狂信者、プロローグにて天使と邂逅する
あらすじを読んでも内容がよくわからない?
それはいけません、信仰が足りていませんよ。さあ私と一緒に祈りましょう。
ラーメン。
そこは大いなる光で満ち満ちていた。
温かな光。魂の祝福。
神の座により近い場所。
天の入口。男が一人、たった一人がそこにいる。
腕に髑髏のスカーフを巻き、左目には眼帯。
野性味を詰め込んだ肢体は若さと意気に張り裂けんばかりだ。
見る者を圧倒する威容に、けれど優し気な目元からは慈愛と知性をうかがい知れる。
中々の逸物である。これほどの男はそうはいなかろう。
そんな男の前に一人の女が現れた。
ゆったりとしたローブに身を包み、背から伸びる翼は白く。
天使である。紛れもなく天使であろう。
天使は男の傍まで歩み寄ると、母の如く柔らかな微笑を浮かべた。
「ようこそ天界へ。歓迎します、人の子よ。
といっても、あなたは現世で生を終えたばかり。きっと後悔もあることでしょう。きっと、喜びはしないでしょう」
端正な顔が曇る。心痛に顔を伏せてしまう。
その様子に、男は慌ててかぶりを振った。
「顔をお上げください天使様。私は、私の人生に何ら悔いはありません。私は信仰に生き、信仰に生きたまま果てることが出来た。私は幸福な男です」
真摯な言葉だった。
紛れもなく本心の吐露。
であれば、天使もホッと息を吐く。
「あなたが思った通りの人間で安心しました。あなたは信仰心厚く、努めて良き信徒であろうとした。そうですね?」
「些か相違ありません」
男は断言する。その自負、その信仰。
まさに理想の人材だ。
「あなたの献身を見込んで、一つ頼み事をしたいのです。話だけでも聞いては貰えませんか?」
なんなりと。男は即座に応える。
迷いはない。
男は敬虔な教徒であった。生前、信仰に生きた。生き抜いた。
その果てに天に召され、あまつさえこうして天使から頼み事をされるとなれば、まさに天にも昇る気持ちであろう。
「ありがとう。頼み事というのは他でもありません。
あなたには、世界を渡り、我らが主の教えを遍く広めて貰いたいのです」
「それは、世界各国で布教をせよと?」
「いいえ。文字通り地球を、宇宙を、世界を超えての、異世界での布教です。
彼の世界は我らが主とは異なる存在が支配しています。そうですね、管理者とでも呼称しましょう。
管理者による妨害で、我らが主の威光も彼の地に届かないのです。
そこであなたには物質的な方法で、つまり肉体の言語機能、あるいはあなたの取りうる全ての手段を用いて教えを広めて貰いたいのです」
天使がそう言うと、男は大仰に首肯した。
「承知しました。身命を賭してお役目を全う致しましょう」
決然と言い放つ。実に話が早い。やはり見立は正しかった。
ジョージ・クロス。日系アメリカ人の宣教師で、若い時分には従軍経験もある。戦う神父とも信望された敬虔な十字教徒である。
鉄の信仰心と柔軟な対応力。培った見識に、荒事にも心得がある。多少盲信の気があるのも、それはそれ、信仰の表れだと好意的に解釈できる。
地球と比べて、異世界は危険に満ちている。
魔物は野に放たれ、魔族と人間は長きに渡って相争っている。そんな世界を渡り歩いて十字教を布教するのだ。学者気質のインテリでは困難だろう。その点、発展途上国のスラムを宣教地として生きた彼は適任だ。
人が蟻の個体差を認識できないのと同じように、天使にとって人間の顔形はどれも同じに見えるけれど、彼は中々に精悍な顔立ちをしているように思える。
期待が高まる。
引き締まった体躯が頼もしいではないか。全盛期の肉体に身体を構成しているため、年のころは二十代前半。そこに老年の知恵が詰まった精神を宿しているのだ。有体に言って最強だろう。
とはいえ。
「彼の地は異端異形はこびる化外の地。身一つでは布教に支障も出るでしょう。
あなたに恩寵を授けます。受け取りなさい」
大陸言語:A
不老長寿:B
再生:B
頑健:B
武芸百般:B
対魔力:C
対神性:EX
矢除け:B
説得:B
信用;E
法儀礼術式:A
幸運:C
「あまり盛るとあちらの管理者に補足されてしまうのでこのくらいで。……いえ、こちらからも妨害するのだから、後二つ三つは――
――いけない。勘付かれました、もう時間がありません。直ぐに送還を始めます」
ハッとして彼方を見据えた天使は両の手を広げてみせる。
光が溢れんばかりに膨張し、不可思議な力場を形成する。すると男の体に変化が起こる。焼き菓子を砕くが如く、徐々に光の粒子となって霧散してゆく。
不安はない。
双方に。
きっとやり遂げる。
その信頼のなんと尊いことか。
「それではジョージ・クロス。いざ異世界へ! 願わくば、あなたに神の祝福があらんことを」
「はっ! この黒須譲二、必ずや異世界を、空飛ぶスパゲッティ・モンスター教で染め上げてみせましょう!」
「え?」
キラキラと輝きながら消えてゆく。その間際。
天使はキョトン、と。
目を丸くした。
「……ジョージ・クロスさんですよね?」
「はっ、いかにも黒須譲二でございます、御使い様」
「…………日系アメリカ人の、ジョージ・クロスさん?」
「いえ、国籍は日本のままかと。教義に習い東南アジアを中心に海賊業を生業としておりましたが故、帰属には関心がなく」
………………
…………
……
天使は頭を抱えて呟いた。
「これ人違いだ!」
天使さんはこの後無事に一階級降格されました。合掌。