先のファーストエスケーパー。

 みんな見くびっていた。私の上司に当たるスティーブン大佐もその一人だ。


「いいかジェシカ。シェルターの外部にたった三人で出発して無事に帰ってくるって事はあり得ないんだよ。しかし、シェルター周囲の液体酸素とは濃度の違う液体空気は回収してくるし、つまりは奴らの行っている場所はエイリアンの居ない理想郷だ。今回の外部行動は子供のお遣いみたいなもんだ」

 大佐が招集した部隊は未踏の地に普段の外部行動と変わらない装備で来たようで、結果は全滅だった。


 どうして何もかも上手くいかないのだろう。なぜいつも私は最後まで果たせないのだ。


「聞いてるかジェシカ?」

「はい」

「それでも生き延びたいと思うなら……助けに行く」

「!」

 裏切った私を助けるというのはどういう風の吹き回しだろうか。私にはもはや何もない。

 名声はもとより、彼らの信頼を売って私は名声を得ようとした。なのに、どうして。


「俺の奴隷ちゃんが会いたがってる。また遊んで欲しいんだと。ただそれだけだ」

 奴隷である彼女を私は脅しの材料に使った。

 最低の私とまた遊んで欲しいだなんて、私には合わせる顔がない。

「お願いします」

 だが、もちろん勇気隊長の提案を拒否する道理も権利もないだろう。

 ただ素直に、誰かに認められた。そんな気がした。


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