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絡繰の神鷹たち  作者: 和泉キョーカ
3/3

月夜の奔走

 もうそろそろ呼ばれそうだな。ここらで記録を止めるべきかも。

 間一髪、鶴喰と無人神鷹の間に割って入り、腰に佩いていた剣で刺突を防御する水柿。その動力源と思しき胸部の蒼色に光り輝く鉱石を蹴り砕き、行動を停止させる。しかし、他の四機が間髪入れずに二人に接近してくる。

「とにかく逃げて!」

 言われるがままに内裏の中を全速力で走る鶴喰と、彼女を守るようにその後ろを続く水柿。

「こんな大音出してるのに、衛士は何やってるのさ!」

「わかんない! でもこのまま内裏の中にいると色々まずいことになるよ! 門から出るのは記録がついてダメだ、壁を越えよう!」

 水柿の咄嗟の機転に従い、内裏の南の壁を飛び越え、都の街へと駆けてゆく。その行動を咎める者は、やはり誰もいない。


 人の気配すらない真夜中の陽霊大路を、南へ南へと走る鶴喰と水柿。それを追いかける無人神鷹について、水柿は前を走る鶴喰に息を切らしながら尋ねた。

「ねぇ鶴喰! 神鷹趣味の変人! あの神鷹は何!?」

「簡単な指示に従って命令を遂行するまで起動し続ける無人神鷹『虚挿頭うつろかざし』! 二十年前に開発された旧式さ! 今じゃもう駆動回路が経年劣化で焼き切れてる個体がほとんどで、ろくに使えるものは神鷹籠に保管されてるものだけのはずなんだけど――!」

 そうこう言っている間にも、再び四機のうち二機が二人に追いつき、刺突用の刀身を構えて突撃してくる。そのどちらをも手にした剣で弾いて防ぐと、水柿はしびれを切らしたように舌打ちし、その場で立ち止まると、鶴喰をかばうように仁王立ちになり、手中の剣の鍔部分を口元に寄せて、声高に叫んだ。

「水柿徳の級特務衛士の権限で命じる! 来い、『葛籠鴉つづらがらす』!!」

「おいバカ、こんなところで神鷹呼ぶ奴があるか!」

「でもこのままじゃ二人共死ぬよ!」

 そうして言い合いをする二人の元へと、またひとつ、接近する機影があった。だが、その機体は周囲の虚挿頭に威嚇射撃をしながら、水柿の目前に静かに着地した。

 それは灰色を基調とし、黒色の差し色の二色で纏められた色調の人型神鷹だった。大きさは水柿の身長よりやや高い程度。しかし、その背部に装着された武装携帯用の接続部品には、見るからに大ぶりな武器がいくつも搭載されていた。

 その背部部品の画面に水柿が触れると、がちゃりと施錠が解除される音が鳴り、彼女が呼んだその神鷹――葛籠鴉が搭載していた武器の中でも最も小ぶりな狙撃銃を手に取る水柿。

「あっ、一機は破壊じゃなくて無力化してくれよ! 調べるから!」

「はいはい、っと!」

 水柿は軽く返事をすると、狙撃銃の銃床を肩口に押し当て、迫りくる一機の虚挿頭の胸部鉱石を撃ち抜いた。空中で爆発するその一機を追い越し、他の三機も同様に水柿へと迫る――が、接近してきた三機のうち二機は突如進行方向を切り替え、水柿を回り込むようにして回避し、その後ろにいた鶴喰へと襲い掛かった。

「えっ!?」

「ちっ!」

 襲い来る眼前の虚挿頭を狙撃銃で破壊し、素早く振り向き、葛籠鴉の腰部に装備された拳銃を抜くと、振り向きざまに鶴喰に襲い掛かろうとしていた一機の胸部鉱石を撃ち抜き、もう一機の頭部を破壊してその場で無力化させた。

「狙いは私達じゃなくて、最初から鶴喰だったってこと……?」

「でも、一体誰が!」

「知らないよ、私がどうしようもない馬鹿だってこと、知ってるでしょ?」

「あぁ、でなきゃ街中で神鷹なんか呼ばないね。」

「ね。」

「ね、じゃないよ馬鹿。」

 狙撃銃や拳銃を葛籠鴉に戻し、神鷹籠へと帰還させる水柿を見ながら、はぁ、とため息をつく鶴喰。そのまま動かなくなった一機の虚挿頭へと視線を落とし、水柿に提案した。

「ここで調べるのは色々とまずい。私のおばぁさんちに行こう。」


 鶴喰は家の人間が全員寝ていることを確認して、虚挿頭を水柿と協力して屋内に運び込んだ。ろうそくに火を点け、その仄かな明かりの下で虚挿頭を点検していく。

「ところどころに修理の痕跡があるな……。駆動回路とか判断回路とか、そういう重要な部分は丸ごと最新型の物に変えられてる。なるほどね。今の使用可能神鷹目録に虚挿頭は登録されていない。確かに修理して転用してしまえば暗殺の手段になるってわけか……。」

「どういうこと?」

 水柿の問いに、鶴喰は工具を耳に挟んで部品を弄りながら淡々と答える。

「使用可能神鷹目録に登録されている神鷹は、一度使用すれば使用型番と使用主、使用日時、使用時間が事細かに記録されてしまうんだ。虚挿頭は既に登録が解除されているけど、こうして改造して十全に使える状態にしてしまえば、使用記録が残らないから……。」

 鶴喰の手元で火花がばちっと弾け、鶴喰の微動だにしない頬を焦がす。痛がりもせずに、ただただ鶴喰は物言わぬ機械人形を調査していく。そんな鶴喰のことが心配になった水柿は、恐る恐る彼女の肩に触れようとした。その瞬間、獣のような速度で顔を上げた鶴喰に、鬼のような瞳で睨まれ、水柿は一瞬たじろぐ。

「鶴喰……怒ってるの……?」

「当たり前だ……。」

 鶴喰は静かに、低く、唸るように呟く。

「水柿……。これをよこした犯人は、私のことを危険視してる。そして私の親友のお前もだ。あの下女を殺した神鷹の機種を私が言い当てた現場に、犯人はいたか……犯人に近しい人物がいたか。とにかく、数少ない証拠を押さえられることを危険視した犯人が、こいつを私たちに送って来たんだろうよ。」

 揺れるろうそくの火に照らされた鶴喰の表情は、『無』そのものだった。激しい怒りが心の内で燃え盛っていることは、傍から見ている水柿からしても自明のことだった。けれど、その激情を理性で押し止め、寝静まる家族に迷惑をかけまいと佇むその姿は、まるで凍てついた炎のようであった。

「そうまでして、あの下女を殺したかったんだ。咄嗟の口論が原因とか、そんなことじゃない。強い怨念があって、あの下女を殺したんだ。私には……私は、それに琥珀様が巻き込まれたことが許せない。犯人が琥珀様を巻き込んだことが許せない。琥珀様の琥珀石を盗んだまま殺された下女が許せない。」

「鶴喰……。」

 その時、水柿の背後から、床の板がパキッと鳴る音がして、鶴喰は瞬時に傍にあったろうそくの火を吹き消した。しかし、その音の正体もろうそくを手にしていたらしく、仄明るい灯りが、引き戸の向こうから漏れていた。

 引き戸がからからと音を立てて開かれ、大きくも無く小さくもない、水鏡に映った月が揺らぐ池をひとつ抱えた庭が二人の目の前に広がる。そんな庭を背景に、舞台袖から出てくる役者のように廊下から現れたのは、柔和な微笑を浮かべた、ひとりの青年だった。

「やぁ。何やら騒がしいことをしているね。」

 平均的な身長からはかけ離れた長大な体躯を持ったその青年は、床に横たわる虚挿頭を見、怒りと呆れが入り混じった表情の実妹を見、肩をすくめた。

「きな臭いことに巻き込まれているみたいじゃあないか?」

「璃寛さん!」

 水柿が璃寛りかんと呼んだその青年は、鶴喰の実兄にして、宮中の女性たちにも大人気の香占い師であり、当代の帝とは個人的な友誼を持つ人物だった。

 璃寛は月明かりをちらと見て優雅な所作でろうそくの火を払い消すと、鶴喰と水柿の前に腰を下ろす。

黄湖殿おうこでんの下女から聞いたよ。殺人事件だって?」

「兄貴には関係ないだろ。」

「まぁ関係はないね。下女一人殺されたとて、時が解決するだろうし。いや――。」

 璃寛は細めた目で鶴喰を見つめ、言葉を続ける。

「どこかの誰かが解決するだろうし――ね。」

「何をしに来たんだよ。いつもは陰陽寮に寝泊まりしてるだろ。」

「かわいいかわいいひとり妹が心配になって帰って来たんじゃあないか。案の定すごいことになってるし。あぁそれと……。」

 璃寛はそう言って、唐突に水柿の額を指で弾いた。甲高い悲鳴をあげる水柿が涙目で璃寛の方を見ると、彼は指を左右に揺らしながら彼女をたしなめる。

「神鷹の召喚、聞こえてたよ。だめじゃあないか。君は一応表向きは・・・・下級衛士なんだから。おいそれと特務衛士の名を出すものじゃあないよ。」

「うっ……ごめんなさい……でも、あぁでもしないと私たち二人の命に危機が迫っていたもので……。」

「兄貴、話をはぐらかすな。用があって私に会いに来たんだろ。」

 鋭い眼光を見せる鶴喰に、璃寛はやれやれと首を振り、鶴喰の懐を指で叩いた。そこにある重要な宝物を取り出すよう言われ、鶴喰は懐からそれを取り出した。襲撃時に咄嗟にそこへしまった、花弁が閉じ込められた大粒の琥珀石。

丹子にこ。君の大切なもの、大切な人を救いたいと思うのなら、今すぐにでもそれを返しに行きなさい。そうすれば、きっと君の大切な人は笑顔になれる。君が笑顔になれるかは、また別だけどね。」

 幼名を呼ばれた鶴喰は、琥珀石から漂う独特の香りを握りしめ、満身の力で虚挿頭の頭部を殴り壊して、不敵に笑った。

「――ふん、わかったよ。あんたの占いはよく当たるからな。行くぞ水柿!」

「うん!」

 いつも通りの磊落な鶴喰の笑顔を見た水柿も、嬉しそうな笑みで跳ね起き、璃寛にひとつ礼をして鶴喰の後をついて駆け出していく。璃寛はそんな二人を見ながら、相変わらずの柔和な笑顔でぽつりと、再度呟くのであった。

「……君が笑顔になれるかは、また別だけどね……。」


 内裏、紅彩殿。その最奥には、紅彩殿において最も高位の姫君が居住する区画が存在する。その区画のそのまた奥部にある寝室で、見張りも下女も傍に立たせず、御帳みちょうの中に籠って震える影があった。

 そこへ、床板を軋ませ、足音が近付いてくる。御帳の中の少女は、恐怖一色の声音で誰何した。

「誰!?」

「私です、姫様!」

 囁くような声で御帳の几帳をめくりあげたその人物が手にしていたろうそくが、御帳内部を仄明るく照らし出し、怯える少女の顔を露わにした。

 琥珀紅彩殿中宮こはくぐしんでんのちゅうぐう。後宮最年少の姫君にして、『内裏後宮にて妬む者なし』と謳われる少女。そして、その琥珀の顔に触れ、身体に異常がないかをしきりに確認する人物こそ、誰あろう鶴喰であった。

「鶴喰……!」

「琥珀様。このような無礼、後ほどいかなる処罰をも呑みます。ですが今一時は琥珀様の無事を確認させてください!」

「鶴喰、あなたは……。」

「……うん、良かった。とりあえず外傷はなさそうだ。琥珀様、今日一日お疲れさまでした。未だ幼き琥珀様にはあまりに耐え切れぬ仕打ちを受けたのではと推察します。」

「鶴喰、鶴喰ぃっ!」

 大粒の涙を零しながら鶴喰に飛びつく琥珀。鶴喰は真剣な面持ちで震える矮躯を抱き止めると、その背を何度も摩ってやった。

「鶴喰、何が起きているの!? わたくし、わたくしぃ……っ! わたくしが何をしたと言うの!?」

 そうしゃくりあげる琥珀に、事の経緯を細部までしっかりと報告する鶴喰。その委細を聞き、琥珀はその眉目を一層悲しみに歪めた。

「わたくし、そんな事していないわ! 確かに琥珀石が失くなったのは悲しかったけれど、だからと言って犯人を殺したりなんか……!」

「えぇ、それは私もそうであると信じています。だからここに来ました。」

 その時、寝室の外から口論の音が聞こえてきた。

「また貴方!? そういえば貴方、あの小娘と仲が良かったわよね、やっぱり! 貴方達が仕組んだんでしょう!?」

「睡蓮女御様、お気を確かに! 今は夜更けにございます! あまり声を大にしてお話しになると、他の姫君がお目覚めになられてしまいます!」

 それは、水柿と睡蓮の声だった。段々と口論の音は寝室へと近付いてくる。鶴喰には、腕の中の琥珀が自身の体をぎゅっと握りしめたのを感じ、さらに力強く彼女を抱き締めた。

「睡蓮女御様ッ!!」

 水柿の叫びと共に、琥珀の寝室に上がり込んできたのは、やはり睡蓮であった。その瞳には、焦燥と困惑、そして色濃い怒りが渦巻いている。睡蓮は唇を真一文字に結ぶ鶴喰の腕の中で震える琥珀を視認すると、強張った声で琥珀に問いかけた。

「……琥珀中宮。あんたが、私の下女を殺したんでしょう?」

「わたくしは、わたくしは……!」

「琥珀様はそのようなことはなさっておりません。」

 活舌もままならない琥珀に代わって鶴喰が答えると、睡蓮は憤怒の形相で怒鳴った。

「貴方には聞いていないのよ! 私が聞いているのはそこの小娘! いつもいつも私の邪魔をして帝にちやほやされて! 挙句の果てには人の下女まで殺して! いい気にならないでよ、たかが十一の小娘のくせに!!」

「睡蓮……様……! わたくしは、断じて……っ!」

「じゃあ一体誰がやったと言うのよ! 後宮で起きた問題はね、誰も解決しないのよ! 刑部でさえもね! 後宮ってのは律に縛られていると何もできなくなる無法地帯なの! だから刑部も衛士も後宮で起きた問題には干渉しないのよ! じゃあ! じゃあ誰が解決するの! 誰も解決しなければ、誰かが抱えた行先のない鉾は誰に向けられるの! たとえ貴方が犯人でなくてもね――っ!」

「『琥珀様が犯人でなくとも、私の憤りを鎮めるために濡れ衣を被れ。』――そう、申し上げたいのですか。」

 烈火のごとくまくしたてる睡蓮の言葉を遮るように、氷の如き声が寝室に響き渡った。

「貴方は身勝手だ。貴方のような姫君をお選びになられる帝が少し信じられなくなりました。睡蓮女御。貴方が今後どのようになさるかは女御の勝手ですが……。」

 声の主――鶴喰がぱちんと指を鳴らすと、月明かりが差し込む丸窓からひとつの神鷹が飛び込んできた。その神鷹は腕部だけのそれで、鶴喰の左腕にかちりと嵌ると、鶴喰は左腕を窓へと伸ばした。次の瞬間、硬質の紐が窓の外へと射出される。

「私の大切な盟友ともに害を為そうと言うのなら、私達はどこまでもあんたの邪魔をしてやる。」

 そう言い残すと琥珀を抱いたまま、紐が飛び出した方向へと鶴喰は消えていき、それを追うように水柿も睡蓮にひとつ礼をして、窓の外へと飛び降りていった。

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